たったひとつの冴えないやりかた 4

アームルファムの秘宝の書は、そもそも魂とは何か。

その魂を持つ生命とは何か。 ――そして生命が活動する『生きる』とは何か。


この3点を、魔術的に解読したもののようだ。


これはアームルファムの書、すべてにおけるテーマだが……

他の書と大きく異なるのは、やはり具体例を交えた学術的アプローチなんだろう。


そしてその具体例とはラズロットが行った『封印術』と、『古龍』の研究だ。


「アームルファムの書を読んでいて、一番疑問に思うのが……

彼がなぜラズロットを裏切り、リリーに『神殺しの毒』を盛ったのか。

あの素晴らしい書を世に残した人物が、いくらだまされたとしても。

リリーを殺そうとするなんて信じられない。

――だが、見方を変えると」


「う、うむ」

腕の中で大人しくしていたリリーが、俺からそっと離れる。


「リリーの命を救おうとしたのは、アームルファムなんじゃないのか?」

俺の言葉に、リリーはゆっくりと瞳を閉じた。


「あの鼻垂れ小僧は、根っからのお調子者で…… 優しい男じゃった。

そして、他のラズロットの弟子とは違って。ラズロットの人間性と言うか、考え方には初めからあまり共感しておらんようようじゃったな。


まるで何か別の使命を負って、そのためにラズロットの弟子になったような。

――そんな印象をもっておった。


確かに我に、あの毒を持ってきたのはアームルファムじゃ。

その時のやつの顔は今も忘れん。

あの決意と信念にあふれ、悲しみに満ちた表情。

我は…… ならば、だまされるのも一興と。


――その毒をあおったのじゃ」


リリーはそこまで話すと、一度大きく息を吸って。


「そもそも『神殺しの毒』なんぞで、我の命は断てん。せいぜい数百年龍力を失って眠りにつくだけじゃ。アームルファムも…… それを知っていたじゃろう。


――主の言う通り、あの日あの場所でアームルファムがそうしたのは。

我の命を救うためだったんじゃろうな……

放っておけば、我はラズロットに命を奪われていたのだから」



リリーは自虐するようにクスリと笑った。


「ラズロットが欲しかったのはリリーの命じゃないんだろう。

結果として、そうだったとしても」


俺はリリーの頬にゆっくりと手を当てた。こんな時…… なんて慰めてやればいいのか。上手い言葉が浮かばない自分が悔しい。


「今だに、真にラズロットが何を狙ってあのような行動に出たのかは、わからん。

――今に残る伝承のように我の命を助けて。龍力だけ奪い、戦いに挑んだのか。

それとも、アームルファムや主の考えるように、別の狙いがあったのか」


リリーは頬にあてた俺の手を、ゆっくりと両手でつかんだ。

その優しいぬくもりに……


俺はリリーを守る決意と、この謎を解き明かす意地をかけて。



「なぜリリーが、いや古龍と言う種が……

龍力というこの星のエネルギーを蓄えて、利用することができるのか。

たまたまそうだったのか、それとも古代文明のなにかの影響なのか。

どちらにしても……

ラズロットがそのエネルギーを利用するためにお前に近付いたり、今もなお俺を利用して、何かを企んでいるとしても。


――俺はお前を必ず助け、楽しく生きて行ける未来を探す。


だからそんな顔はするな。

お前はいつだってバカで、どうしようもなくって。

最高に頼れる…… 俺の相棒なんだから」



確りとリリーの瞳を見つめながら……

――俺は、最高にクールな笑みを浮かべた。



++ ++ ++ ++ ++



もう一度扉を開けると、そこは夕闇の海岸に様変わりしていた。


勇者キドヤマが仕掛けた『迷宮』の魔術だとは分かっていても……

むせ返るような潮の香りと、さざ波の音。海岸線に沈みかける太陽の輝きは、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなるほどだった。


