第5話 憑依者
生徒が生活している跡で前の校舎とあんま変わんねー。
俺はまずはじめに職員室に寄って、一通りの手続きを済ませたあとに二階にある教室へと向かった。
二年B組の教室が二階にあるってのはわかりやすくていいな。
教室にいく途中の場所にはキャスター型の掲示板がいくつか並んで置いてあった。
そこには行事の写真や生徒新聞それに『保健だより』なんかが貼ってある。
おっ!?
保健の先生の人気はすごいらしい。
なんせ『保健だより』の自己紹介部分がキレイに切り抜かれてるからな。
この緻密な手口、犯人は間違いなく男だな!!
名探偵の俺を
ただ、保健の先生の顔を見ることができないのは悔しい。
いや、学校に
スゲー楽しみ!!
高ぶった気持ちと
順番に目を通しいちばん端に貼られていた今月の行事を飛ばし読みしたところで、窓枠が見えて俺の視線は自然と外に流れていった。
この窓からの見晴らしは良くて、すぐにバス停とそこに備えつけられている数人掛けのベンチが見えた……。
そういえば、校舎を見たときこの窓って特殊な形をしてたよな? なんか校舎の中から見てる窓と外から見た窓の形が一致してないような気がする……。
ということは、やっぱり有名なデザイナーが設計したということになるのか。
デザインありきでなく機能もしっかりしてる、って、まあ本当にそんな人が設計したのかはわからないけど。
俺は町並みを見下ろしつつ止めていた足をまた教室へと向けた。
ここって二階にしてはなんとなく低いような? まあ俺には建築の知識がないからよくわからん。
さあ、もうちょっとで教室だ。
そこから十メートルくらい進んだところに二年B組の教室があった。
どこの学校もやっぱ同じような造りだな~。
そんなふうに思いながら後方のスライドドアに手をかける。
さすがに
レール沿ってさーっとドアが流れた、噛み合わせは完璧だ。
クラスには一、二、三えっと、あっ、なんか背後の雰囲気がイケメンなやつもいる。
ってことで四、すでに四人の生徒がいた。
お早い登校で。
いつもこんな時間に登校してきてるのか? あるいはたまたま今日だけ早かったのかはわからない。
俺だって今日が初日だから朝何時に起きてどの時間帯のバスに乗るかのペース配分はまだ定まってないし。
さっきの掲示板ひとつとってみてもそうだけど、教室の中も代わり映えしない造りだった。
黒板の右下にはふたりの日直の名前。
脇には黒板消しクリーナーが置かれていて右上には壁時計がかかっている。
テストのときにはあれがヤケに気になるんだよな~。
解答用紙の段を間違えて書いたときも時計を気にしながら、このままじゃ火
ときどき地震なみに机を揺らして全力
時計は時計でいちばんうしろの席からでも時間がよく見えるように文字盤も針も大きい。
席替えのときに――視力が悪いのでいちばん前の席に座ってもいいですか?ってのも学校あるあるだよな~。
教卓には日誌がぽつんと置かれていた。
教室の後部には生徒用ロッカーと掃除用具入れがある。
もちろん教室の中央には部屋の主役である机が縦横に五つずつ、計二十五脚が並んでいた。
俺は事前にもらった転校初日の流れや、持ち物その他
これが新しいクラスメイトか……俺を見ながら声を潜めてなにか話している、こっちをときどき見てまたヒソヒソと話をはじめる。
まあ、話の内容はだいたい想像つく、第一は俺が「シシャ」かもしれないということ、第二は俺という珍しい
そんなに凝視しなくても俺は至ってふつうの男……の……はず……だ。
それでも右側より左側から見られたほうがかっこいいと思ってるけど。
だからキメ角度は左斜め四十五度。
俺は机の金属部分に貼られたラベルひとつひとつを確認してまわる。
おっ、この席だ。
こののぞき込んだ角度が
机の中に教科書類をバタバタと入れているとドアが開く音がした。
そして同時に人の出入りする気配を感じた。
誰かが教室から出ていって入れ違いで誰かが入ってきたような雰囲気。
俺は構わずにスクールバッグの中から残りの教科書をだして机に入れてると、今度は人が近づいてくる気配を感じた。
見上げたさきには男の顔があった。
もちろん「六角第一高校」の制服を着ている。
こいつも同じクラスだよな? あっ、教室に入ったときのうしろ姿イケメン。
お、驚いた正面から見ても超イケメンじゃないか? 例えるなら女子が熱中するソシャゲの王子。
端正に整った顔に
世の中にいるんだよな~、こういうメンズなんちゃら系の表紙になりそうなやつが。
イケメンはまるで「アタリ」「ハズレ」を確認するように俺の顔をまじまじとながめてきた。
俺が女子ならキュン死してる可能もある。
俺は「アタリ」か「ハズレ」かイケメン殿? な、な、なんかさらに接近してきた、なんだ?
