第2話:巡礼支度
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暮秋の風冷ややかに、凍てついた空気を孕んで訪れる。凍月の訪れを揺れる草木によって示されるその日、巡礼は始まる。
凍月の朔の日から次の朔の日までに導きに従って地上を巡れ。枯木に特別な≪儀式≫と≪祈り≫を施して目覚めを促し、新芽の≪植樹≫を行え。芽吹きのとき、月の護りはより堅固なものとなろう。
≪月慈の民 口承より≫
里の中央にそびえる≪メルディ≫、その麓にたくさんの≪月慈の民≫が集まっていく。一族の神事のため、立ち入りは許されなかったジズたちはあてがわれた部屋にとどまって身支度を整えていた。
この神事は巡礼道中の安全と巡礼の成功を祈願するもの。これが終わればイリアは一月続く巡礼に出発するのだ。当然、同行するジズたちもそれについて里を出ることになる。
「結局、イリアから巡礼へ感じる恐怖の正体は聞けなかったな」
自分に価値がないと思い、死んでしまいたいとも思っていたであろう彼。ところが、ジズが倒れて以来、毎日月光浴に行って身に≪光の息吹≫を積極的にとりこんでいた。。
――ようやく、巡礼へ行く覚悟ができた。
何があったかわからないが、イリアはジズが目を覚ましたあの日に、強い眼差しと口調をもってそう言っていた。でも、その手が少しだけ震えていたのをジズは見たのである。
これを見てジズは決心した。
「外で発作が出ないといいなぁ。怖がってたし」
『馬鹿野郎!お前の心配すべきは自身の命だろうがっ!!』
怒号。ジズは思わず肩にいた真っ黒なカラスをはたき落とした。
「耳許でうるさーい」
『はっ!!ぶっ倒れたお前を心配してんだぞ?なんだそのあっさりした返事は!!』
「過保護が過ぎるんだよ、レオ」
『過保護でなくても血を吐いたって聞きゃ誰だって心配すんだろが!!』
ぎゃんぎゃんとわめき散らすのは人語を操るカラス。ジズはその不可思議な現象に驚くことなく呆れ口調で返答していた。
『おい!てめ≪人形師≫!いるんだろ!?次にジズを危険なめにあわせたらマジでぶっ殺す!!』
ジズの態度が変わらないからか、カラスの怒りの矛先はロコの方に向けられる。しかし、ロコは余裕の笑みを浮かべてカラスを見下ろす。
「ほう?誰が誰を殺るって?面白い、殺ってみろ」
『上等だ!』
「もうやめなよ、鬱陶しいなぁ」
ジズはため息をつきながら頭を抱えた。
そもそもこのカラスが何者なのか、という話だが。もちろん普通のカラスではなく、魔法で作り出されている存在なのだ。使役しているのはジズの幼馴染で兄貴分のレオことエレオスという名の魔導師である。
「言葉は違えど、お二人ともジズさんを心配しているかと…」
タテハがそう言うとアゲハもコクコクと頷く。わかってるよ、とジズは続ける。
「とにかく、俺はイリアと行くからね」
『自分の命と巡礼のどっちが大切なんだよ…』
唸るような声でエレオスの操るカラスが言う。ジズは、さぁ、と言いながら首を傾げた。
『ふざけてんじゃねぇ!俺は本気で聞いてんだぞ!!』
カラスは再び怒号をあげる。すると、突然ジズの呆れ混じりの表情に真剣さがにじみ出した。
「見つけたんだよ、≪ナディ≫の手がかりを」
『……あ?』
「だからこそ、行くんだ。この命をかけてでも」
やっと巡ってきたチャンスなのだ。恐らく逃せば二度とは巡ってこないだろう。確証を得たわけではない。むしろ、確証を得るために命をかける覚悟を決めたのだ。
カラスはその決意を理解してかしばらく口を開かなかった。
「止めないでよ、レオ。俺は――」
『…止めねぇよ。お前がそれでいいなら』
それは先ほどの調子とはうって変わり、冷静な響きを持っていた。ジズは安心したように笑う。
「ありがとう。話せて良かったよ」
『馬鹿言うな。……死ぬんじゃねぇぞ、ジズ』
「それは…、できない約束だね」
『約束とかいう口先だけの言葉はいらねぇ、行動で示せ』
「そうだねぇ…。まあ、精々くたばらないように善処はするさ」
『はっ!!相変わらず口だけは達者だな』
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