あたしたちの子供を守って
「ねえディーン、あなたの未来の。 ――あたしは邪魔になりたくないのよ」
キュービはそう言って微笑むと。
シーツをまとって、ベッドからスルリとはい出た。
冬の朝日が室内を照らし……
シーツごしに艶めかしい姿態がハッキリと見え、可愛らしい2本の尻尾と。
――美しいお尻が、シーツの隙間から見える。
「何を言ってるんだ? キュービが俺の何かを邪魔してる事なんてないだろ」
その頃の俺はガキすぎて、彼女が本当に何を言いたいのか。
……理解することができない。
これは、俺が16歳の頃。帝都に来たばかりで、キュービの住んでいた安アパートに転がり込んでいた頃の思い出だ。
昨夜、マリスから受け取った手紙の計算式を解くついでに。
通信魔法板で『だうんろーど』した『夏の日の少年』を読んだせいだろうか。
――こんな夢を見るのは、初めてだ。
「ディーンは頭が良いけど、バカね。
あの鉄の中に含まれている不純物の再利用方法のアイディア、カグレーさんがおどろいてた。帝都の神学院で研究を進めていいかって、昨日聞いてきたわよ」
「構わないけど、錬金術師くずれのあの連中に理解できるかな? 化学分野なら、西の学び舎に相談した方が良いかもね」
俺が鼻で笑うと。
「やっぱりディーンは学び舎に残るか、帝都の学院に進学した方が良いわ。
その才能は、きっと世界を変えるものよ」
どこか寂しそうにキュービは微笑んだ。
「それこそどうでも良い事だ、俺はキュービといっしょにいたい。あの未確認の物質の利用方法ぐらい、ひとりでも開発できる。
人工皮膚や筋肉が開発できれば、戦争で手足を失った多くの人が助かるだろうし。
――もう、手掛かりはつかんでるからね」
俺はそう言って立ち上がり、もう一度キュービをベッドに押し倒す。
「それって、ディーンがテーブルやいらなくなった書類の裏に殴り書きしてる数式? だったら、ちゃんと論文にして……」
そこで俺はキュービを黙らせるために、強引な口づけをする。
温かい唇と、冷え始めた手足。
「もう、バカ。昨夜あんなに求め合ったのに」
俺はその言葉も無視して、強くキュービを抱きしめた。
あの頃の俺は、キュービに溺れていた。
それを危険だと思った彼女が、身を引く形で別れたのか。
――それとも別に原因があったのか。
その疑問は『夏の日の少年』を読んでも、もちろん分からないし。
きっと誰に聞いても、もう正解なんて知ることができない。
若かった頃の……
――どこにでもある、過ちなんだろう。
++ ++ ++ ++ ++
脳みその片隅でキリキリと歯車が回転する音が聞こえる。
マーガが左目にはまってからの、目覚めの儀式だ。
俺は目元に集中して
夜更かしのせいだろうか? 今朝はいつにも増して、頭痛がひどい。
しかも手足がからめ取られているように動かないが……
異常に膨らんだシーツに違和感を覚え、なんとかそいつをめくると。
「あ、お父さんおはよ!」
青い肩までの髪をサラサラと揺らして、ジュリーがニコリと笑った。
そしてキリキリと足元から音が聞こえる。
「どうしたんだ? その……」
既視感がある目覚めだったが。
まあ、筋肉質の男が全裸でおおいかぶさってくるのに比べたら。
素敵な目覚めと言えなくもない。
「えへっ! いちどお父さんと寝てみたくって。
お母さんと『あねご』に相談したら。ここだって、教えてくれて」
「あねご?」
「うん、リリー様がそう呼べって」「キリキリキリ」
マーガの頭痛は治まったが、違う方向性からの頭痛が始まった。
「そ、そうか。それで…… その服は?」
リリーやライアンのように、全裸じゃないのは良かったが。
「勝負服なんだって、これならイチコロだって。あねごは言ってたわ」
紫のラメの『じゃーじ』には、金の刺しゅうが施され……
「熊かな?」
羽が生えてるように見えるけど。
「お父さん何言ってるの? これ、ドラゴンよ」
――どうやらそうらしい。
うん、やっぱりリリーとは、いちどじっくり話し合う必要がありそうだ。
少し悩んだが……
目が合ったから、話しかけてみる。
「で、なんでお前までなんでここにいるんだ?」
足元で、同じ『じゃーじ』姿で寝ているエマにそう言うと。
「えへっ、いちどお父さんと寝てみたくって」
ものすごく感情のこもっていない、棒読みのセリフが返ってきた。
「……そ、そうか」
