第七章:希望を求めて

第1話:夜明けの雨


夜が明ける。一行は日が昇る前に途中で見つけた大樹のうろに入って野営の支度を始めた。


「お前は少し寝ていろ」


ジズにそう言い放ち、ロコはヨイを置いて森へと消えていく。薪や水をとりに行ったようだ。


「あーあ、これじゃしばらく動けませんねぇ、ジズさま」


退屈そうにヨイが言う。悪いね、とジズが詫びると、彼はますます退屈そうに欠伸しながら、別にいいですけどー、とぼやいた。


長らく生死の境をさ迷っていたと思っていたが、振り返ればたった一晩の出来事である。イリアはまだ目覚めないが、容態は安定しているので、じきに目を覚ますだろう。


とはいえ油断はできない。幸い今回は難を逃れたが、次の祈りでもイリアが同じ目に合わないとは限らない。そしてジズがまた魔法で治療をすれば、今度こそ命はあるまい。


「このあと、どうやって乗り切るつもりなんですか?」


「そうだねぇ、どうしたもんかね」


「策なく動いて毎回タテハをあんな風にしたら、僕も主殿もさすがに怒りますからね?」


ヨイが視線を向けた空間の片隅には、ロコの着ていた羽織に包まれたタテハの残骸が置かれている。ジズは痛々しそうな表情をして頷いた。


「直るの?」


「直りますけど、一日じゃ無理ですよー?なんせ、あんなバラバラになったんですから」


「それは……」


「悪いと思ってるなら二度と正気を失わないでくださいねー」


冷たく突き放すように言うので、ジズは神妙な表情で頷いた。それから自分の膝を枕にして眠るイリアを見下ろして、ほぅ、と息をつく。


――ともあれ、俺もイリアも生きていて良かった。


どちらかが力尽きたら終わりの旅だ。ロコとタテハには感謝せねばなるまい。自分を削って助けてもらった命、無駄にはしない。


ふと湿った空気の香りがした。じきにサアァと細かい粒の雨が降りだす。凍月の雨は冷たく凍りつきそうな寒さを連れてくる。分厚い雲が太陽を遮るため、ジズにとっては晴れの日より幾分かは過ごしやすかった。


その雨の中、びしょ濡れになりながらロコが帰ってきた。持っていた薪もすっかり濡れてしまっており、すぐに火をつけることは難しそうだ。


「薪は使い物にならないな。冷えるが我慢しろ」


「仕方ないよ。こんな雨の中ありがとう」


濡れて額に貼りついた髪を鬱陶しそうにかきあげるロコに礼を言うと、彼は気にするな、と言いながらジズの横を抜ける。膝をついて覗いた視線の先にあるのは着物にくるまれたタテハの身体だ。バラバラになってしまったそれを手足、胴体、首から上、と分類し、足りないパーツがないか確かめながら別の布に丁寧に包んでいく。


カチャカチャリと鳴る粘土の軽い音を聞く度に膨らむ罪悪感に、ジズはキリリと唇を噛み締めた。


「……イリアは?」


静かに訊ねてくる。ジズは膝で眠るイリアを見て心配そうに目を細めた。


「まだ起きないね。呼吸は安定してるから、そろそろ起きると思うんだけど」


「ではそいつが起きる前に一つ、お前に言っておくことがある」


「なんだい?」


ジズが顔をあげると、ロコもジズを振り返る。その目は相変わらず色の変化もなく静かなもの。さざ波すら立たないそれを直視できず、ジズはすぐに目をそらしてしまった。


「正直に言え。お前の身体は、持つか?」


「……」


「成功の見込みのない仕事を続けるほど、私はお人好しではないからな」


どうなんだ?と続けてくるのに対し、ジズはすぐに返答できなかった。


「わかりきった問いかけをするんですね」


突然口をはさんできたヨイは欠伸しながら続けた。


「だって、ジズさまは命をかけてるんでしょう?それは愚問ですって」


ね?たとえ僕らが何言ったってやるんでしょう?


ジズはその問いにもすぐには応えなかった。


しばし、沈黙が流れる。ジズはその間何度も口を開きかけては閉じるを繰り返し、握った拳を震わせていた。その様子を見てもロコはひたすら黙っている。


恐らく、彼は全てわかっている。ジズが自身のことについて明言できないのも、ヨイの言葉を否定できないのも……全て。


目尻から滴が溢れ出した。悔しさ、情けなさ、弱さが嗚咽となってこぼれ出す。パタリと落ちた滴がイリアの頬を濡らして地へ落ちていく。


「……ジズ?」


呼ぶ声にハッとする。見開かれた黄の双眸を翠のそれがまっすぐ見上げていた。

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