右の眉は要チェックよ
「まずね…… ディーンはまる2日眠ってたの。
クライさんだっけ、あなたのお友達が回復魔法をすぐかけたそうだけど。
かなりギリギリだったみたい。
――高度な魔法戦の後に、素手で倒れるまで殴り合いしたんだって?
男の子は、いくつになっても男の子なのねえ」
落ち着いたサマードレスを着たキュービは、どう見てもあの頃と同じ20代半ばの容姿だ。
「2日か……」
俺はこの体たらくにあきれ返って、ため息をつく。
「もう若くないってことよ。気持ちだけ少年なんて、ある意味最悪なんだからね」
キュービもあきれたようにため息をついた。
「クライさんの話だと、ラズロットは姿を消したそうよ。勇者も追跡したそうだけど、どこに行ったか分からないって。
――それからこの箱は砂浜に落ちていたから、ディーンに管理してほしいそうよ」
ベッドサイドのテーブルには封印箱があり。
……気配から、闇の王が封じられていることが分かる。
しかし、クライも勇者も嘘をつくのが下手すぎる。
どう考えたって俺よりダメージを受けたヤツが、あの2人の天才魔術師を出し抜いて、逃げ切れるわけがない。
まあ、そこは騙されてやるのが男意気なんだろう。
「これで、この城に閉じ込められていたあたいも自由に動けるようになったから、良かったんだけど……
ディーンがしたことって、闇の王を閉じ込めてくれたラズロットを…… 殴り倒しただけよね。言っちゃなんだけど、何しに来たの?」
キュービにそう問い詰められると、確かにその通りで。
「悪かったな。だがお前からの手紙の内容だと、まだひと仕事残ってそうだが」
申し訳なさそうに、そう言うと。
「マリスにわたした手紙の事ね…… 監視が厳しかったからあんな感じになっちゃったけど、そこはさすがって言ってあげるわ」
「じゃあ、やはりあれは」
「あなたの数式を盗んだ、ダンフィル卿の姿を借りた闇の王…… 彼はアームルファム財団をだまして、神学院を乗っ取っていたのよ。
そこで行われた実験の数々を止めたあたいを、ここに幽閉したの。
アームルファムの秘宝を探し当てたら……
本当に時間移転を行うつもりだったのかもね」
「良く命を奪われなかったな」
一番心配だったことが、ふと口に出る。
「さすがにアームルファム財団のトップを殺したら問題が出るとでも思ったんじゃない?
……それとも、あたいの能力『未来視』の正体を知っていたとか」
「財団のトップ?」
俺がおどろくと。
「そうよ…… カグレーがこの世を去ってから、あたいがその後を継いだの」
キュービはなにげない事のように、そう呟いた。
代々、アームルファム財団のトップが誰なのか。聖国や帝国からの暗殺を恐れて、秘宝と同じぐらい極秘裏にされていたのだが。
「それに、未来視の正体ってなんだ」
「ユニークスキルの中には、ごくまれに『移転魔法』の亜種が生まれるの。
あたいの『未来視』もそのひとつで。現在から、未来の時間軸で起きた何かを感じる能力なんだって。
それからディーンの能力も…… この移転魔法の亜種じゃないかって。
――財団の最高顧問がそう言ってたわ」
「最高顧問って、バド・レイナーのことか」
「そうよ、あなたたちなんか似ているから…… お互い仲良くはできなさそうね」
キュービは、また楽しそうに笑う。
「ディーンの回復魔術はちょっと特殊で、その時間移転魔法の影響を受けてるみたいなの。実際…… 真夜中の福音のメンバーで、あなたから回復魔術を受けた子は。
――
「
「魔術や超古代文明の科学でも解析できない…… 生命の神秘のひとつ。
人の手で作成したものに、完全な命が宿らない現象だって。
あたいもちゃんと理解できてないから。興味があるんならダンフィル卿に頼んで、後で『アームルファムの秘宝の書』でも読んでみて」
キュービの言葉に俺は頷いて。
「じゃあ俺は、
確認すると。
「そうよ、それで問題は解決するわ。
