その手を離すな
「マーガ…… ラズロットの傷を治して、俺から離てくれないか。
リリーもクライも手を出すなよ。どちらかが倒れるまで、回復魔法もなしだ!
――こっからは、男同士のどつき合いだからな」
俺がそう言うと、リリーはあたふたと俺とラズロットを見比べながら後ろに下がった。
「ディーンちゃん、でもそうすると…… 左目が見えなくなるわよ」
マーガが人化して、俺の前にあらわれる。
ピンクのフリフリのドレスと、マッチョな体形の組み合わせが…… やはり何度見ても微妙すぎるが。
「俺の体重は170ポンドだ。そこの優男相手じゃあ、ちょうど良いハンデだろ」
ラズロットの身長は、俺とそんなに変わらない…… 180cmほどだろう。
筋肉はありそうだが、痩せた体躯は中性的で。お嬢様が見たら喜びそうな感じの美少年だ。
マーガは少し悩んで、ラズロットの後ろに下がり。回復魔法を発動させた。
「いったい何をする気じゃ……」
とまどうリリーに。
「昔っから根性の歪んだ男は、殴ってそれをただすしかないんだ」
そう答えると……
クライが物陰から大きなリュックを背負って、近付いて来た。
あの中に帝国の軍備からかすめた装備が入ってるんだろうか?
「あいつは、ああ言い出したら聞かないからな。
それでディーン、レフリーは必要か?」
クライに向かって、俺が頷くと。
「こんな茶番には付き合いきれないよ。
――勝敗はついたんだ。
好きにすればいい……」
ラズロットは、すまし顔でそう答えたが。
「お前がしたり顔でベラベラと嘘を並べて、逃げきれると思ってたんなら、それは甘い考えだ。
――決着をつけよう」
俺がそう言うと。
「なんのことだ」
ラズロットの顔色が少し変わる。
……女の勘はバカにできないと、ジャスミン先生は言ったが。
男の勘だって意外とバカにできない。
「お前が『神』になりたい本当の理由はなんだ?
人族至上主義は、その頃の一般的な価値観で…… お前は違ったんじゃないのか?
マーガや、アイギスやガロウの行動を見ればわかる。
あいつらは本当にお前を信用していた。
だから…… お前が根っからの差別主義者だとはどうしても思えない。
それにさっきの話は、俺に向けて言ったんじゃないんだろう」
そう言うとラズロットは一瞬リリーに視線を向け、慌てて俺をにらみ返した。
「それ以上侮辱すると……」
ラズロットが拳を握りしめたのを確認して、俺はヤツの言葉にかぶせるように。
「今でもリリーのことを……」
そこまで言いかけると、ラズロットの鋭い右ストレートが飛んできた。それをかわして、左フックを顔面に打ち込もうとすると。
クライがリュックをガサゴソとあさり。
フライパンとオタマを取り出して、ゴングを鳴らす。
なあ友よ、そんな物まで持って……
――お前はここに、何しに来たんだ?
++ ++ ++ ++ ++
ムカつくことに、ラズロットの格闘術はなかなかのものだったし。さっきの戦闘では、左目の死角に隠れるような姑息な戦術を多用したくせに。
今ではそんなことをしないで、正面から堂々と殴り込んでくる。
その態度が、さらにムカつくが……
「パクリ野郎とバカにしたくせに、大した事ないじゃないか……」
「はっ、本物の格闘術はこれからだ、じっくりと味わえ!」
軽いが鋭いラズロットのパンチと、俺の重いパンチがお互いにヒットして。
今じゃあ、どちらも足にきている。
「以前リリーが言っていた…… 龍は天から大きな岩をよぶと。
だから…… 滅びゆく種族だとな。
お前は、種の保存を龍の王に託されたのち……
リリーと出会って……
新たな種と、龍の共存を願ったんじゃないのか……」
大振りになった俺の右ストレートをかわしながら、ラズロットが吠える。
「なにを根拠に…… そんなことを」
ラズロットが、しゃがんだ体制からアッパーを狙ってきたが。
ヤツも大振りになっていたから、一歩下がるだけでパンチをかわすことが出来た。
「過去の輪廻を操れれば、それは…… 可能かもしれない。
それに…… リリーを殺そうと企んでいたと思っていたが……
今のお前の態度を見て、確信した……
ひょっとしたら、リリーの龍力だけを『殺す』方法を探していたのか」
仕切り直すように距離を取ったラズロットにそう言うと。
ヤツは感情をあらわにして殴りかかってきた。
「てきとうな、憶測じゃないか!」
だがその態度は、俺の推測を裏付けるばかりだ。
「いいかげん認めやがれ、この失恋ヤロー!」
真正面からお互いのストレートが重なり……
俺の意識がもうろうとすると。
「くっ…… 伝説の、クロスカウンターかっ!」
クライの妙に真面目な解説が聞こえてくる。
クライ…… お前、なんか楽しんでないか?
俺は砂浜に倒れ込みながらラズロットを見る。
ヤツも俺と同じようにへたばっていたが。
「ポッと出のお前なんかに、この気持ちが分かるものか。
リリーを…… リリーに自由を……
託された種の保存と、その想いを……」
ラズロットはブツブツ呟きながら、なんとか立ち上がった。
俺も笑う膝をごまかしながら立ち上がり、口に充満する血を吐き捨て。
「ゴチャゴチャうるさいヤツだな……
お前の弟子の方が、よっぽど前向きで立派だ。
――遠き日の幸せを願うなら、まず今の隣人の幸せを願え。
アームルファムは、お前に向けて…… この言葉を預言書に残したんじゃないか。
俺には、そう思えてならない」
「そんな簡単な問題じゃないんだ」
そうもらしたラズロットの腹を、フルスイングで打ち抜く。
「知った事か…… 男なら、惚れた女から…… その手を離すな!」
俺がそう言うと、ラズロットがヘロヘロのパンチを繰り出した。
避け損ねて顔面にもらうと、腰が落ちそうになったが…… なんとかこらえる。
「偉そうなことを言うな、キミだって……
守り切れなかったんだろう」
その言葉に、アイリーンの横顔が目に浮かんだ。
「だからなおさらだ…… 俺はもう、惚れた女の泣き顔は見たくない!」
俺は残った力を振り絞って、ラズロットに殴りかかる。
もつれるように2人で砂浜に転がり込むと、リリーが駆け寄ってきて。
「下僕よ…… もう」
その声に顔を上げると。
倒れたラズロットに向かって、リリーがゆっくりと歩いて行った。
俺が立ち上がって、倒れ込んだままのラズロットを見ていたら。
クライが俺の手を取って、ゆっくりと持ち上げ。
「で、勝ったのはお前でいいのかな」
つまらなさそうに、そう耳打ちしてきた。
クライと2人で……
ラズロットに駆け寄るアイギスやガロウ、マーガたちを見ながら。
「男には、わかっていてもやらなきゃいけない事があるんだ」
俺はクールにそう呟いて……
――ゆっくりと、意識を手放した。
++ ++ ++ ++ ++
「ねえディーン、あたいは本当に幸せだよ。
こうやってあんたと結婚できたんだから」
まっ白なウエディングドレスに身を包んだアイリーンが照れたように笑う。
「そうか、じゃあこれからもっと。2人で幸せになろう」
俺がそう言ったら。
「これ以上の幸せってなんだろう?」
赤い髪を揺らしながら、アイリーンは不思議そうに首を傾げた。
俺が何度も何度も夢で繰り返し見た、アイリーンの笑顔に手を伸ばそうとしたら。
「そうね、ディーン。
じゃあ…… あたいは、今この手にした幸せを誰かに繋げようかな。
知ってる? このブーケを受け取った人が、次の花嫁なんだって」
アイリーンはその小さな花束を、青空に向かって放り投げた。
このシーンは確かにあったが…… 今まであまり思い出さなかった。
そんな過去の記憶におどろいていると。
「ディーンそんな悲しい顔をしないでよ。
あたいはいつだって、あんたの心の中で生きてるから。
だからもう、これ以上苦しまないで…… ちゃんと前を見て」
その深紅の瞳は、すべてを許す優しさに満ちているように思えた。
そして、それは…… 記憶にない新たな言葉だった。
「アイリーン……」
俺がなんとか、その柔らかい頬に手を伸ばそうとすると……
アイリーンの笑顔が消え、なにか柔らかいものがボインと手に当る。
「――あら、意識が戻ったのね」
眩い光の中で、誰かが俺を覗き込んでいた。
徐々に慣れてきた目を、ゆっくりと開けると……
「久しぶりね、ディーン」
頭に大きな狐耳があり、白銀色の美しい髪を後ろで束ねた。切れ長の特徴ある瞳と、キリリと通った鼻すじの20代半ばほどの女性が微笑んでいる。
「キュービ…… なのか?」
「そうよ、良かった。忘れられてるんじゃないかと、心配したんだけど」
「バカ言え、忘れるわけがないだろう」
俺が苦笑いすると。
「さっきまで、アイリーン! って叫びながらメソメソしていた男が良く言うわ。
――マリスから聞いてたけど、あちこちで女を泣かしてるみたいだし」
キュービは楽しそうにそう言って笑った。
辺りを見回すと。
落ち着いた調度品が並ぶ寝室に、俺は寝かされているようだ。
「順を追って説明してあげるから、安心して。
それから…… そろそろ、その手を離してくれると助かるんだけど」
キュービの視線を追うと。
俺の手が、彼女の大きな胸をわしづかみにしている。
「す、すまん」
慌てて手をひっこめると。
「見た目はすっかり大人なのに…… 変わらないわね」
そう言ってキュービは……
――また、とても楽しそうに微笑んだ。
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