大聖堂

先生を交えて、別室に移動する。

聖国王陛下も同席すると言ったが、近衛兵たちに止められた。


「今回の作戦を前に、フェーク枢機卿がペンタゴニアの職員を秘密裏に避難させてね。知らされていなかった正門の聖騎士隊や、陛下を守るための近衛兵以外は残っていない。

――彼女は念の為だと言っていた。

陛下は心配していたが…… ディーン、この作戦はそれほど危険なのか?」


心配そうに聞いてくる先生といっしょに部屋に入ると。

シスター・ケイトとナタリー司教が慌てて膝をついた。


「緊急時だ、かしこまらくていい」

先生が笑いかけると。

2人は顔を見合わせてから、ゆっくりと立ち上がる。


俺は2人のブルンと揺れる巨乳を確認して、心を落ち着け。

「なにか書くものはありますか? まずは俺の考えを聞いてほしい」

真面目な顔でそう伝えた。



++ ++ ++ ++ ++



教会を起点とする大陸に張り巡らされた五芒星ペンタグラムと。

ペンタゴニアの略図と。

謁見の間の宗教画イコンを別々の紙に描き。

別室の中央にあった大型テーブルに並べると。

聖騎士隊長を含めた全員が、それをのぞき込んだ。


「これはラズロットが好んで使った、3重構造の五芒星ペンタグラム封印だ。

先生も、大陸の龍力を集めてペンタグラムが利用できると。

――そう言ってましたね」


「ああ間違いない。

私が勇者を妨害できたのも、ペンタゴニアの力があってこそだからね」

先生はそう言ったが。


「それでも力押しなら僕は負けない。やはりあなたの知識とセンスに負けたんだ」

勇者が苦笑いする。

その辺り、お互い思うことがあるのかもしれない……


「この3重構造は、教会にある呪物を入れ替えることで能力を変えることができる。基本構造は、ラズロットの封印箱と同じだ」

俺は3枚の紙に、それぞれ今ある呪物の位置を書き記してゆく。


「なあディーン…… あたいには、ただの封印術式にしか見えねーけど」

ルウルが不思議そうに聞いてきた。


「封印箱とは前提条件が違うんだ。

先生、賢者会でガンデルが隠そうとしていたことは。

あのカエーデの葉をはさんでから消えた本の内容は……

――時空間移転の魔術書ですよね」


先生が驚く顔を見て、俺は確信する。

やっぱり…… 悪い予感は当たったと。


「フェーク公爵はこの後……

先生や陛下にも避難するように指示してませんでしたか?」


「確かに、陛下との謁見が終わったら。

ペンタゴニアの外にある、西の迎賓別館で待つように言われたが……」

とまどう先生に、俺はもう一度説明を続ける。


「これが巨大な移転魔法だとすると」

俺の言葉を、勇者キドヤマが奪う。


「なんてことだ…… ブラウンモールの山脈がここに移転してしまう」

全員が勇者を見つめ、その言葉に息を飲んだ。


ええっと勇者様……

――俺のキメどころを、奪わないでほしいのだが。



「だとしたら、どうやってこれを阻止する?

今から教会の呪物を置き換えて、術式を変えるのは時間的に不可能だ」

先生がポツリとそうもらすと。


テーブルを囲んだメンバーが、皆困惑する。


「教会が無理なら、ペンタゴニアを書き変えればいい」

「しかし、呪物はどうすんだ?」

俺の言葉に、ルウルが反応した。


「それなら心当たりはある、ただ細かい制御が間に合わない。

そこを先生と勇者でなんとかしてほしい」

2人が頷くのを確認して、俺はペンタゴニアの略図に呪物の配置を書き込む。


「助陽の位置に『竜』として、ライアンとルイーズが移動。

呪物の代わりに、ライアンの魔剣を使ってくれないか?

