たったひとつの冴えないやりかた 5

リリーが砂浜に散乱する遺跡群のひとつ、大きな鋼鉄の柱の陰まで下がる。

潮風の音に混じって、リリーの足音が聞こえたが。


――どうやら上手く、もうひとつの気配と足音は消えてくれたようだ。


目の前の男は俺から視線を外さず、次の言葉を待つように息を飲み込む。


「俺にちょっかいをかけて来たラズロットの行動は、今考えると最初からおかしかった。まるで俺を何かに誘導するような…… そんな感じだ」


クライとパーティーを組んでいた頃よく使った手信号を、後ろにまわした左手で出す。

「お、そ、い、ぞ」


そのサインに合わせてリリーの隠れた遺跡の方向から、独特のリズムで刻んだ足音が聞こえてくる。その符丁は……


「わ、る、かっ、た、な」


――どうやら、あいつの頭までは鈍ってないようだ。


続けてサインを送る。

「い、ち、か、く、に、ん」


しばらくすると、また足音がして。

「す、こ、し、ま、て……

い、ま、やっ、と……

じょ、う、きょ、う、が……

り、か、い、で、き、た」


やたら長い符丁が帰ってきた。 ――足疲れないだろうか?


さすがにその足音に不信を抱いたのか……

目の前の男が、視線をリリーが隠れた柱に向ける。


「きゃあ、ね、ねずみじゃ!」

リリーがわざとらしい悲鳴をあげると。


「そうか、ねずみがいるのか……」

男は、なにか納得したように呟いた。


――ひょっとして神話伝説に出てくるようなヤツは、マヌケばかりなんだろうか?


微妙な疑問が頭をよぎったが、時間を稼ぐために俺は仕切り直して話を進める。


「ひょっとしたら、リリーが封印されている教会にたどり着いたのも偶然じゃないかもしれない。あいつが何年もかけて俺を導いていた可能性もある…… よくよく思い返すと、サイクロンに俺が流れ着いたのは、偶然にしては出来過ぎた事柄が多いからな」


「それはお前の思い込みじゃないのか? ディーン、冷静になれ」


男の声からは動揺が感じ取れた。

だから俺はたたみ込むように、言葉を続ける。


「伝承では、アームルファムは闇の王の甘言に乗ってラズロットを裏切ったことになっているが…… この件にバド・レイナーが絡んでいて。

――あいつの狙いが今も昔も、闇族の種の保存なら。

お前は自分の部下にも裏切られていたんだよ。

アームルファムが成したのは、すべてをあるがままに未来へ託した事。

それは闇族が生き残るための、たったひとつの冴えないやりかたでもあったんだ」


「たったひとつの冴えないやりかた?」

男はポソリと呟くと、眉をひそめた。


「ああ、そうだ。ヤツは時間移動…… 過去への干渉を極端に嫌っていた。

もし、タイムマシーンのような過去への輪廻に影響を及ぼすようなものが実現可能なら、闇族のような種族は根本から絶滅されるかもしれない。

そう考えていたバド・レイナーと、ラズロットの考えを阻止したかったアームルファムが組んで起きた事件が、神話の裏切り行為なら。

――今までの事がらの、つじつまが合ってくる」


俺はもう一度後ろにまわした手でサインを送る。

「ま、だ、か」


トン、トントン、トーン。

足音がそう響いて、俺は胸をなでおろす。


――どうやらあっちの準備も終わったようだ。


「確実な証拠でもあるのか」

男が俺をにらみ、腕に魔力をため始める。


――タイミング的にはギリギリだったが、なんとか間に合った。


「残念ながら憶測ばかりの話だが…… 続きは本人に直接聞けばいい」


俺が腰のアイギスとガロウに手を伸ばすと。

「んなゃぁあああー!」

リリーの変な咆哮と共に、俺の2メイルほど左にブレスが着弾した。


途中で微妙にブレスの軌道が歪んだ…… 俺は本来なら着弾したであろう場所に向けて、アイギスとガロウで斬り込んだ。


しかし、ふわっとした弾力のある手応えで押し返され。


「アイギス、ガロウ…… 能力を切りなさい」

久々に耳にする、ラズロットの声が響く。


迷うように揺れる両手のナイフを引き戻し、左目に聖力ホーリーを溜めると、ぼんやりと男の影が確認できたが。


「マーガ、お前もだ」

ラズロットの冷えた声が聞こえると、左の視界が完全に消えた。


「ご主人様…… その」「ダーリン、ごめん」

アイギスとガロウの声に、俺は2人をホルスターに戻す。


「ディーンちゃん、あたしも。どーしたらいーのか……」


脳内で野太いオカマ声が響く。

まあ、この声は可愛くないから特に聞きたくなかったが……


「3人とも、強要はしない。自分の判断で動いてくれ」

俺がそう言うと、特に返答は返ってこなかった。


「とても面白い話だったけれど、確証はどこにも無いんだろう?

