第5話:希望を支えるものたち2
ところ変わり《ラデル》の町の関所に一人の人物が訪れる。
「あの……本当に行くのですか?護衛もつけずに」
差し出された通行書の名前とその横に書かれた爵位を見て関所の役人たちはおずおずと訊ねた。
つい一月前、関所を通ったまま戻らない奴隷と主の二人組がいるので、限界体制を敷いた途端、これだ。しかも爵位があるということは相手は貴族、護衛もなく武器もないという。この先の森は魔獣もいる。死にに行くようなものだ。
「何度も言いました。わちきに護衛は不用、黙って通しておくんなし」
「いやでも……ネーベル伯に何かありましたら」
「くどいです。退きなさい」
対するその貴族の青年は頑な態度で引かない。その強硬な姿勢に役人は少しだけ怯む。
「じゃあなんです?ここで誓約書でも書いて御覧に入れましょうか?『わちきに何かあっても何も咎めない』と」
役人が何かを言う前に、彼は肩から斜めにかけた鞄から万年筆と紙を取り出す。紙面に筆先を踊らせて、あっという間に誓約文とサインまでしたためたものをズイッと役人に突きつける。
「こ、困ります!こんなもの」
「紙面をよくよくお読みなさいませ。あんた様らに迷惑はかけませぬ」
「だから……っ!!」
さらに文句を言おうとした役人の声は、突然聞こえてきた無数の獣の唸り声にかき消された。何事かと役人たちが茂みを振り返ると、点々と赤い光がちらついているのがわかる。あれはなんだ、……目?
「あぁ、一足遅かったようだ」
眼帯に隠された左目を押さえながら息をついた青年は手にしていた細長い布を剥ぎ取る。その下から現れた大きなガラスペン状のロッド、それを自然体に構え役人の前に立つ。
「早くこの町の傭兵ギルドに連絡しては?あれなるを退治するために……」
肩越しに振り返り、忠告したのを最後に青年は勝手に関所から外へ飛び出した。もはや役人も静止はしなかった。それどころか、ひっ!と息をのんですかさず町の中へと走っていく始末。
「全く、あいつらがモタモタしていやがるから初動が遅れました。面倒ですね……」
青年は周りをすっかり取り囲んだ赤い光に視線をやりながらため息をつく。全く意気地無しなのだから、大人しく通せばよいものを……。
「さて、まずは依頼された通り、《ラデル》周辺の奴等を蹴散らしますか」
報酬はジズさんからたんまりと、いただくこととしましょう。
カチリとロッドのボタンを押しながら、彼はそれを大きく振りかぶる。瞬間、ロッドの先端から真っ黒なインク状の何かが空間を切り裂き、無数のコウモリを生み出して赤い光に襲いかかる。断末魔のような雄叫びがとどろく中、青年は茂みに飛びこみ、そこにいた獣たちをロッドで乱暴に殴りつけた。
「邪魔、でございますよ。さっさと親玉を出しなさい」
吹き飛ばされた獸たちは既に絶命していた。その背には大量発生していたと報告があった《吸血虫》の姿。
敵の姿はその他には見えない。
「意気地のない……。まあいいでしょう、こうして蹴散らしていれば、見つかるでしょう」
退屈はしなさそうです。
青年―チェフィーロはそう言って森へと足を進めたのだった。
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