動の位置に『虎』として、お嬢様が。助動の位置に『狼』として、ルウル。

2人には、これを使ってほしい」

俺は懐からアイギスとガロウを抜いて、それぞれにわたす。


「それから、シスター」

「はい、なんでしょう。ディーン様」

「リリーといっしょに、この『闇』の位置まで移動してほしい」

シスター・ケイトが不思議そうに首をひねる。


「なあリリー、それであってるんだろう?」

リリーは俺をチラリと見ると、小さくコクリと頷いた。


こいつは隠していたようだが……

ブラウンモールの教会に虎のアイギス、帝都が狼のガロウなら。

サイクロンの教会の呪物は「闇」だ。


そして、シスター・ケイトの症状。

伯爵夫人から受け取って、リリーが飲み込んでしまった魔法石。


あの時シスター・ケイトの様態がおかしくなったが。あれ以来、症状が出ることはなかった。そして移動の時も、帝都での宿泊も、リリーはあまりシスターから離れようとしない。


念の為フェーク公爵にもらった石を持ち歩いてはいるが。

今まで使うことはなかった。

きっと、リリーがシスター・ケイトの症状を押さえていたんだろう。


ペンタゴニアのマッピングを書き終え、リリーを見ると。

「そうか下僕よ…… うむ、任せておけ」

そう呟いた。


説明しながら、ペンタゴニアのマッピングを書き終えると。

「ディーン、これは……」

ルウルは驚き。

「なるほど、面白そうだね」

勇者は微笑み。


「しかし…… いや、これが最善なのか」

先生が深く頷く。


書き上がった逆五芒星デビルスターを確認して。

「各自急いで移動してくれ!

先生と勇者は俺について来てくれないか。

それから、今いる聖騎士隊は各拠点への案内と警護にまわってほしい。

ナタリー司教は陛下にこのことを伝えて、いっしょに避難してくれ」



俺は皆の顔を確認して……

――大きく息を吸い込み、号令を掛けた。



++ ++ ++ ++ ++



俺が部屋を飛び出すと、先生と勇者が俺の後をついてくる。

「それで、僕たちはどこへ向かうんだい?」

勇者の問いかけに。


「フェーク公爵の正体は、古龍テルマ。

なら、自分を贄にして『龍』の起点で勝負をかけるはずだ」


俺が答えると、先生が補足するように。


「その方角なら、大聖堂だ。

天井には、名も無き龍の王の宗教画イコンと宝珠もある」

そう言った。


勇者に付き添っていたアオイとローラは、他のメンバーの警護についたんだろう。おっさん3人で走っていると、自然と息があがってきた。


「ディーン、アゴがあがってるんじゃないか?

なんならもう少しゆっくり走ろうか」

「先生こそ…… もう年なんだから、無理してるんじゃ」

「……僕が一番若いから、はあ、はあ、先に行ってようか。

お2人は、はあ、自分のペースで……」


そして、全員のスピードが徐々に上がって行く。


――俺も含めて。

おっさんと言う生き物は、どうやら負けず嫌いのようだ。


そして、大聖堂の前についた頃には3人とも肩で息をしていた。


「はあ、はあ、デ、ディーン…… こ、この扉には、結界が」

「そ、そうですね、はあ、はあ。こ、これは……

東の学び舎で見た、ア、アルスタカ式の魔法陣」

「なら、も、もうあの男が中に!」

先生と2人で汗をぬぐっていると。


「2人とも、無理をしないでって言ったのに。

じゃあこの結界は僕が破るから、休んでいてください」

勇者は涼しい顔でそう言ったが……

――膝が笑ってる。


どうやら見栄の張り合いは、勇者に軍配が上がったようだ。


俺が懐のナイフを確認すると。

先生もポケットに手を入れ、小声で詠唱を始めた。

それを見ていた勇者が、苦笑いしながらそっと扉を押す。


――魔力が逆流したんだろう。

ペンタゴニア全体がグラリと揺れて、大聖堂の扉がゆっくりと開いた。


たったあれだけの動きで、大陸全土を揺るがしかねない大魔術を、部分的とはいえ解呪するなんて。

やはり勇者の能力は、規格外だ。


扉の中は炎に包まれていて、よく確認できない。

勇者がもう一度その魔法に干渉しようとしたが。


「上手くハッキングできない……

どこかにファイヤーウォールがあるのかな」

規格外の能力にも、得手不得手があるようだ。


「ここまでやってもらえば、後はなんとかなる。

俺が突入したら、ペンタゴニアの術式の制御にまわってほしい」

そう言い残して、俺は大聖堂に飛び込んだ。


炎の形も、術式も。あの東の学び舎の火災と同じだ。

――違っているのは。


倒れているのが、リリーが少し成長したような少女テルマで。ニョイを構えてこちらを睨んでいるのが。あの頃と変わりない姿のガンデル…… いや、伝説の魔族の男だったことだ。


「久しぶりだな」



俺はそう呟いて……

――懐のナイフを、ゆっくりと取り出した。

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