第4話:帰郷と邂逅


そこにはとても地下とは思えない光景が一面に広がっていた。街並みはすり鉢状で深く深く地の底へ沈むように続いており、中心には大きな蔓状の木がそびえている。あれがジズが以前話していた水を得る木 《ヴィーダ》だろう。それを中心に八方に伸びた道で区画された土地には、農作物を育てているとおぼしき畑や果樹園や棚田が整然と並んでいる。そしてその畑を管理しているとおぼしき水車小屋が見える範囲で五ヶ所あった。


《月慈の里》と酷似した街並みだが、決定的に違う点は一つ。前者が一階層のみの小さな里であったのに対し、ここは《ヴィーダ》の木近くにさらに下層へと降りる梯子が見えたのだ。それはこの階層の下に更なる階層があることを示している。


そういえばエレオスが言っていたではないか。第二廻廊を抜けたら第七階層だと。つまりここはまだ入口なのだ。




これが地下都市 《コバルティア》、か。


初めて訪れたイリアとロコはまずその空間の明るさに驚いた。太陽も月もないというのに、その空間はとりどりの色がハッキリと見えるぐらい明るかった。見れば燃え続ける明るい火を閉じ込めたカンテラが、あるものは天井から下がり、あるものは壁面に埋められ、あるものは足元に立っていた。その数はきっと百を超えるに違いない。


《ほら、呆けてんじゃねぇよ!薬草園は第三階層だ、早く来い》


エレオスが言ったその瞬間、一行のちょうど目の前の水車小屋の扉が開き、灰白色の髪を持つ女性が姿を現した。彼女は二人の姿を見てヒッ!と驚いたように声をあげると、突然髪をまとめていたかんざしを引き抜いてまるで小太刀を逆手に持つようにして構えた。


「地上の人間ね!一体 《コバルティア》に何しに来たの!?今更裏切り者の子孫たちを殺すつもり?」


明らかな敵意。無理もない、《コバルティア》は昔国を捨てて逃げ出した《臆病者》であり裏切り者。地上の人間がそれを制裁するための追っ手を放ち、根絶やしにしようとした過去もあったに違いない。だからこその、道を惑わす第一廻廊、無数の絡繰りが待ち受ける第二廻廊が存在しているのだろう。


常人と比べると少し血色は悪いが、茶色い髪は長らく地下に生きてきた民たちは見たことのないものだ。ロコが地上の人間であることは一目瞭然だし、地上の人間は追っ手と思い込んで殺気を放つのも当然である。


それを全身に受けたロコが、さてどうしたものか、と考える。するとそこですかさずイリアが動いた。


「僕は《月慈の民》のイリア。君たちの同胞であるジズに命を救ってもらったエルフです」


「え?ジズって……。まさか、地上に行ったあのジズのこと!?」


「……お前の言う《あのジズ》とは、こいつのことか?」


ジズの名前を出すと彼女は少し動揺した表情になる。そこで、ロコがイリアに続いて背に負っていたジズを指さすと、彼女は今度目が飛び出てしまうのではないかと思うぐらいに目を見開き、驚きのあまり絶句してその場にへたりこんでしまった。


「な、何があったの……?どうして、ジズ……」


まさか、死んで……っ!


言いつつ彼女は大粒の涙をこぼしながら口許を手で覆い隠した。そこでようやく黙って宙に留まっていた烏が彼女の肩へと降り立った。


《おい、カダベルの野郎は薬草園か?》


「……っ!その声はエレオス……、無事だったのね」


どうやら知り合いらしい。女性はそう言ってからうつ向くと、ジズは生きているの?と微かな声で聞いてくる。エレオスは静かに頷く。


《まだ死んじゃいねぇ。ただかなり危険だ、一刻も早く治療したい》


「……良かった、死んでないのね」


女性は安堵の息をついて涙を拭ってからエレオスの質問に答えた。


曰わく、エレオスの言うカダベルという人物は今の時間だと礼拝に行っているのではないかという話だ。彼女によると、ジズが地上に行ってからずっと薬草園に引きこもっていた彼は、最近になって突然礼拝に通いだし、一心不乱に何かを祈っているのだという。


「もうすぐ終わるはずだから、薬草園で待ってた方がすれ違いはないはずよ」


イリアが礼を述べると、エレオスは急ぐぞ、と言って次の階層に続くはしごへと向かって飛び立った。すぐにイリアとロコも続く。


はしごを降りていくと、どうやら第二廻廊の絡繰りが停止したことが伝わっていたらしく、大勢の民たちが彼らを待ち構えていた。無論敵意に満ちた表情で、だ。


《ちくしょう、めんどくせぇな!てめぇら!俺らのこと、忘れたとは言わさねぇぞ!》


「そ、その声はエレオスか!?」


「おい!そいつはジズじゃないのか!?生きてるのか?」


「なんてこった、地上から本当に帰ってきやがった」


彼らはロコの背負うジズを目にし、烏姿のエレオスを目にすると、口々に驚きの言葉をもらしつつも道を開けてくれた。地上の人間が《コバルティア》に足を踏み入れたことよりも、明らかに瀕死状態のジズを見て事態を把握したのだろう。


「絶対に助けてやってくれ」


「頼む、ジズは俺たちの《願い》なんだ」


そんな声を背に一行ははしごを降り続ける。


第六、第五、第四階層と、深く深く潜っていくうちに、街並みは少しずつ小さくなり、風景も田園から、舗装がなされた道と煉瓦の建物が建ち並ぶ町へと変化を遂げていく。


地上の町と遜色ない、むしろ技術的には《コバルティア》のそれの方がずっと高度なものばかりであった。壁や天井に備えられたカンテラもどんどん多くなっているものの、少しずつ辺りは薄暗く青白い光の満ちた幻想的な光景へと変わっていく。この明るさはイリアたちの住む《月慈の里》とよく似ていた。


《次が第三階層だ》


エレオスの声に二人は頷く。急いではしごを降り、もっと暗くなった空間へ身を投じる。そして、はしごを降りてすぐのところ……、そこに天井のカンテラと同種のカンテラを持った一人の青年が立っていた。


「待ってたよ。いらっしゃい、お二人さん。それから……」


おかえりなさい、ジズ、エレオス。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る