第10話:死にたがり
イリアを部屋に連れて行ったジズは彼を優しくベットに横たえた。ロコは上でテソロの相手をしているのだろう、降りてくる気配はない。その代わり、タテハは無言でジズについており、横になったイリアに毛布をかけていた。
「ごめんなさい…。あんなところ見せて」
「あんなところ?」
「兄さんとの言い争い」
部屋に入っての第一声がこれなので、ジズは苦笑する。イリアの謝罪の言葉は息するように自然と吐き出されるものなのだろう。
「ああ、あれ。いいじゃないか、たまにはああいう本音やりとりも必要さ。俺はそう思うけどね」
自分も故郷では兄貴分や師匠とよくああいったやりとりをしていた。自分の経験上、この時のお互いの主張はけして間違っていない。間違っていないから、譲れないものがあるからこそ言い合いになる。譲れないものとは、自分の信念であり、護りたいものである。
大体年下の自分が折れるのだが、悔しくてしばらく口をきかなくなることもざらだった。でも、落ち着いて考えれば、そのうち自分の腑に落ちて納得できる。そうして他者の考えを吸収し、多様な見方を養う。社会性を育む第一歩だ。
「僕は思わない」
「おや?どうして?」
純粋に疑問に思って聞き返す。イリアは毛布を握り締めながら深刻そうに語り始める。
「僕は兄さんのこと嫌いじゃないのに、兄さんがたまにうっとうしくなる時があるんだ。そうするといつもああやって当たってしまう。でも、謝る機会もわからなくて、いつもそのままだ」
「それっていけないこと?」
むしろ健全では、と思ったが、イリアの答えはもうなんとなくわかっていたので飲み込んでおく。
「いけないことでしょ。僕は兄さん好きなのに、これじゃまるで嫌っているみたいだ」
案の定だった。ジズは苦笑しつつ腰のポーチをゴソゴソと探りながら、そんなことないと思うけどな、と呟いた。瞬間、イリアは少し拗ねたような口調になってプイッと視線をあらぬ方に向けた。
「それは、お医者様が強い心を持ってるからそう思えるだけだよ!」
「あーらら、随分とご機嫌斜めだね」
こりゃしばらく構わない方がいいかも、とジズは念のためとして、ポーチから出そうとしていた検査セットをしまい直す。
さてどうしたものか、とベットの傍らに椅子を持ってきて座りながら考えていると、イリアは消え入りそうな声で言った。
「…お医者様は今は地上に住んでるんでしょ。太陽の光だってなんとかなっちゃうし、なんでもできる強い人なんでしょ。でも、僕は… 何にもできないんだよ…。こんな価値のない存在、消えてしまえば…」
「それは違うよ」
聞き捨てならない言葉を聞いた。思わず、今までのおどけた口調から淡々とした真剣な口調に変化してしまう。まずい、これは良くない対応だった、と思いつつも口は正直であった。
「断っておくけど、俺は君が思っているほど強い人間じゃないよ。ここまで来るのだって命懸けだった。太陽の光のせいで昼間は満足に動けない上、こうして活動するためには麻薬がいるんだ」
「…え」
「言っても信じてもらえないかもしれないけどね、俺の寿命はあと少ししかないんだよ」
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