神様の言う通り

屋根子ねこ

序章 神様

 履物の音がする。

 いち、に、さん、し。


「姫様ー!ひめさまー!」

 この声は、佐助さすけ

 なにをするのにも一生懸命で、母上は佐助のこと、すじがいい、って言う。

 まん丸の目で、じっと見られるとすこし照れ臭い。


「そろそろ出てきてくれんと、俺ら、てん様に大目玉喰らうのー」

 いつものんびりしてて、たまにこっそりお菓子をくれるのが小太郎こたろう。お料理がじょうず。

 母上は、痩せすぎって言って小太郎にご飯をいっぱい食べさせようとするけど、いくら食べても太らないらしい。母上いわく「贅沢な悩み」。


「おい佐助。神議かみはかりが終わる前には姫様見つけろよ」

  藤原ふじわらは、他のひとには乱暴だけど、私には優しい。学校に迎えに来てくれるのはほとんど藤原だから、クラスの子たちはみんな藤原さんはかっこいいねって言う。怒ったらすごくこわいんだけど。


「心配せんでも大丈夫。姫様はわしらを困らせるような真似されませんよ」

  喜一きいちはおじいさんみたいに喋るけど、おじいさんじゃない。でも髪の毛の色は真っ白で、やっぱりちょっとおじいさんみたい。

 わたしの一番のおきにいり。







 物置きの陰から、そっと顔を出す。

 「かみはかり」が行われている神殿の裏山に、ひっそりと建つ小さな物置きには、玉葱と椎茸がいっぱいに並べられた棚があって、むき出しの地面には年季の入った農具が大量に転がされている。どう見たって人が隠れられるようには思えない、カビ臭い物置きだったが、先月、九歳になったばかりの三月みつきが身を隠すには十分なスペースがあった。

 視線の先には、いつもよりすこしだけ上等な着物を着た佐助がいる。忙しなく動きまわり、「ひめさまー!」三月の捜索を続けているようだ。その奥には小太郎が、大きな欠伸をしながら大木に背中を預けている。藤原と喜一の姿は見えないけど、声が聞こえるので近くにはいるのだろう。

 どきどきする。

 四人は、母上の下で修行中である、神様見習い、だ。

 立派な神様になるため、母上の弟子になった。母上は、えらい神様なのだ。

 かみはかり。今日は年に一度、出雲の国で行われる神議りの日である。四人は、神様を目指す者なら誰もが憧れる、らしい、この場に連れて来てもらうかわりに、三月の身の回りの世話を任されたのであった。だから、三月が出ていかないと、四人は母上に雷を落とされるはずである。比喩でなく、文字通り、母上は彼らの頭に小さな雷を落とす。三月はもう、何度もその小さな雷を落とされてるから分かるのだ。すごくすごく痛いってことが。

 しかし、自分勝手に行動して四人を困らせてしまったことが恥ずかしくて外に出ることができない。

 四人とも決して三月を怒鳴りつけたりしないだろう。だけど三月の足は、がっかりされるのが怖くてすこしも動かない。

 母上が急にいなくなって、一人でいるところを昔馴染みの男の子にからかわれ、咄嗟に逃げだしてしまったことをとても後悔した。―みーくんのばかばか!―三月は、ふたつ年上の幼馴染の顔を思い浮かべて、ぶんぶん頭を振る。もう遊んであげないんだから。

 足元に視線を落とすと、新調してもらったばかりの足袋が土埃であちこち汚れている。三月の瞳に、ついに、じわ、と涙が浮かんだ。



「姫様」



 突然光が遮られて、目の前が暗くなって、三月はおずおず顔をあげる。藤原だった。

 いつもならば肩にかかるかかからないかのところで揺れる藤原の髪が、うしろでゆるくしばられている。これは三月がしてやった。今日のために新調された着物を纏った藤原が、思いのほかかっこよかったので、なにかしてやりたいと思ったのだ。試行錯誤しながら結び終わった後、藤原が大げさなくらいに喜んでくれたので、三月の胸は朝から達成感にあふれた。

 しかし、満たされたはずのこころも、今ではすっかり萎えてしまっている。



「ふじわら…」

「いつ出てきてくださるのかと思っておりましたが、姫様のご気分が優れないようにお見受けしましたので声をかけてしまいました。お怪我でも?」

「…ううん。してない」

「では私の姫様は、どうしてそんなに暗い顔を? 可愛いお顔が台無しですよ」

「……藤原が、怒ってると思って、迷惑をかけたから。みんなの前にでていくのが怖くなっただけなの」



 顔があげられない。藤原の腹辺りを見つめながら、三月はふるえる声でそう話した。がっかりされるのが怖いの。こわい。

 藤原がゆっくり、三月に視線を合わせるように腰を落とす。

 そっと手を握られて、三月も思わずぎゅう、と握り返した。

 おおきい手。

 じっと、見つめられる。眼鏡の奥の瞳が三月を離さない。

 藤原が口を開く。



「姫様がいたずらに私たちを困らせるだなんて、すこしも思っておりません。きっと、理由があるんでしょう。誰も迷惑だなんて感じておりません。姫様、姫様は私たちを分かっていらっしゃらない。私たちは姫様が思っておられる以上に、姫様を大事に思っているんですよ」

「ふじわら…」



 三月の瞳からとうとう涙がこぼれ落ちるのを見て苦笑した藤原は、「おやおや姫様」と言って三月の身体をぎゅうと抱き寄せた。小さな三月は藤原の身体にすっぽりと納まってしまう。ここはこんなに暖かく、三月をいろんなことから守ってくれる。

 三月の居場所。

 背中をさすられて、三月は自分がまるで猫にでもなったかのように感じた。ずっと撫でていてほしい。

 安心してじっとしていると、遠くの方からぱらぱらと足音が耳に入ってきた。声がする。

 藤原もそれに気が付き、三月の身体を丁寧に離した。その代わり、三月の右手は藤原に左手につかまる。

 足音と声は、やはり佐助たちだった。

 三月の姿に気がついた佐助は、とんでもなく嬉しそうに笑って、「姫様」と言った。小太郎と喜一も後からついてきて、三月の姿を確かめるとそれぞれ笑った。



「姫様!こんなところにおられたか!某、ずいぶんとお探ししましたぞ!藤原殿も早う知らせてくれればよいものを!」

「まったく、うちの姫様には困ったものじゃねえ」

「天様が戻られるまでわしらの相手をしては頂けませんかのう」



 三月の手を引いた藤原が、顔を向けてにっこり笑う。



「ね、姫様。私たちは皆、姫様のことをそれはもう愛おしく思ってるんですよ」



 そして一言、付け足す。



「私が一番、あなたのことを愛していますけどね」



 三月は四人が大好きだった。

 佐助も。

 小太郎も。

 藤原も。

 喜一も。



 四人も、三月のことを、大好きだった。




「お前たち、ずっとずっと遊んでね。三月の手を離さないでね」




 神様の娘と、四人の見習いのお話。

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