第3話 バス通学

 バスは時刻表通りにやってきた。

 一秒の誤差までをカウントするならプラスマイナス三十秒ってとこか。

 日本の国民性がよく表れてる、だから俺らは快適に暮らせてるんだけど。

 

 俺は子どものころのようにいちばんうしろの左端に座った。

 窓際の後部座席はどこか落ち着く、シートの感触と車内の匂いも懐かしい。

 バスになんてもう何年も乗っていなかったことを思い出す。

 日本に生まれたことに軽く感謝しつつ流れる景色をながめた。

 大型スーパーがあって、そこから不等間隔で大手家電量販店、家具屋、百円ショップ、ドラッグストアとさまざまなショップが並んでいた。


 繁華街を抜けると今度は一般家庭が立ち並ぶベッドタウンに突入した。

 建て売り住宅のためにテンプレートの民家が連なっている。

 それでもマイホームを持つってのはスゲーな、俺の家は社宅だし。

 見慣れない街並みがつづく……かと思ったけど同じ市内での転校だ。

 なんとなく見たことある景色でたいした驚きもなかった。

 ただ通学ルートが遠回りになっただけだと思うことにしょう。


 ……とはいえ、むかしは空き地だった場所がソーラーパネルになっていたりとすこしは新しい発見もあった。

 最近は自然エネルギーでの発電は当たり前なんだろう。

 ここ何年かは地震も多いし、あっ、他の災害もか。

 

 俺は別角度からも町を見たくなったから、とある停留場で前から二列目の席へと移動した。

 六角市の西町から北町にかけて流れている『蓮見川はすみがわ』が見えた。

 河川がバスと並走しているみたいだった。

 けど、あまり前に座ってしまったせいで、ついつい運転手に目が向いてしまう。


 運転手は白い手袋をつけて安全運転をしてくれている。

 たしかあの手袋にも意味があるんだよな? 滑り止め防止と清潔感を出すとかの理由だったはず。

 運転席のうしろには後方部からの襲撃を防ぐ防犯上の理由で、細かい網目の防護柵が設置されていた。

 この話も俺が小学生のころに教えられたことだ。

 子どものころに教えられたことって案外忘れないもんだな。

 天井からはその防護柵の網目を利用して十八型の小さな液晶テレビが吊るされている。


 『――つづいては株式会社ヨリシロのお家騒動です。前社長は数ヶ月前に解任動議を提出され、その実子である娘の寄白繰よりしろたぐり氏に社長の座を奪われました。この社内クーデターの理由は依然として不明で後味の悪さを残したままでの決算発表になりそうです――』


 早朝のため乗客はお年寄りと俺のような学生が多い。

 年配の人たちはそんな地元のニュースに見入っている。


 「ヨリシロって上場企業なのにね~」


 「六角市には関連会社がたくさんあるじゃろ?」


 「株価に影響するんだろうかね?」


 「あれだけの会社なんだからそりゃあ影響するじゃろ」


 「この町発祥で、今も六角市ここに本社のある一部上場企業なんてヨリシロだけなのにね~。残念」


 「わざわざ法人税を払うためいまだに居てくれてるのにのぉ~?」


 「早く落ち着けばいいね~」


 難しい経済用語が飛び交っていた。

 俺らのような学生はそんなテレビの話なんて気に留めずスマホを見たりポータブルの音楽プレーヤーで音楽を聴いていたりする。


 「この曲いいよね~?」


 「タイトルなんだっけ?」


 「ペンタゴン」


 「あっ、そうだ、そう!! 五角形って意味だっけ?」


 「そうだよ。でもこの曲は人を守護する五芒星ごぼうせいのペンタグラムから名づけたってラジオでいってたよ~」


 「へ~!?」


 誰かのイヤホンからシャカシャカと音がもれていた。

 これを雑音騒音だと嫌がる人もいるだろうけど、今の俺にとっては気を紛らわすのにはちょうど良かった。

 慣れない学校にいくのはやっぱり緊張する。

 その後バスは十五ヶ所ほどの停留所で停車した。

 やがて最終目的地である「六角第一高校前」のバス停の看板が見えてきた。

 俺の緊張がいっそう高まった。


 運転手は徐行しながら左折した。

 カチカチというウインカーの点滅音が車内にも聞こえてきた。

 ――プシュー。と空気の抜ける音がして前方のドアがガタンガタンと二段階に折りたたまれる。

 乗客が降りるより早く外の空気が車内へと入ってきた。

 外の空気はすこし冷たく感じた、あっ、そっかうしろのドアも開いているからだ。

 うしろは「六角第一高校前ここ」で乗る人用のドアで、前のドアは「六角第一高校前ここ」で降りる人用のドアだ。


 俺はスマホで現在の時間を確認した、到着予定時刻から誤差数十秒。

 バスはまた定刻通りに「六角第一高校前」のバス停に到着した。

 生徒手帳に忍ばせた定期を運転手に見せて清算をすませる、俺の目と鼻のさきに「六角第一高校」の校舎が見えていた。


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