第129話 保護者

 「オーイエス!!」


 エネミーが大声を上げた。

 それは悲鳴というようなものではなく喜んだときに上げるニュアンスの声だった。

 ただ発音はネイティブだけど。


 「なにどうした?」

 

 お、俺はなにもしてないぞ。

 エネミーはここからすこし離れたビルの下にある看板を指さしていた。

 た、短足じゃなくて赤ちゃんっぽい短めの指先がピンと伸びている。

 これまた寄白さんを継承してるな。

 その方向を見てみると黄色ベースのど真ん中にイケメンのイラストが描かれた看板があった。

 

 イラストは女子向けのソシャゲふうビジュアル男子の絵だ。

 看板の中には本来の目的である「道路工事中」という漢字もデカデカと書かれている。

 あの痛い看板=痛看いたかんがどうかしたのか?


 「あ・た・し。好きアルよ」


 「な、なにが?」

 

 「どうろこうじ・ちゅう<3」


 エネミーが腐女ふじょった。

 「うち」が「わたし」じゃなくさらにワンランク上がって「あたし」になってるし。


 エネミーは看板の中に書かれている「道路工事中」をまるでそういう人物がいるようなイントネーションで呼んだ。


 「あれは道路工事中どうろこうじちゅうね。あのイケメンくんの名前じゃないから」


 俺はきちんとしたイントネーションで読み上げた。

 九久津もキャラ化させたらあんなのになるな。


 「そうアルか?」


 「そうだよ」


 「残念アルよ」


 駅前って繁華街だからいつもどっかでなんかの工事をしてるんだよな。

 どんだけ穴掘んだよ? いつまでも完成しない駅それが六角駅、いや、いつまでも進化しつづける駅それが六角駅。

 地下になにか……あっ、俺は気づいてしまった、そうだ、そうに違いないジオフロントだ、この下はジオフロントになってるに違いない。

 俺が地面を見てると駅前の信号付近でひときわ大きなザワメキが起こった。


 「……ん?」


 なにがあったんだ……?

 まだざわつきが収まらない特に男がざわざわしてる。

 あっ!?

 すぐに理由がわかった、なぜなら社さんがこっちに向かって歩いてきてたからだ。

 ここから見ても美人だけど相変わらず人らしくない感じもする。

 「六角第三高校さんこう」で真野絵音未が現れたあの感覚に近い、そういえばエネミーに会ったときもそんな感じだったな。


 俺の特異体質がいまだ健在なら確実にビリブルってるはず。

 社さんの制服も六芒星の中に「二」だ。

 そう社さんも怪我が原因で「六角第一高校いちこう」から「六角第二高校にこう」に転入していった生徒。

 

 エネミーと同じ高校だ、もしかしてもう面識があったりするのか? 今、寄白さんがいれば――今日、現在のシシャは六角第二高校の真野絵エネミーさんでしてよ。といって俺がまた――時価かよ。ってツッコむやりとりをしてただろうな。


 「こんにちは」


 社さんは迷わずに俺とエネミーのもとへやってきた。


 「あっ、こんにちは」


 俺は挨拶を返す、や、やっぱ緊張するな。

 言葉にもこの緊張感が出てるかも。

 バシリスクのときに会っただけだからほぼ初対面といってもいい。


 「エネミーもう勝手に」


 社さんはまるで親のようにエネミーを注意した。

 やっぱり知り合いか、じゃないとこんなピンポイントで「六角第二高校にこう」の能力者と「シシャ」が出会うわけがない。


 「雛。そんな怒るなアルよ」


 しかも「雛」と「エネミー」と呼び合う仲、も、もう、そんな親密なのか?


 「もう。勝手にいなくなって」


 社さんは本当にエネミーを心配していて真顔で眉をひそめた。


 「ごめんアル。でも雛も友だちを見かけたって追いかけていったからアルよ。うちは沙田見つけたからさっそくおちょくってたアルよ」


 「それでも私に一言かけてからおちょくりにいってよ」


 や、社さん……エネミーの――おちょくってた。という言葉はスルーするのですね。

 俺をおちょくることを暗に認めてる……。

 俺の存在なんてそんなもんさ、ふふ。

 寄白さんには下僕にされ、エネミーにはおちょくられる、な、なんて扱いだ。


 「私たち、クラスメイトなの」


 社さんはそういってエネミーを見た。

 身長差がすごい。

 社さんは相変わらずのモデル体型、それに引き換えエネミーといい寄白さんといい……ああ、でもエネミーと寄白さんは同じ・・といっても過言じゃないのか。


 「そうなんだ」


 知り合いどころか同じクラスだったとは「能力者」と「シシャ」が同じクラスにいるとはね~。

 「六角第二高校にこう」のクラスメイトが知ったらぶっ飛ぶよな? 六角市民のほとんどは「シシャ」の正体なんて……いや、「死者」と「使者」のシステムのことさえ知らないんだから。


 「さっそくだけど今日は美子の代わりに私が病院まで案内するわ」


 「えっ、そうなの? 寄白さんはどうしたの?」


 「ドタキャン」


 「なにか理由が?」


 「女子に理由を訊く?」


 「い、いや、ごめんなさい」


 女子の放つこの詮索すんな感は恐怖だ……。

 エネミーが肘で俺をつついてきた。

 そして俺の顔を見ながらニカっと笑った。

 くうぅ、憎たらしい顔だ。

 まるで寄白さんのツンツン顔。


 「いえ、まったく訊かなくていいです。俺の辞書には訊くなんて言葉はありません。では案内お願いいたします」


 このままならエネミーにまで変態だと騒がれる。

 いや、エネミーはすでにそう思ってるかもしれない。

 ほら、まだ俺を半笑いで見てる。

 くぅぅ、ほっぺたを真横にムニってやろうか。


 「じゃあいきましょう」


 「あっ、うん」


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