第五章:暮秋

第1話:≪希望≫の重圧



季節は巡る。何百年経っても何千年経っても。変わらずに…。


地下に住まう者たちは凍月の訪れを地下植物の開花で知る。地上の雪から逃げるように咲く花に色はなく、壁面はこの季節にだけ土色から真っ白に変わるのだ。


花が咲けば作物も採れる、薬も作れる、食糧も確保できる。まさに恵みである。地下の住民はこの恵みを得て、脈々と生き続けていた。


しかし、百年に一度は必ず壁面の植物が枯れ果てる不作期がやってくる。これは地上の≪メルディ≫が地下にもたらす水の供給が滞ることと、植物自身の寿命が関わっていた。資源の限られた地下は悠長に構えてはいられない。この日のために大切に育てた苗を壁面に植えて、何とか次の凍月に花を咲かせるため、少ない水をやりくりするのだ。そして、また恵みを得るために育てる、この伝統を≪月慈の民≫はずっと続けてきたのだと言う。


そして、この百年に一度の不作期に行われるのが地上の≪メルディ≫の巡礼だ。≪メルディ≫に祈りを捧げて成長させる神事。成功すれば、地下への水の流れが安定し、地下植物が成長することであの真っ白な壁面を取り戻すことができるのだ。


ただ、この巡礼は地上を巡るもの。夜以外は外に出ない≪月慈の民≫にとって陽光は体にあらゆる疾患をもたらす害でしかなかった。そのためか、長く続く伝統の中で、最後まで巡礼を続けられた者はいないとまで言われていた。


そのためなのか、≪月慈の民≫はその数を減らし続けている。故に今年こそは成功させなくてはならない。さもなくば、今よりももっと水も植物も枯渇してしまい、民の命にも関わる。


その重圧がイリアの小さな肩に重くのし掛かっている。彼は彼の望まぬ形で、民の≪希望≫となってしまったのだった。

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