第3話:廻廊


《廻廊》


それは、地上と《コバルティア》を分かつ道。逃げ出した臆病者たちが追っ手を阻むために造ったとされる迷い道である。


辺りは薄暗く、灯りは壁面に点々と茂る《ヤコウソウ》の仄かな燐光のみ。それも、手のひらに乗りそうなほど小さく、とても灯りとして頼りにできるようなものではない。そのため、扉から遠ざかるほど視界からは徐々に色という色が消えていった。


四方八方の大半が漆黒に塗り潰された視界。そんな中で、烏の放つ燐光は一際目についた。《ヤコウソウ》が青緑の仄かな色を放つ蛍と例えるならば、烏は橙の色を放つランタンの灯りさながらであった。


どれ程走ったろうか、烏は何度か速度を緩めて方向転換をしては先に進む。《廻廊》と言うが、どうやら彼らにしかわからぬ抜け道が存在しているらしい。


時には《ヤコウソウ》すらない完全なる暗闇の中を突っ切り……。さらには見たこともないような大きさの真っ白なキノコの下に続く道を下り……。モゾモゾと何か得体の知れぬモノが這う壁を横切ったり……。


そうしていると、やがて奥から明らかに人工的な光が見えてきた。外界の太陽ほど明るくはないが、真っ暗な空間に目が慣れていたロコとイリアにはやけに眩しく感じられる。烏の先導に従って光に向かって走り、その空間に飛び込むと、二人はさらに驚き目を見開いた。


目の前に広がっていたのは先程までの暗く掘りっぱなしの隧道ではなく、煉瓦が道に敷き詰められ、その両側にはランタンがズラリと頭を並べて立っていた。壁面も白い粘土に舗装され、至るところに橙の炎を放つ無数のランタンが引っ掛かっていた。まるで城下に続く街並みのように整然としていた。


《ようやく第一廻廊は抜けた。次の第二廻廊を抜ければ、《コバルティア》第七階層だ》


「……あの、これどこまで続くの?」


イリアが不安そうに下を覗きながら烏の姿のエレオスに訊ねる。彼の疑問も最もであろう。これはまさしく《廻廊》、舗装された道は螺旋状に地の底へと向かって永遠に続いているのではないかと思われるぐらい伸びている。目を凝らしてみても先など見えない。


《大した距離じゃねぇよ。でも、この第二廻廊はちょっと厄介なのがいる》


あれだ、見えるか?


嘴の示す先には何やらギシギシと音をたてて動くモノが見回りをしていた。あれは絡繰り?とイリアが訊ねると、エレオスは頷く。


《ご先祖サマが造ったものだ。……だがあいつ、意外とポンコツでな。外からの侵入者と好奇に負けた半端者を追っ払うために造られてるんだが、簡単に言っちゃ敵味方見境ねぇ、ってことだ》


「また、面倒なものを……」


いちいち絡繰りを壊しながら進まねばならないということだろうか。一刻の猶予もないジズを早く治療せねばならないというのに……。時を空費するかと思いきや、烏はいや、と首を振った


《手はある。天井を見ろ》


「……何あれ?鉱石?」


《まあ、そんなところだ。……あのでっけーのには、こいつらを造ったご先祖サマの力が籠められてて、この絡繰りたちの全てを動かす電波を発してやがんだ》


あいつを一瞬でも止めちまえば、あとはわかるな?


それが意味することは一つ、要するに強行突破だ。


《時間が惜しい、てめぇらはとにかく走れ。その時に絶対あいつらの相手にすんじゃねぇぞ?》


「そうか、任せていいのだな?」


《ったりまえだ、誰に口聞いてやがる》


「しくじったら許さんからな、《灰鴉》」


することは決まった。あとは行動するのみ。行くぞ、というロコの声に合わせて、彼とイリアは廻廊へ、エレオスは天井高く掲げられた鉱石へ弾丸のように駆け出した。


二人に気がついた絡繰りが早速、円盤状の刃を高速回転させながら飛びかかってくる。一瞬、回避が遅れたイリアをロコはジズを担いだ方と反対の脇に抱えて跳躍、空中で身を捻って危なげなく着地し、再び地を蹴る。


