第6話:敵の取引



森は広く深い。また、天気も変わりやすい。あんなに降っていた雨は宵の入りにはあがり、シトシトと落ちる雫の音が洞窟の中に響いていた。


泥状の粘土を接着剤がわりにしてタテハの破片を組み立てるロコ。その背中に寄りかかったジズは今後の行程について計画を練っていた。


「《リリーコール》の花の近くに《メルディ》があるなら、少なくとも十本以上はあるはずで、一本への《祈り》に二日かけることを考えると……、うーん……」


「二日で済めばいいが、物によってはそれ以上かかることも見越しておけ」


「じゃあ多めに見積もって四日として……」


ひぃふぅ、と数えていると、深いため息が背後から聞こえてきた。


「大体、何本あるんだ。聞いていないのか」


「一ヶ月かけて回る、としか聞いてない。ひょっとしたら、一族の人も詳しい本数わかってないのかも」


膝で眠るイリアを撫でながらそっと言う。まったく、と呆れたような声が降ってきたので、まったくだよね、と返事をする。


「言葉遊びをしている暇はない。今、先日の枯木と同質のものをヨイとアケに探させている。すでに十三本はあるそうだ。」


「えぇ、じゃあ二日で回らないと一ヶ月じゃむりだよね?過ぎたらどうなるんだろ?」


「知らん、そいつに聞け」


ごもっとも、と呟きながら、ジズはイリアを膝から下ろして立ち上がった。どこへ、と後ろから問いが投げかけられるので、そこまでさ、と手をひらりと振った。彼が動けるのは夜だけ、今のうちに薬草を取りに行こうと考えたのだ。


外に出た瞬間、冷え切った風が頬を打った。季節はもう凍月、これからどんどん寒くなるだろう。ジズは襟を高くしてから草を踏み分けて歩き出した。夜目のきく彼は木々の間から降り注ぐ僅かな月や星の明かりを頼りに進む。湿った落ち葉がクシャリと音を立てて彼の後に続いていた。


ふと、ジズが歩みを止める。しかし、落ち葉の音は止まらない。胸騒ぎがした彼はベルトに仕込んでいたメスに手をかけて目の前の暗闇を睨み付けた。


「そんなに警戒しないでくださいよ」


突然ジズの背後から声がした。驚いたのも束の間、ジズはすぐに身を捻って背後の影にメスを振り上げる。しかし、キィン、と甲高い音と同時にそれは阻まれる。すぐさま大きく後退して間合いをとるが、今度は突然ボコボコと音を立てて隆起し始めた土の手が襲いかかってきた。ジズはその攻撃を素早い身のこなしでかわすと、そのまま近くの岩を蹴って一気に影との間合いをつめた。


影の頸動脈近くにメスを突きつけるジズ。その眉間には影の持っている長杖の石突が据えられている。動けば互いの急所が貫かれる。


「随分なご挨拶じゃないか」


「……あんた、誰だい?」


影から感じる気配は常人のものではない。長杖を持つ手もやたらと骨ばっており、石突に使われている鉱石は禍禍しく輝いている。こんな奴、まず味方にはいない。ならば、敵の可能性が高い、慎重に見抜かねば。


「俺はただの使いっ走りだよ。月慈の連中の忌々しい巡礼を阻むための駒さ」


「そう。それなら……」


「おっと、待ちな。今日はあんたと取引をするために来たんだ」



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