俺は得体の分からない不安をなんとか飲み込んで……
――2人に、クールに微笑んで見せた。
++ ++ ++ ++ ++
今日の朝食のテーブルは賑やかだった。
「ケイトさん、お料理上手ね。
あのトーヘンボクを落とすんなら、まず胃袋だから。頑張って!」
メリーザがテキパキとテーブルに皿を並べると。
「そんな…… メリーザ様の足元にも及びません。
このスープのレシピ、今度教えてくださいね」
シスターケイトも、ニコニコしながらテーブルに料理を運ぶ。
「うむー! このスープも確かにいけるが。
エロシスターの、もぐ、飯も、もぐもぐ、なかなかじゃぞ!」
リリーが並べられた料理にドンドン手を付けてゆくと。
隣で妙なじゃーじを着た2人組がそわそわとしている。
「こらリリー、いつも言ってるだろう。朝の祈りが済むまで、食事に手を出すんじゃないと。用意をしてくれるシスターたちにも失礼だ」
俺がそう言うと。
「あらあら、お父さんは大変だね!」
メリーザが楽しそうに笑った。
昨夜帝都から戻って聞いた話だと。
メリーザがリリーとシスターに事情を話し、隠し子疑惑は晴れたようだが。
――込み入った事情とやらで、ジュリーにはまだ内緒らしい。
その込み入った話をまだ聞いていないが。
「お願いできるかな?」
メリーザがそう言うので。
「構わないが…… いつかジュリーには、ちゃんと話してやれよ」
俺がそう言ったら、メリーザは。
「相変わらずねえ、このトーヘンボクは」
そう言って、照れたように笑った。
帝都から勝手について来てしまったエマも。
「ひとりも2人も同じじゃ! この際まとめて面倒を見てやろう」
リリーがそう言うと。
「話はナタリー司教から通信で聞きました。
事情があるようですし、リリー様がそうおっしゃるのでしたら。
あたしは全然かまいませんよ!」
チラリとエマの頭上を見た後、ニコリと笑ってシスターも同意するので。
なし崩し的にこうなったが。
キュービの手紙の件もあるし。
サインロード村襲撃の件も、つながっている可能性は高いから。
確かにエマを追い返すのは得策じゃない。
「では全員、手を組んで」
テーブルに座った5人を確認して、俺がそう言うと。
全員が目をつむり、黙って祈りを捧げ。
次の瞬間リリーとエマとジュリーが、奪い合うように料理に手を出した。
それを見て、シスターとメリーザが顔を合わせて微笑む。
楽しい食卓かもしれないが……
――急に老けたように感じるのはなぜだろうか。
++ ++ ++ ++ ++
「それで、あの数式の意味は分かったの?」
司祭室に戻ると同時に、ナタリー司教から通信があった。
「幾つか文献をあたってみたが、ちゃんと合致するものはまだ見つからない。
だが、確かに見おぼえがあるんだ」
何かがひっかかって、それが何なのか。
どうしても思い出せない。
「キュービ会頭からの手紙なんだから。
その頃、司祭が係っていた何かじゃないの?」
マリスから受け取った手紙をもう一度見る。
『ディーン、あたしたちの子供を守って』
そう大きく書かれた紙をかざすと。
エマがこっそりと司祭室に入ってきた。
「……子供、か」
「マリスさんも言ってたけど、キュービ会頭には子供はいないみたいね。
でもディーン司祭は、その辺りになにか心当たりがあるのかしら」
からかうようなナタリー司教の声に、俺は苦笑いしながら。
今朝見た夢を思い返した。
「――まさか、そんなバカな」
夢の中で思い出した、テーブルやキュービの書類の裏側に書いた数式が。
俺を責めるように、脳裏で輝く。
俺は通信魔法板を置いて、手紙から移し替えた数式を確認した。
半分以上は俺が書いたものではないが。
そこからの進化は、考えられない方向性を導いている。
しかしあれは、どこにも発表しなかったし。実用化前に俺とキュービは別れた。
だが手紙の内容と、今目の前の出来事が。
……それが事実だと、訴えてくる。
「エマ」
「なんでしょう、お父さん」
「エマは、人造生命体なのか」
俺の質問に。
無表情のままキリキリと音をたて、エマは頷く。
「ねえ、ディーン司祭! どうしたの、ねえ!」
通信魔法板からこぼれるナタリー司教の声を無視して……
――俺は、力いっぱいエマを抱きしめた。
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