第3話:不穏


ジズは考えを読まれぬように自然な笑顔を見せた。


「うん、これだけあれば≪ファテラピロン≫の調合ができる。ありがとう、助かるよイリア」


十分とは言えないが、少なくとも一ヶ月分は調合できる。イリアの発作になら対応できるはずだ。自身は…≪ローゼラ≫を使えばいい。その覚悟だ。背に腹は変えられない、≪ナディ≫が見つかるまで持てばいい命だ、惜しくはない。


「それはどんな薬?」


「うん、これは――」


そう、ジズが言いかけた瞬間、


「た、大変だ!!誰か来てくれ」


切羽詰まった叫び声が聞こえてくる。ジズは反射的にそちらを振り向いて息を飲んだ。血のような赤い液体を流した小柄なエルフを抱えた大柄なエルフが里の正面からこちらに血相を変え、叫びながら走ってくるのだ。これはただ事ではない。


「どうした!」


里の入口で門番をしていたエルフが訊ねると、大柄なエルフは捲し立てるように言った。


「月光浴の霊場に≪スカル・ナイト≫が出た!!応援を頼む!」


「霊場に≪スカル・ナイト≫って…っ!結界や浄化の術はどうした!」


「それが破られたらしい!俺はテソロを…っ」


エルフ二人がこちらを振り返る。そしてジズとその後ろにいるイリアを見つけると、あ、と声をあげた。


「イリア!ちょうどいい、そこの医者も手を貸してくれ!」


「待って、一体どういう状況なのさ」


魔物が現れたのはわかった。だが、切羽詰まっていることは表情などから見てとれるが、具体的な状況は何一つわからないのだ。


そう言ってもエルフは態度を変えることなく終始あわてたような様子で矢継早に言う。


「行きがけに話す!とにかく来てくれないか」


「わかった」


今聞くのは無理そうだ、とすぐに判断したジズがエルフのあとに続こうとした時だ。ジズの服の裾が彼を引き留めるようにグイッと引かれたのは。


「イリア?」


「行かないで!行きたくない!」


珍しく強い口調での拒絶だった。ジズは少し驚きつつ振り向くと、イリアの目に圧倒的な怖れの色を見た。


――なんだ、何をこんなに……。


向こうからは、早く、と急かす声がする。が、構わずジズはイリアの方を向き直り、どうした、と優しく問いかけた。


「やだよ、行きたくない…、行っちゃダメだよジズ」


「何を言って…」


「何してるんだ、早く来てくれ!女子供が何人か怪我している。テソロだって、怪我したんだ。今シーギが一人で相手してる。 このままでは霊場が…っ」


エルフの怒号が飛ぶ。イリアはテソロの名を聞いてますます目を見開く。その目はどこか遠くを見ているようで、体は小刻みに震え出す。


――駄目だ、パニック症状…っ。


「すまないけど先に行ってくれ、今この状態で行くのは無理だ」


「駄目だ、テソロが怪我している以上、霊場の浄化はイリアしかできない!」


貴族の血を引くイリアしか、と、エルフが言う。ジズは二人を交互に見て唇を強く噛んだ。


――仕方ない……。


「……わかった、少し待ってくれ」


ジズはそう言うと手に青白い光を生み出し、その手でイリアの額にそっと触れた。ゆっくりと目を閉じる。意識を額に触れた指先から発せられる光に集中させ、ゆるゆると深層へと潜る。


すると、しばらく震えていたイリアが、あっ、と声をあげた。目の焦点が戻る、震えがおさまる、パニック症状が影を潜めていく。


エルフもそしてイリア自身も何が起こったのか理解できなかった。ただ一人ジズはゆっくりと目を開いて、もう大丈夫、と確信を持った声で言った。


「今、何を…」


「それより、急ぐんだろ?早く行くよ」


不審そうな目を向けてくるエルフにジズはそう言って促す。これはあまり使いたくない上に、見られたくもないものだから。


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