第15話:希望と死の狭間



《くだらねぇ感傷に浸ってんじゃねぇよ。てめぇは俺たちと違って《ナディ》の花を飲んでるらしいじゃねぇか。万が一があるか?》


「だから、医者はたらればで行動しないの」


それは幼い頃から言われていたし、言ってきたことだ。それにジズには自分の調子に少し違和感を感じていた。


短命の症状は《ナディ》によって止められたはず。だが、体がどうにもあの薬を欲する。そう、《ローゼラ》だ。鎮痛作用があるが、多用すると依存性の見受けられるあの麻薬。地上で生きる《コバルティアの民》が太陽の下で行動をするためには必要なもので、《ファテラピロン》よりも効力が強いもの。


《はぁ、まあいい。俺もそろそろ限界だ。万が一に備えて、大人しくギルドでお前の帰りを待ってるよ》


「うん、コルド様によろしく伝えておいて」


肩から飛び立つ烏を見上げてジズは優しく笑った。烏は黙ったままそれを見つめるともう一度、生きて帰れよ、と告げて空へと消えていった。ジズはふいにその場にしゃがみこむと、震える肩を抱いて大きく深呼吸をした。




翌晩からジズたちは再び行動を開始した。


エレオスが去った後、小屋に戻ってからのロコの追及は激しいものだったが、なんとかはぐらかして巡礼に最後まで同行することを約束させたのである。しかし、きっとロコはジズの身に何が起こっているのか理解しているだろう。それ故に、同行することで万が一の時にすぐに対応できるようにしてくれているのかもしれない。


あくまで、かもしれない、だが、ギルドに入った頃から彼に散々世話を焼いてきたロコのことだ、その推測は八割方確かなものであろう。


「地図によると、この辺りに一本目の《メルディ》があるはずだな」


月齢との関係性に気がつくのが遅かったため、《メルディ》を探すための月の位置はもうあてにならない。エレオスが示した地図上の印が今は頼りだ。


「うーん、あとは《リリーコール》の香りを辿ればいいけど、二人とも、香り感じる?」


イリアが困ったように辺りを見回す。


「感じないね。まあこの寒さだし、気候や陽の光の量、諸々の要因で花が開いてない可能性は考えられる」


「だが、《リリーコール》が目印にならなくとも、《メルディ》は枯木の姿だろう?探すのは容易だ」


「そうだね、あと七本だし、頑張ろうね二人とも!」


イリアは生き生きとした表情で口にした。先が見えたことが嬉しいのだろう。ようやくお役目を果たすことができるから。ジズはそんなイリアを見ながらそっと胸を押さえると、緩やかな動きでポーチに手を伸ばして煙管を取り出した。


「あと、七本も、だよ。キリルの言うことが正しいのなら、里から離れた《メルディ》は封印が緩んでるんだろ?力をものすごく持ってかれるに決まってるじゃないか」


「でも、僕、今とっても調子がいいんだ!里の《メルディ》がこの腕輪に力をくれてるおかげだね!」


「あまり無理は……」


「あっ!見て見てジズ!あれじゃない?」


何か言おうとするジズを遮ってイリアは目の前の枯木の方に走っていってしまった。ジズも追おうとするが、ふいに心臓が跳ねて足がもつれる。


倒れそうになったのを支えたのはロコだ。彼は何も言わずにこちらを見て、それから煙管に視線を落とした。


「ありがとう、ロコ」


「……先に行っている。さっさと来い」


返答も聞かずに行ってしまうその背中を見て、敵わないな、とジズは思う。


甘い香りのする《それ》に火をつける。煙を飲めば体はすぐに軽くなった。だが、《それ》を飲む頻度は確実に増えている。今日はこれで三度目だ。


ジズはポーチからさらに万年筆と帳面を取り出してページを開き、何事かを書き留めて息をついた。


「摂取量は守れている。あとは……っ、ゴホッ!」


まだ朽ちないと信じるだけだ。


口を腕で拭いながら、言い聞かせるようにジズは一人呟く。


「ジズー!次行くよ次!!」


「全くせっかちなんだから」


イリアの声が耳を打つ。今行くよ、と彼は返事をしてからしっかりと地を踏み締める。先ほどのようによろける素振りはない。しかし、彼の背後には死の足音が確実に迫っていた。


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