第6話:≪長寿の樹≫
そう言って四人は部屋を出た。廊下に出ると、≪ヒカリゴケ≫の青白い光が窓から差し込んできた。テソロがイリアを心配そうに見つめてくる。
「大丈夫、外行くついでに久しぶりに≪お祈り≫しに行くだけだから」
イリアの言に、それなら私も、とテソロが言う。ジズを疑わしい目で見る辺り、誤解はとけても警戒心はとけていないようだ。さっきの一件ですっかりテソロに苦手意識を持ってしまったジズは、参ったな、と心中で呟く。だが、その心中を読んだようにイリアがテソロには留守を頼んで、ジズたちを外に促した。後ろから、手を出したら許しません、とか訳のわからない言葉が飛んでくるが、無視しておく。
外に出ると青白い光が一層濃く強くなる。外壁の≪ヒカリゴケ≫のためであろう。先ほどは急いでいてあまり観察できなかったが、≪月慈の里≫は中心にある大樹を囲うように円形に家々を配置していた。その数は大体30棟ほど、外界と滅多に接しないため民は緩やかに減少しているのかもしれない。
イリアの家は大樹の背後にあった。大樹の麓は壁におおわれている。万が一のためだろうか。
「ねえ、お医者さま。僕、久しぶりに外に出たから、先に大樹に≪お祈り≫を済ませてもいいかな」
「もちろん。俺もあの大樹は気になっていた、是非とも見てみたい」
タテハの言っていた≪メルディ≫の大樹。実際ジズも≪メルディ≫をその目で見るのは初めてだ。この仕事が終わり、自分で探すときの手がかりとしてしっかりと目に焼きつけなければならない。
「貴方の故郷にもあるの?僕、≪コバルティア≫のことも知りたい」
「俺の故郷は≪ヴィーダ≫という蔓植物が長い年月をかけて大樹になったものがある。地上の水を地下にもたらしてくれる大切な大樹だ」
「≪ヴィーダ≫か…。治水には適してるんだけど、あれ樹齢が800年くらいなんだよね」
そう、確かに言う通りだ。蔓と蔓が激しく絡み合う≪ヴィーダ≫は一つ一つの蔓の寿命が長くない。だから今≪コバルティア≫では≪ヴィーダ≫の苗を育てては毎年接ぎ木をしているのである。
「詳しいんだね」
「コルドとは≪ガラリア≫の研究所で薬草学と植物学を学んだ仲だもの」
「なるほど、道理だね」
二人は道中でしばらく植物について語り合った。お互いの知っている地下植物だったり、薬草の話であったり…。ジズは途中さりげなく≪ナディ≫の話を織りまぜてみたが、彼は不思議そうな顔をしていた。どうやら聞いたことはないらしい。
これにはジズも怪訝な表情をした。もしも、あの大樹がタテハの記憶通り≪メルディ≫ならば、樹齢は恐らく数百年以上。≪ナディ≫が一度は宿っていてもおかしくない。どういうことだろうか。
「着いたよ」
大樹を囲う外壁の正面は格子状の扉によって閉ざされていた。中からは微かだが水の流れる音がする。
「この木は?」
ジズは高ぶる気持ちを抑えながらイリアに訊ねた。それに対する返答が自分や≪コバルティア≫の希望となることを祈って…。
「≪メルディ≫、またの名を≪長寿の樹≫とも言う。地上に芽吹く全ての≪メルディ≫の親木だ。――この木に祈りを捧げ、生涯護っていくお役目を担っているのが僕たち≪月慈の民≫なのさ」
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