第7話:抗戦


言うや否や少年はポツポツと詠唱を始めた。強くなる《陰》の気配にジズは少しだけ苦しそうな表情を作る。少年はそれを嘲笑しながら、次の瞬間に生み出された土の手をけしかけた。


こんなもの、とジズは下からせり上がってくる手を踏みつけながら跳躍、手同士をぶつけて自滅させた。次々と現れる手を避けながら《蜘蛛ノ糸》を絡ませたメスを少年に投げつける。が、単発のため、いとも簡単に弾かれて全く関係のない壁に突き刺さる。


「苦しそうだね。でも大丈夫、すぐに楽にしてあげる!」


「それは御免だね」


またもメスを投げつける。


「こんな直線的な攻撃が当たると思ってるの?」


余裕の動きで弾く少年。悔しそうなジズに彼は不敵に笑って見せる。


「知っているよ、君の魔力の糸の存在。それで俺の動きを止めるつもりなんでしょ?でも残念、俺の目は魔力の流れが見える、つまり、糸の存在はバレバレなんだよ?」


「ぺらぺらとうるさいな」


「あはは、そうやって怒るってことは図星なんだね!息も上がってるし、みっともないね!」


少年は笑いながら次々と土の手を呼び出してくる。ジズはそれをかわしながら、この状況を逆転させる術を必死に考える。医者である彼は魔導師ギルドに所属はしていても戦闘員として腕をふるうことはほとんどない。足止めぐらいはできるが、相手を屈服させるまでの力はない。


頼みの綱であるロコは恐らく外で交戦中。分が悪い、と相手は言ったが、それはこちらも同じことだ。


「それにしても、お前は馬鹿だよね。こっちは《ナディ》を苗木ごとあげるって言ってるんだよ?喉から手が出るぐらいほしいだろうに、あんなチビのお供を選ぶなんてさ」


御覧よ、と少年は服のポケットから取り出した小さな瓶に入った可憐な花を見せびらかす。


「これさえあればお前の故郷の人間をどれ程救えると思ってるの?ねぇ、今からでも遅くない。巡礼は諦めて俺たちの手をとれよ」


「断る」


「ふふ、強がってられるのも今のうちだよ!」


少年は突然長杖でトンと地面を突いた。瞬間、ジズの鼓動が跳ね上がり、同時に心臓を握り潰されるような痛みが襲いかかってくる。


「《種》とか言うんだっけ?お前たちの体内に根づいた《陰》の気は。お前たちには毒だろうが、俺たちはこれが力の源だからね。ほら、こうして……」


「うっ!!」


さらに強く襲いかかる痛みにジズが膝をついた。体内に根づいた《種》が暴れている。ジズは肩で息をしながらもすぐに立ち上がり、地を蹴って土の手の強襲をかわした。そして、力の入らない手で再びメスを少年に投げつける。


もう動けないと思って油断していた少年の頬をメスが浅く切り裂いた。少年は余裕の笑みを消すと、驚いたように頬の傷に手をやった。


「あれ?《種》を成長させてあげたんだけど、まだ動けるんだ。なかなかしぶといね、面白い」


でも、もうおしまいにしよう。じゃあね、《灰蜘蛛》。


少年が魔力を杖に込めようとした、その時だ。


突然、彼の目が見開かれ全身がガクガクと震え始めた。ガランとやけに大きな音を立てて杖が取り落とされると同時に、今度は彼がガクリと膝をつく。


「詰めが甘いね……。死ぬ覚悟ぐらい決めてる俺が、痛みに屈するわけないだろ……」


ゼエゼエと息を荒くしながらもニヤリと笑うジズ。


ずっとこの好機を待っていた。そう、先ほどから投げていたメスは《蜘蛛ノ糸》を張り巡らせて少年の動きを封じるのが本来ではなかった。むしろ、メスで彼の身を傷つけ絡ませた《蜘蛛ノ糸》を体内に侵入させることが狙いだったのである。


《注射》の応用だ。《陰》の気が力の源であるならば、その対となる《陽》の気を注ぎ込み、体内の力の流れを乱すことができるのではないか、とジズは考えついたのだった。そして、それは先ほどの少年の発言からも立証できた。万が一、《陽》の気に対する耐性を持っていたとしても、体内の力を乱すことで一瞬でも彼が動きを止めれば、《蜘蛛ノ糸》ですぐに拘束することができる。そこまで考えた上での行動だった。


結論、予想以上に効果があった。彼の動きを封じたジズはすぐさま《蜘蛛ノ糸》でその身を自由をさらに奪い、彼のポケットから例の小瓶を掠め取った。




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