第5話:慟哭



「おい!ポンコツ人形!どういうことだ、状況を説明しろ!」


「お、落ち着いてください!エレオスさま!!」


「落ち着いていられるか!!てめえらがついといきながら、なんでジズの身に異常が起きてるんだ馬鹿野郎が!!」


ギルドの集落に存在する喫茶店ノクスの三階には小さな診療所がある。任務について集落を出ていないとき、ジズが主に滞在している場所だ。その一室で療養着を纏った男が、悔しげに顔を歪めて怒号をあげていた。その矛先は先程ギルドに到着したばかりのアゲハであった。


「これこれ、今意識が回復したばかりなのだからあまり暴れるな」


落ち着いた口調でそう宥めるのはギルド評議員の一人でイリアの友人のコルドである。医者のジズがいない今、診療所の病人たちを診ているのが彼だ。先程、たまたま意識を取り戻したエレオスの看病をしているところにアゲハがやって来てジズの事情を話したところ、今に至る、というわけだ。


エレオスは肩で息をしながら恨めしそうにアゲハを睨む。人形とはいえ対で作られたタテハが砕けた時の感情を知っている彼は、申し訳なさそうにしながらも彼の視線を真っ向から受け止めた。


しかし、彼はそれ以上何も言うことなく、視線をアゲハから目の前のハイエルフに向けた。


「おい、コルド。俺のことはいいから、早く魔法具手配しろ……。てめえの手にあいつの命がかかってるんだ」


「やむを得まい。アゲハ、しばし待てるか?」


「仰せのままに」


コルドは心配そうにエレオスを見たが、彼の鋭い眼光を受け唇を噛み締めた。


――おことの命とて危ういというのに。


その言葉を飲み込んでコルドは部屋を出ていく。瞬間、エレオスは深く息を吐いてから力なくベッドに横たわった。


「エレオスさま!?」


「んだよ、いちいちうっせぇな。こっちは怒鳴って疲れたんだよ」


ごろりと寝返りをうってアゲハに背を向けるエレオス。まるでこちらを拒むような振る舞いだ。アゲハはたまらず頭を下げた。


「すみません……」


「謝るんじゃねぇよ」


「でも」


「うるせぇって言ってるだろっ!あんまり言われると、こっちが惨めになってくるんだよ!」


くそ!俺が、俺がこんな体になってなきゃ……っ!


この時のエレオスを支配していたのはこの上ない程に膨れ上がった悔しさだった。


本当は自分が、いや自分たちがジズと共に《ナディ》を探すはずだったのに。一番繊細で儚いあの末っ子分を兄貴分である自分とヴェーチェルが守るはずだったのに、と。


「こんなんじゃあいつの重荷にしかならねぇじゃねぇか!……畜生!動きやがれ!あいつの力になるんだろうが!!」


鋭い目を滴で溺れさせ、震える手で思うように動かない自身の体を何度も殴りつける。何度も何度も……。


「この……っ!」


「もうおやめください、エレオスさま!!」


「うるせぇ!同情なんていらねぇんだよ!お前に何がわかる!俺の、何が……っ」


ゴホッ、と突然咳き込むエレオス。その療養着にはおびただしい量の鮮血が散っていた。アゲハは目を見開くと、朦朧とした目をするエレオスの名を繰り返し呼ぶ。そんなアゲハの手をガシッとつかんだエレオスは、息も絶え絶えになりながらも懸命に口を動かした。


「気に、入らねぇが……っ、お前らしか、頼れねぇんだ」


ジズを、頼む…ぞ…。


エレオスの手が力なくベッドに落ちた。胸もとは微かに上下動を繰り返している。どうやら再び昏睡状態に入ったようだ。しかし、先程のある種の遺言じみたあの言葉に胸騒ぎを感じたアゲハは、慌てて立ち上がる。


すると、折しもコルドが小さな箱を手に部屋へと戻ってきた。彼は昏睡状態のエレオスを見て息を飲んだが、取り乱すことはなくアゲハにその箱を手渡した。


「《陰》の干渉を軽減する指輪だ。三つある。さあ、それをもって早く!」


「は、はい。ありがとうございました」


アゲハはすぐにエレオスに駆け寄るコルドに頭を下げると、一瞬だけベッドの方向を心配そうに振り向いてから駆け出したのだった。

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