第8話:贖罪の二人


瞬間、心臓が再び跳ね上がった。


「ぐっ!!」


ガクリと膝をついたジズを少年はせせら笑った。


「はは、ざまあないねぇ。で?君はその《ナディ》をどうするつもり?」


瓶の中の《ナディ》はたったひとつしか咲いていなかった。それもポケットに入るぐらいの大きさの瓶なのだから苗木自体もさほど大きくない。それよりもさらに小さく、親指の爪ぐらいしかない透き通ったガラスのような花を、ジズは息を荒げながらじっと見つめた。《ナディ》の内部を見るため蜘蛛の刺青を光らせながら……。


「疑ってるようだから言っておくけど、それは本物だよ。でも、それをどうやって飲むのか、知ってるのかい?」


「なんだよ……、心配してくれてるのか?」


「そりゃそうさ。君が邪魔さえしなきゃ、俺は本気でお前を助ける気でいたからね」


少年の言葉にジズは目を見開いた。どうして、と驚きと困惑の入り交じった目で彼を見つめると、彼は自嘲気味に笑った。


「正直、《コバルティアの民》には同情してるんだよね。昔、仕えていた国が魔族の侵攻を受けた時、真っ先に逃げ出した《臆病者》として地下に閉じ込められるなんてさ……」


ジズはさらに目を見開いた。


そう、彼の言う通り、《コバルティア》の意味は《臆病者》。仕えていた国の窮地に王を守らず逃げ出した人間たちの集団を地下に閉じ込めた。それがジズたちのルーツ。贖罪に生きてきた一族のことを、地上に生きる者たちは存在すら忘れているというのに。


「どうしてそれを?」


「俺たちも同じだからさ。先祖が魔族の侵攻に加担したって疑われ、光の当たらない地の国に追放された。蓋を開けて脱走しないように見張りまでつけられてね。俺たちを疑った一族、そして見張りとなった連中こそ、忌ま忌ましい《月慈の民》だ。奴等にとっての巡礼とは、地下に息吹を取り戻すことが本懐ではない。魔族と、俺たち一族の封印をすること、それが真の目的。あのチビはそう言っていなかったか?」


そうだ、地の国の封印のためもあると、確かに言っていた。失敗続きでしばらく巡礼を成功させられてないことも。だが、そこに彼らの話はなかったはずだ。


「じゃあ、巡礼を邪魔してたのは……」


「そう、俺たちだよ。封印が弱まれば一族もまた地上に戻る《希望》が見えてくるしね。そう手引きをしてくれるって、あの方は言っていた」


「あの方……?」


そういえば、さっきも言っていた。それを問い質そうとした瞬間、再び心臓が跳ね上がった。


「あ……っ!!」


「残念だよ、《灰蜘蛛》。お前は俺を理解してくれると思ったのにな」


お互い、一族の《希望》を担った者として、さ。


苦しげに胸を押さえるジズに少年は心底残念そうに言った。


その時だった――。


「ジズ!!」


澄んだ声が耳を打った。瞬間、殺気立った少年が緩みかけていた《蜘蛛ノ糸》を振り払おうとしたところ――、


「はいはーい、大人しくしててねー」


入口から飛び込んできたヨイが少年を押し倒して動きを封じる。続いて駆け込んできたイリアはすかさずジズの元に駆け寄ると、彼の持っていた《ナディ》の小瓶を取り上げながら言った。


「ロコ!」


その声を受けて入口から琥珀色の液体が入った小瓶が飛来する。イリアはそれを受け取ると、手早く《ナディ》の花粉とその液体ともう一つ、澄んだ水を手早く混ぜ合わせた。


漂う甘い香りには覚えがあった。


「さあ、飲んで!」


混ぜ合わせた液体の入った瓶をジズに手渡す。彼は迷わずそれを飲み下し、胸の奥でザワザワと暴れまわる何かの感触を覚えながら瞼を下ろした。

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