「ラプラス……」
俺の耳元で謎の一言を発したイケメン。
すこし低音が効きながらも滑らかで甘い声。
声までイケメンかよ、文字通りのイケボだな。
……てか、ラプラスってなんだ?
「ラ、ラプラス?」
俺が訊き返しても、その男は軽い笑みを浮かべたままだった。
「我は
いいながら人差し指と中指と親指でネクタイを挟んでクイックイッと緩めた。
Yシャツがはだけて胸元のVゾーンがあわらになった。
「おい? ど、どうした?」
なんなんだよコイツ、露出狂か?
「九久津さんは憑依体質でしてよ。九久津さんの名前の漢字は数字の九に久しい。そして三重県の県庁所在地の津で。九久津です」
俺の背中ごしから柔らかな声がした。
この声と特徴のある語尾は……よ、寄白さん? 寄白さんも同じクラスだったのか? そっか、それで俺が転校生だと誰かから聞いてたのか。
でも、それって教員しかいないけど?
「九久津さんはある条件下では浮遊体に憑依されてしまいますのよ」
寄白さん、そんな穏やかながら事情通のように説明されても俺はどうしたらいいのかわからないよ。
てかもう機嫌は直ったのか? だいたい浮遊体に憑依されるってなんだよ?
「へ~。そうなんだ」
そう返答するしか俺に選択肢はなかった。
九久津という男の鎖骨の下辺りの筋肉が俺の視界をよぎった。
細身だが筋肉質でいわゆるソフトマッチョといわれるタイプだ。
制服の上からではまったくわからなかったけど、ちょいちょい生傷や
ま、まさかSとかMとかの禁断の趣味でもあるんじゃ……。
「……」
寄白さんは気配を消し足音もなく九久津の背後をとった。
そこで一度大きく深呼吸をしてアルファベットの「D」の形になるように右手の親指と中指をくっつけた。
寄白さんの中指が弓状にぐいーんとしなっている。
「ていっ!!」
――パチーン。と九久津の額に乾いた音が響く。
寄白さんのデコピンが的中した、イイのが入ったぁ!!
「痛ッ!?」
声を上げ――ぐっ!! と、額をおさえている九久津。
ご愁傷様です。
「ふぅ~」
寄白さんは得意気に指先に息を吹きかけた。
槍投げの――地区記録更新したな?的角度で入ったもんな? けど寄白さん
息の吹きかけかたなんてまるで砂漠のガンマンじゃないか、
「み、美子……ちゃん?」
正気を取り戻した九久津の額はすこし赤くなっていた。
そりゃそうだ、けっこうな威力だったし。
九久津は膨れた額を両手で押さえながら、よろめき机に寄りかかった。
まるで
足にキてる。
「くそっ、またPTAに狙われたか!?」
九久津はキョロキョロと机の周囲を見回した。
PTAってお母様たちにいったいなにをしたんだ?
あっ、なにかをしたんじゃなくて逆に胸チラしてロックオンされたんだな。
お母様たちの中で美味しそうなイケメンとして認識されたってことか!?
「九久津さん。今のは夢魔でしてよ?」
「美子ちゃん本当? それ結構レベル高いよ!?」
九久津は自分が憑依されながらも他人ごとのように話している。
なんつーやつだ。
「ええ、そのようですね。怪異レベルでいうなら三十くらいです」
三十ってその謎の数値は高いの? 低いの?
たとえば三十
そんなもんが憑依するって、いったいなんなんだよこのクラスは? と、思ってみたけど、ここは六角市だ。
町でときどき起こる不思議な現象だって「シシャ」のいる町だからで片づけられることが多い。
今、現在この教室で起こってることもその類なのかもしれない。
「だ、大丈夫か?」
俺は、いちおう心配した素振りをみせた。
だが本心はどうでもよかった、こっちは転校初日で大変なんだ察してくれよ。
「えっ、ああ、俺はこういう体質だから……」
「そ、そっか」
「ところで君は誰?」
「あっ、ああ、俺は今日転校してきた沙田雅」
「そうなんだ~。俺は九久津毬緒。よろしく!!」
「ああ、どうも。よろしく」
九久津のデコ、蚊に刺されたときのマックスくらい腫れてんじゃん。
しばらくその腫れは引かなそうだな。
「沙田さん。さっそくお友だちができましたね?」
寄白さんは、さっきまでのやりとりがなかったかのように無邪気に笑みをこぼした。
いきなり胸チラのイケメンが現れて寄白さんがデコピン、俺がそれを心配すると、俺と九久津は友だちってどんな飛躍!?
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