第3話:覚悟
カラスはその言葉を最後にその形を失い、空間に溶けて消えた。もう話すことはないらしい。ジズはやれやれ、と息をついたところで太股に護身用のナイフがおさめられたベルトをとめる。
持ってきた荷物に非常食になりそうなパンや干した果実を加えて準備は完了。あとはイリアを待つのみだ。
「遺言は?」
「勝手に殺すなよ。生きて帰るに決まってるだろ」
「冗談だ。――だが、結局先日の襲撃の原因もわかっていないのだろう?」
ロコはキセルをふかしながら言う。ジズはあー、と天井をふり仰ぎ困った表情をした。
そう、ジズが魔法を使い、生死の境を彷徨う原因となった≪スカル・ナイト≫の出現。発生の原因も、あの黒い影の正体もわかってはいまい。
「また、襲撃があるかもねぇ」
「そのわりには悠長だな」
「あはは…、だってついてきてくれるんでしょ?」
言いつつジズもキセルを取り出して煎った葉をつめる。火をつけて立ち上る煙が二つ、混ざり合い甘く香しくゆらゆらりと部屋に立ち込めた。
ロコは煙を吹くとキセルをクルリと回して灰を落とした。澄んだ青い双眸は窓の外に向けられて何も語らない。ジズはキセルをくわえ煙をのみながらロコの隣に立った。
窓の外には≪メルディ≫の大樹がそびえたち、心なしか発光しているように見えた。恐らく気のせいではないだろう。今あの木の下ではちょうど神事が行われているはずだから。
「……≪ローゼラ≫」
煙のにおいから気がついたのだろう。ロコがジズをにらみつける。対するジズはそれに不敵な笑みを返す。
「今のまずしていつのむのさ?」
痛覚などを完全に麻痺させる劇薬≪ローゼラ≫。その煙を飲めば飲むほどに体への負担は重くなり、最期は狂うほどの激痛を抑えるために≪ローゼラ≫しか口にできなくなるという。
この麻薬にもなる葉をジズがのむときは≪死≫への不安や様々な感情を抱いているときだ。
「……命をかけるのだな」
「もちろんだ」
「ならば、私はお前が本懐を遂げる姿を見届けるとしよう」
「見届けるだけかよ。露払いくらいしとくれ」
思わず苦笑すると、甘えるな、と言われる。ジズは、そうだね、とますます困り顔でキセルの灰を落とした。
「≪ナディ≫を見つけるが早いか、はたまた俺の命が尽きるが早いか……。こりゃ、戯曲にしたら面白い芝居になりそうだ」
「芝居ではないだろう」
「冗談さ。――でも、≪ナディ≫を手に入れたらやりたいことがあるんだ。絶対に成し遂げて後に継承するんだ。そのために、手記ぐらいは残しとこうかね」
そう言うニッと笑うジズの笑顔はどことなく固かった。≪やりたいこと≫、それをロコが知るのはもう少し後の話。
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