二人を見失った絡繰りはそれ以上追いかけて来なかった。振り返らずともギシギシという音は聞こえるので、まだエレオスが電波を止めたわけではなさそうだ。恐らく、人間の見回りと同じで範囲が定められているのだろう。


が、間髪入れずに次の絡繰りがこちらに気がつく。今度は目とおぼしきところから一筋のレーザーのようなものを放ってきた。こちらの方が直線な分避けやすい。ロコは回り込むようにして難を逃れるが、どうやらこの絡繰りは見回り範囲が広いらしく再びレーザーを放ってくる。


「《アスピダ(盾)》」


間一髪、イリアの魔法がレーザーを阻む。その間にロコが距離を広げたため、次発はなかった。が、その代わり今度は目の前から三発目がとんでくる。どうやら射程に入ってしまったようだ。


「煩わしい、あのバカ烏はまだか?」


ロコは珍しく苛立ちをあらわにしながら舌打ちをした。



一方、エレオスは翼を畳んで風を切りながら天井の鉱石を目指していた。


否、実はあれは鉱石ではなく金属製の装置であった。動力源は地下水。水の力で歯車を動かして装置の中心にエネルギーを貯め、ご先祖サマ特性の電波針によって放たれた電波を絡繰りの電波針が受信して動く、そんな仕組みだ。


止める方法は三つある。水の流れを止めるか、歯車を止めるか、電波針を止めるか、だ。しかし、前者二つの実行はエレオス本体ならまだしも、烏の姿では到底阻めるものではない。


となれば残るは一つ、電波針を止める方法を使うしかない。幸い、エレオスの能力はこの方法はが一番好都合であり、また得意とするものでもあった。


《久々に力を振るえる……、はは、楽しくなってきやがった》


言うや否やバサリと開かれた彼の烏の翼は、黒い羽毛ではなく歯車や銅線などでキリキリと動く機械仕掛けの翼へと変わっていた。


《絡繰リノ翼》、エレオスの持つ能力の一つだ。翼には大量の武器が内蔵されており、戦場で展開すれば集団を一気に屈服させる強い攻撃性を有する。それだけではない、機械の翼を介してあらゆる機械装置などに意識を潜入させて、情報を書き換えるという特性も持ち合わせているのだ。


烏はその機械の上に留まると、翼でそれを抱き抱えるようにして目を閉じた。瞼の裏を目まぐるしく数式と暗号が流れていく。長く途方に暮れそうな数式の中のある一部分を刹那、エレオスは迷うことなく書き換えた。


すると――!


『情報を更新しました、再起動を試みます。所要時間3分、絡繰りを停止します』


墓碑の時と酷似した無機質な声が空間に響く。それと同時に廻廊を見回っていた全ての絡繰りが動作を停止する。機械の翼を得意気に広げたエレオスは、すぐさま廻廊の中盤ほどまで進んだ二人の方へ急降下した。


《3分もあれば十分すぎる。あと少しだ、気張れよ!》


「言われずとも!」


ロコは言いつつチラリとジズの様子を伺った。呼吸と喀血は少し落ち着いたものの、昏睡状態が継続している。ことの深刻さは何も変わってはいなかった。


「ねぇ、エレオスさん!ジズは、ジズは助かるよね!?」


イリアが努めて笑顔で問いかけるが、その言葉にエレオスは返事ができなかった。



第二廻廊を下って下っていくと、辺りは先程の第一廻廊同様に再び掘りっぱなしの隧道へと様相を変えていく。その終点では大きな扉が道を塞いでいた。エレオスは先程の房飾りを再びかざすと、あの無機質な声が、認証完了、と告げてくる。ギギギ、と音を立てながらゆっくりゆっくりと開いていくのを待ちきれないように、一行は扉の隙間から中へと滑り込んだ。




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