砂浜には、幾つもの古代遺跡が散乱しているし。波打ち際には、例の東京スカイツリーと呼ばれる電波塔が、中央で圧し折れ、夕闇の赤い日差しを微かに反射させていた。


「下僕よ、ここは」

隣を歩いていたリリーが、俺を見上げた。


「真実の扉…… 聖国の海岸に出没した古代遺跡群だな。

勇者の記憶をもとに再現された、迷宮のトラップなんだろうが。


――まったくあの男は、規格外も良いところだな。


いくら元ダンジョンのエネルギーを使用してるとは言え…… 水平線の向こうまで世界が広がっているとしか思えないほどのリアリティがある」



俺はため息まじりにそう呟いた。しかしこのぐらいのトラップをしかけないと、あの闇の王は封じ込めれないのだろう。


気を引き締めるためにも、ゆっくりと深呼吸をすると。


「ディーン、今からそんなに緊張していたら、あの男を追い詰めるまで持たないぞ」

鉄の箱に黒い車輪が4つ付いた古代遺跡の陰から、男があらわれた。


俺は少し悩んでから。


「クライ…… どうしたんだ?」

念の為、そう呼んで笑顔をつくりながら歩み寄る。


「なんだ、あまりおどろかないんだな」


騎士団のローブが潮風に舞って、黄昏てるような姿は……

妙に様になってて、ちょっとムカつく。


俺はその姿にあった、妙な違和感を払拭させるために。


「いや、ここで会えて嬉しいよ。

約束通りコレが終わったら飲みに行こう。

――前回は俺が払ったから、次はお前のおごりだ。

だから約束を守ってもらわなきゃ、困るしな」

そう確認すると。


「そうか、そうだったな」

その男は、どこかカッコ良く微笑んだ。


うん、やっぱり全然別人だ……

俺はクライにおごってもらったことなんて、一度もない。


リリーに、そこで待つように手で合図して。

アイギスとガロウをいつでも抜けるように腰に移動させる。


「ここにいるのは分かってたし、それに聞きたいこともある」

ヤツと2メイルほど距離を開けて、足を止める。


「ちょうど良い、俺もいろいろと話しておきたいし。ディーンに確認したいこともあるからな」


本当はもっと距離を取りたいが…… 足下の砂も気になるし、勇者の話では投げたナイフの軌道がズレる可能性もあるとか。


「なあ、ここが前に話していたアタリなのか?」

俺がそう聞いたら、ヤツは少し顔を歪めた。


「なんのことだ?」


「聖国のペンタゴニアで戦った時、あの男が言ってただろう。

『真実の扉』には、アタリがあるって。

――まるで、各地で産出する遺跡の大元がどこかにあるような口ぶりだった」


「その事か…… ヤツが何を考えていたのかなんて興味が無いし。

真実の扉がなにかなんて、俺には分からない。

ただヤツを殺して、俺たちの復讐を果たしたいだけだ。

――ディーン、お前も同じ思いじゃないのか?」



「何度も言うが、復讐は何も生まない。

それより、未来に向かってどう生きてゆくかが問題なんだ。

だから俺は、どうしてもこの謎を解かなくちゃいけない。


ペンタゴニアであの男は『問題は扉ではなく考え方だから、干渉する必要はない』と、ラズロットは考えていたと言った。

その時俺は、問題は知識や技術じゃなくて、それを扱う者の考え方だから…… そこを皆で考えてゆけばいい。


――そう言う意味だと思ったが。


そもそもラズロットの考えは。

必要なのは『真実の扉』そのものではなくて、『考え方』。

つまり『タイムマシーン』そのものじゃなくて、『その技術』が……

必要だったんじゃないのか?」



俺の質問に、その男は不思議そうに首を捻った。


「例えそうだとしても、なにか問題があるのか?

そんな事より、どうやってこれから闇の王を倒すか……

――そこを考えないと」



「やっぱり理解してなかったのか……

闇の王を倒すより、そこが重大なんだ。


――俺たちは騙されてたんだよ、ラズロットに。


もう一度よく考えてみろ。

真実の扉…… タイムマシーンと呼ばれる超古代文明の技術を。

3人の選ばれし男のうち2人は、世界のために利用しようとしたり、世界のために封印しようとしたが。

――1人だけ。

自分のために利用しようとしたのさ」


「ラズロットが? まさか。伝説の通り…… 人々を救い、善行をなして。

闇の王に『真実の扉』を利用されるのを恐れて。

――自らの命をなげうって扉を封印したんだぞ」


「角度を変えて見ると……

そもそも、その善行に別の目的があったのかもしれない。

真実の扉も、封印したんじゃなくて。ラズロットが利用するために形を変えただけかもしれない。

――それにラズロットは死んではいない。

忌々しいことに、良く俺にちょっかいを出しに来るんだ」


「もしそうだとしても、それがどうして騙されたことになるんだ?」


不思議そうに聞いてきた男に。


「だってそうだろう、ラズロットの目的のために。闇の王……お前はずっと利用され続けてきたんだから」

俺がそう言い放つと。


「いったいなんのことだ……」

ヤツはここで、初めて顔を歪める。


俺はそれを確認すると。



どこかで見ている神を呪いながら……

――その男のために、残酷な真実を語り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る