あとは…… 陛下の命も、同じように救ってあげて」
「やはり陛下本人は存命なんだな……」
「陛下は生きてるわよ。
大戦で命を失いかけたところを、バドが救ったの。
今後の人族のためにも、今命を失うには惜しい人材だからって。
基本的な帝国の作戦や命令は、今でも彼女が出してるのよ。
あなたが初めて通信魔法で話したのも…… ミリオンじゃなくて、陛下本人だから」
俺は聖国に向かう途中で南壁騎士隊に囲まれ、カイエルから借りた通信魔法器で話した夜を思い返した。
通信魔法を通して、コツコツと何かを叩く音が聞こえたのは…… ひょっとしたら不自由な
「バド・レイナーが大ウソつきだってことは、良く分かった。
――それじゃあ、早速その仕事に取り掛かろうか。
これ以上寝てたら、背に根が生えちまう」
俺が強引に起き上がろうとしたら。
「あたいの話はこれで終わりだけど、ディーンに聞きたいことがあるのよ。
――仕事は、その後でもいいでしょ」
キュービがニヤリと微笑んだ。
まあだいたい…… こいつがこの顔で笑う時は、良い話じゃないんだが。
「なにが聞きたいんだ?」
「どうしてディーンは殴り合いなんかしたの?
放っておけば、ラズロットが悪役を買って出て……
――あなたたちはハッピーエンドだったんでしょ」
「クライが妙な事を言ったのかもしれんが。
俺はただ、気に入らないやつをぶん殴っただけだ」
キュービは人差し指で、俺の右眉をなぞると。
「本当に、ディーンは子供のままね。
昔っからウソをつくと、こっちの眉だけが微妙に動く」
まるで誰かに教えるように、少し大きな声でそう言って笑った。
俺はため息をついて。
「ラズロットの…… 自分が悪役になってまとめてやろうって態度にムカついたのは事実だ。
ただまあ、リリーにも事実を知って選ぶ権利があるだろうと。
――そんな気がしてな」
ブツブツと呟いたら。
「それでフラれたんじゃあ、元も子もないでしょ。
それともディーンの想いって、その程度だったの?」
キュービの表情は真面目で。
真摯に答えるべきだと、そう感じたから。
「アイリーンが死んでから、俺はもう誰かを愛する事なんて無いと思ってた。
でも最近…… そうだな。リリーと出会って、徐々に自分の殻を壊されて。
――何かが変わったのかもしれない」
俺は真面目に考えて、そう答えた。
「リリーさんのことが好きなの?」
「そうなんだろうな」
「もう一度会いたい?」
「会えるのならね」
俺が即答すると。
「あら、あたいはまたフラれたのかしら」
キュービは目を細めて、楽しそうに首を傾げた。
「お前をフッた記憶は無い、勝手に出てったんじゃないか」
「まあ昔の事だから、そう言う事にしといてあげるわ。
で、好きなのは…… 会いたいのは、リリーさんだけ?」
アイギスやガロウ、マーガたちのことを思い返し。
そしてリリーと出会ってから、俺を変えた多くの人たちを思い出す。
「もちろん全員だ」
俺がそう言ったら。
キュービは見えない俺の左目にそっと触れて。
「マーガさん、良かったね」
そう言うと、椅子から立ち上がり……背に隠していた2本のナイフに。
「アイギスさんとガロウさんも。
こいつ素直じゃないから苦労すると思うけど、頑張ってね」
そう語りかけ。
優雅に9本の尾を振りながら歩きだし、部屋のドアを開けると。
そこに佇むひとりの黒髪の少女に。
「わかった? あいつけっこうウソつきだから…… 右の眉は要チェックよ」
そう伝えると。
キュービは一度振り返って笑顔で手をふって、部屋を出て行った。
ベッドの上に残された俺は。
徐々に回復してゆく左の視力と、嬉しそうに揺れる椅子の上の2本のナイフと。
泣きじゃくるリリーを見ながら、クールに微笑もうとして……
――何度も何度も、失敗した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます