美女の誘い以外は受け付けないことにしてる

炎の中に立つ老人は俺を見てニコリと笑うと。

古びたローブのフードを取り払い、ニョイを捨て。

「ディーン、久しいな」

大げさに両手を広げて喜んだ。


老人の足元にうずくまるテルマは、微動だにしない。

闇族の王とも呼ばれるあの男が、なにをしたのかわからないが。今は古龍の生命力を信じるしかないだろう。


ここで俺がしなくちゃいけない事は3つだ。

1つは、ペンタゴニアの術式の書換えまでの時間稼ぎ。2つめが、テルマを助けること。そして3つめが、この男の真意を探ることだ。


「少し聞きたいことがあるんだが…… 今、大丈夫か?」

大聖堂内に張り巡らされた術式を確認しながら、男にゆっくりと近付いて行く。


「なんだね、わたしと君の仲じゃないか。さきほどまで邪魔者もいたが今は大人しい、だから安心したまえ! 存分に語り合おう」


やはり重複層の魔法陣で、3ヶ所の起点が存在する。

まずはこいつを書き換えたいが……

無防備に見える男の動きに、まったくスキがない。


「なんでこんな所にいるんだ? もう扉は開いているし。

いまさら閉めにくる必要もないだろうに」


「ほう、真実の扉の真相に気付いているのか? やはり君は逸材だねえ。

どうやらここもハズレだったようだから、そろそろ立ち去ろうと思っていたが。

この古龍の命を奪い、君が手に入るなら。

――わざわざ出向いてきたかいも、あったかもしれん」


「長く生き過ぎてボケちまったのか?

テルマの命は救うし、俺はお前になんかついて行かない。

それにその言い分だと…… どこかにアタリがあるみたいじゃないか」


「いくつか誤解があるようだが……

そもそも扉に関しては、わたしとドーンと、ラズロット。

3人で意見が食い違ってね。

危険だから封印しろと言うドーン。

問題は扉ではなく考え方だから、干渉する必要はないというラズロット。

そして知力あるものが管理し、コントロールすべきだと言うわたしの意見。

それぞれの主張の違いが招いた悲劇が、ことの始まりなんだよ。

――そしてわたしが探しているのは、こんな即席の封印術式ではなく。

そのコントロールを司る場所だ」


なんとか一番近い起点になっている祭壇の宝珠までたどり着き、そいつをアンティーク・ウィスパーで黙らせると、男の笑顔が少し歪んだ。


「俺もラズロットと同じ思いだ。問題は知識や技術じゃない、それを扱う者の考え方だ。だからそこを皆で考えてゆけばいい」


「――悪用されないものはない、進歩はつねに危険と背中合わせだ。それを乗り越えてはじめて未来がある。

これは、扉の向こうの『死の商人』と呼ばれた発明家が残した言葉だ。

愚かしい詭弁だとは思わないか?

いつだってそうだ。今回も……

わたしが魔族領で開いた扉の一部からもれた技術が戦争を招き。人族もそれを真似て兵器が進化し、多くの命が奪われ。

そして今、人族同士の争いでこうなっている。

ディーン、君ならわかるだろう。選ばれし民が制御しないと人は滅びの道へと突き進んでゆく」


「それで、ドーンとラズロットを殺したのか?」


聖堂の熱が少しずつ下がって行く。足元にいくつかの魔法石が転がっているが、これは聖堂の外から先生が投げ込んだ物だろう。

術式は完全に消せなかったが、勇者と先生がなんらかの形で干渉しているようだ。


――老人が聖堂の入り口を睨む。


「些細なことだ。

それより、つまらん邪魔が入っているようだな……

あまり時間がなさそうだから、手短に言おう。

――ディーン、わたしについてこい。

今回の出来事で、ここまで真相に近付けたのは君だけだ。

賢者会にいた時から、レイヴンより見どころがあった。

君なら、わたしの後継者となることも可能かもしれん。

あの小癪なセーテンさえいなければ、もっと早くお前を導けただろうが。

まあ、今からでも遅くはない。

永遠の命とこの世界の覇権を、我らと共に享受しないか」


足元に転がっている魔法石が点滅を始めた。

あの男が移転魔法で逃げる前に、このペンタゴニアの術式の書換えを完成させるつもりなんだろう。


そうなるとあとは、テルマを救うことだけだが……

上手く切欠がつかめない。


「悪いが、美女の誘い以外は受け付けないことにしてるんだ」

ナイフを握りしめ、タイミングを見計らっていたら。


「ふん、愚か者が!」

老人が俺に向けて左手を大きく広げた。

高濃度の魔力がそこに集約されて行くと、また建物全体がグラリと揺らいだ。


「この古龍の生き残りが築いた術式は、先ほど壊したが……」


その言葉に合わせて、俺は牽制のナイフを2連投した。

やつがそれをかわす瞬間に滑り込んでテルマを抱き留め、なんとか距離を取る。老人は攻めようとすればできたかもしれないが、余裕の態度でそれを見ていた。


「面白そうだな、なにをするつもりだ?」

「とっておきだよ」


大陸の龍力を一点に集め、ペンタゴニアを逆五芒星デビルスターに書き換えることで悪魔召喚の術式を利用する、奇策に打って出た。


俺は近くの椅子の陰までテルマを運び込み、祈るように天井を見上げる。


テルマには、意識があったようで。

「いったい…… なにを?」と、途切れ途切れにそう聞いてくる。

しばらくすると大聖堂の『名も無き龍の王』の宗教画イコンが揺らめき。


「呼ばれて飛び出て、我じゃじゃーん!」


魔法光と共に、アホの子が飛び出してきた。

テルマもそれを聞いて、ポカーンと口を開ける。



うん、やっぱりダメかもしれない……

――計画したのは俺だが、ついつい深いため息が出てしまった。



++ ++ ++ ++ ++



光に包まれたアホの子は。

「ちょ、ちょっと、待っておれ!」

うんしょ、うんしょ…… と、呟きながら、手に持っていた修道服を着こむと。ばっと片手で光を払いのけ。


「我が名はリリー・グランド、伝説の古龍である! 闇の王よ、ここで会ったのも何かの因果じゃ。我が奈落の底まで案内してやろう!」

大声でそう叫ぶと、あさっての方向を指さし。


「なんじゃ、そっちか!」

もう一度老人を確認してから指を向け直した。


「リリー、その恰好は!」


明らかに背も伸び、顔も人なら20歳ぐらいの印象で。ポンキューポンのプロポーションは、目を見張るほどの美しさと神々しさがあったが。


「うむ、何千年かぶりに力がみなぎっておるわ!」

「そうじゃなくてそれは、シスター・ケイトの服だろう?」

あらわれた後に、あれを着こんだってことは……


「裸では恥ずかしいと言ったら、エロシスターが貸してくれたのじゃ!」

「ってことは今シスターは…… まっ裸?」

――状況が心配でならない。


「阿呆! なにを心配しておる。

エロシスターはちゃんと下着ぐらい付けておるわ!」


リリーと粋なトークを交わしながら、先生が投げた魔法石を拾い集め。

反撃を狙っていたら。


「小賢しい!」

老人が手から黒い魔力を発射した。


「ふん、闇魔法か。だが今の我には、そんものは通用せん!」

それをリリーが、簡単に払いのける。


「ほほう、戻ったのは姿形だけではないようだな。

――面白い」


動くたびに成長したリリーの大きな胸とお尻がタフンタフンと揺れる……

やはりあの下は、なにも付けていないのだろうか。


不覚にも、リリーの身体に目が釘付けだ。


俺はなんとか邪念を振り払い、テルマを椅子の下に避難させると。

2人が戦っているスキに、ナイフと拾い集めた魔法石を投擲して術式を解除し。大聖堂に充満していた炎を消し去った。


後はどこまであの男を追い込めるかだが…… 戦況は五分五分。


なんとか均衡を崩せないかと、俺はナイフにありったけの聖力ホーリーをつぎ込み、男に投擲すると。


「これは…… ラズロットと同じ聖力ホーリーだな」

片手でナイフごと握りつぶされた。


それを見たリリーが、俺の横に来て小声でささやく。

「下僕よ! やつはああは言ったが、やせ我慢のようじゃ。

もう数回繰り返せば、止めをさせるかも知れぬ」

大きく開いた胸元からこぼれる谷間と、薄っすらと浮かぶ胸の形が気になったが。


「なら俺が前に出て攻撃する、援護してくれ!」



俺は気配を消し、大聖堂の椅子や机の陰に潜みながら……

――反撃を開始した。

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