――キミの能力と洞察力はかってたんだけどね。

どうしてそんな歪んだ考えが出てきたんだか……」


代わりにため息交じりのラズロットの声が聞こえてくる。


まあ初めからアイギスやガロウ、マーガの立場は分かっていたし。3人の立ち位置の確認も含めた先制攻撃だったが。

これはこれで、やはり寂しいものがある。



しかし武器もなく、片目も見えないのに……

――背にいる2人のせいで、俺はまったく不安を覚えなかった。



++ ++ ++ ++ ++



背後から龍力が膨らんでゆくのが分かる。それを利用するように、複雑な術式が幾つも同時に展開された。


リリーは『最強の古龍』だが、大砲のような力業の攻撃ばかりで、繊細さがない。

クライは『最凶最悪の魔導士』の異名を持っているが……やはり魔力は人族としての限界がある。しかし多彩で正確無比な魔術攻撃が可能だ。


この2人が組んだバックアップほど、安心できるものは無いだろう。


「そもそもリリーを封印した理由はなんだ? あの教会の術式はなんど考えても逆五芒星デビルスターだ……

――あの地の龍力をリリーでまとめ上げ、どこかに送っていたとしか思えない」


ラズロットがいると思える場所に向かって、語りかけると。

俺の視線を追うように、背後からブレスが発射される。


「さすがだね…… あの教会の本当の仕組みを看破したのは、キミが初めてだよ」


楽しそうに笑うラズロットの声に、またリリーのブレスが発射されるが…… 途中で弧を描き、命中しない。

――外れたブレスが砂浜に大きな穴をあけるだけだ。


「お前は闇の王との決戦で命を落としたんじゃなくて……真実の扉を利用して、肉体と精神を分離させた。

そして、その精神を維持させるためのエネルギーとしてリリーを利用した」


俺の話の途中でも何度もブレスが飛来して、足元の穴の数が増えてゆく。


「それは面白そうな話だけど、根拠はあるのかい?」


穴の位置に正確性は無かったが、リリーの無尽蔵なパワーが連射を可能にしているせいで、必要な場所を確保し。クライの正確な魔術が、多少のズレを強引にまとめ上げ。


――虫食いのようになった砂浜に、薄っすらと解呪魔法陣が浮かんだ。


「リリーに言われたんだ、もう少し自分を中心に物を考えろってな。俺がお前とかかわってやったことは……

教会に縛られていたリリーの開放。俺のユニークスキルの鍵の解除。

アイギスとガロウの復活。左目を失ってマーガを取り込んだこと。

そして、聖国で扉を開けたことだ。

神は人を導くとはよく言ったもんだな……そこでクライの顔をして狼狽えているヤツが仕組んだように見せかけて、俺はお前に操られていた」



そもそも、教会でリリーが過去を話した時……

俺の中に潜んでいたラズロットが言っていた『いつかこの謎を解いて、門を破壊する誰かがあらわれることを願って、教義や聖典にも沢山ヒントを残したのに。だれも気付いてくれなかった』と。


賢者会で『移転魔法』の謎を解いた俺が、その誰かだったって……

認めるのに時間がかかってしまった。


「大陸に描かれた巨大五芒星ペンタグラムからエネルギーをかすめ取るまでの延命装置……それがリリーを縛った理由で。

この巨大五芒星ペンタグラムの完成と失われた本物の扉の鍵……アームルファムが隠した秘宝を見つけるのがお前の目的だからだ。

そう考えると、お前が俺にしてきた事のつじつまが合う」


後ろから、トン、トーン、トーンと、足音が響く。

それに合わせて俺が振り返ると、サヤに入った1本のナイフが飛んできた。


足元の虫食いのような穴のいくつかから魔法光が強くなり……


俺は受け取ったナイフのグリップに張り付けてあった護符を剥ぎ取って、光に反射して浮き上がった影にから少しズレた場所にナイフを投擲した。


今までリリーが放ってくれた複数のブレスのおかげで、この場所での放物線の変化は読めている。


ナイフが直前で軌道を変えて、その影に吸い込まれるように移動すると。

――徐々に影は人の形に変わっていった。


「キミの読みがすべてあってるとしても…… 僕がしたことが『悪』だと、なぜ言い切れるんだい?」


すっかり目視できるようになったラズロットは、右肩に刺さったナイフを抜き取ろうともがきながら、俺をにらんだ。


「リリーを長年苦しめ、ガロウの時はシスター・エラーン、アイギスの時はサラ……

――そんな女を泣かす男に、良いヤツがいるわけがないだろう」

俺がクールに言い放つと同時に。


ナイフの術式が発動し、爆発音が響き…… それに合わせるように、後ろの柱からリリーが飛び出してきた。


「う、うむ…… 下僕よ。その理論じゃと、お主も相当な悪になるんじゃが……」

そして、隣に並んだリリーが申し訳なさそうにそう呟く。



俺は苦笑いをかみ殺しながら……

――リリーと後でじっくり話し合おうと、心に決めた。

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