第24話:Amazing Trees

 とうとう3月に入り、暖かい日が多くなる中、演奏曲の練習も佳境になっていた。


「アユム、そこの歌の入り、タイミング悪いぞ!!」


「はい!!」


「ギターソロ!! まだハモリの音ずれる!! 何やってるんだ、息をそろえろ!!」


 シバさんの厳しいチェックが入る。

 一度演奏が止まると、僕は額からほとばしる汗をピックを持っている右手でぬぐった。


 何回か繰り返し合わせた後は、みんなで集まって意見交換。

 一人一人が熱心に、


『どうしたらベストな状態に持っていけるか、そして、この曲が一つにまとまるか』


 を話し合う。

 此処ここにいるみんなが、一つの目標を目指していた。


 そして、ある程度話がまとまると、それぞれの位置に戻り、ドラムのカウントに合わせて演奏が始まる……



♪・♪・♪



「よし、一度休憩しよう。」


 そう言うとシバさんは、


「アユム、ちょっと」


 と僕に向けて手招きしていた。

 僕は言われるままにシバさんの方に行く。

 シバさんは僕に、


「お前はまだ、この部分での歌の乗せ方がちょっと悪いな」

「もっと周りを見て、耳で感じるんだ。いいか、ここはな……」


 シバさんは真剣に、僕が修正しなければいけない所、まだまだ練習が足りない所などを、厳しく、かつ丁寧に教えてくれた。

 たしかに、僕は足りない所が沢山あった。

 そこをシバさんは的確に注意してくるので、始めのうちは、かなり凹むこともあった。

 でも、そんな時シェリーの事を思い出す。

 そうすると僕の凹んでいた気持ちも、まったく無くなる訳じゃないけれど、常に立ち上がり、前向きになれる事が出来た。


 そして、僕は心の中で、


『周りの人たちが、僕のために貴重な時間を割いて、参加してくれている』


 そう思うだけで、どんな厳しいことがあっても、乗り越えられた。


「よし、休憩終わり!」

「時間勿体無いからから、どんどん行くぞ!」


 シバさんは手を叩きながら皆にそれぞれの位置に戻る様にうながした。



♪・♪・♪



 今日の練習が終わり自宅に着くと、真っ直ぐに自分の部屋に入った。


 ギターケースを部屋の片隅にそのまま置くと、僕はベットの上に大の字になって横になった。


「ふう」


 大きく、息をつく。

 明日の日曜日もサン・ハウスで合同練習が待っている。


『ちょっとハードかなあ』

『でも自分が言い出した事だし、頑張らないと』

『シェリー、ホントに一度帰ってくるのかな……』


「会いたいな……」


 思わず最後の言葉は口に出してしまった。


 そんな時に、僕のスマートフォンから着信音が鳴った。


「誰だろう、楓かな」


 そう思いながら、スマートフォンに映し出されている発信者を見ると、マディさんからだった。


「え!!」


 思わず驚いてしまい、大きな声で言葉を出してしまった。

 僕は何も言葉が思い浮かばず、ただ緊張感が心臓の鼓動を高鳴らせた。

 恐る恐る受話器マークをタッチすると、スマートフォンを耳に当て、


「もしもし、北条ですけれど……」


「よう、キッド」

「元気にしていたか?」


 マディさんはやけにほがらかな声で話し始める。


『もうお酒飲んで酔っているのかな?』


 なんて思う程だった。


「マディさんこそ、もしかしてこの電話って……」


 そこからは、上手く言葉に出せなかった。


『僕が思っていた事と全く違っていたり、期待していた返事とは真逆の言葉だったりしていたらどうしよう』


 そんな気持ちが、言葉を最後まで出させないでいた。


「どうした、キッド。黙っちまって」


「あ、いえ、すみません。ちょっと考え事してしまって」


「ああ、そうか」

「安心しろ、悪い知らせじゃない」


「……」


 僕は息をんだ。


「シェリーがな、帰ってくるぞ」


「本当ですか!!」


 僕はつい、大きな声で叫んでしまった。


「だあー、うるせえ!!」

「電話で大声出すんじゃねえ!」


「す、すみません」


「全く、若い奴はこれだからしょうがねえ」

「シェリーがな。今月の24日に、俺ん所に挨拶に来ますってよ」


「24日……」


 僕はすぐさま壁掛けのカレンダーに目をやった。日曜日だった。


「日曜日ですね」


「ああ、そうだ」

「シェリーが、『その日の午後3時頃に顔を出して挨拶したら、すぐ東京に戻る予定です』って言ってたからな」

「俺が、ちょっと用事があるから一時間位滞在してくれって頼んでおいたぞ」

「俺もいい仕事するだろ、キッド」


 最後の一言は、ちょっと大きめの声で、自慢げに話すマディさんだった。  


「そこまで話してくれて、ありがとうございます」


 僕は心の中で、


『マディ、グッジョブ!!』


 と返事をしながら、右手の親指を立てた。


「今の所、電話の内容はそれだけだが、キッド、お前のブルーズの調子はどうだ」


 マディさんは優しくいてきた。


「今も必死に練習しています。絶対気持ちを伝えれるよう頑張ります」


「いい声だな、キッド」

「俺も楽しみにしてるからな、頑張れよ」


「はい」


「それじゃあな、もう、電話切るぞ」


「ありがとうございます。よろしくお願いします!」


 そして、マディさんとの通話が終わった。


 まだ僕の心の興奮は収まらないでいた。


『まずは、シバさんにすぐ連絡しよう』


 僕はそう思い、シバさんに電話を掛けた。

 緊張と興奮で、少し指が震えていた。


 シバさんは電話に出ると、


「一体どうしたんだ? こんな時間に」


 と、話をいてきた。

 僕は、今までマディさんと話してきた内容を事細かく説明すると、


「そうか、帰ってくるのか」

「全く、マディと話しつけてなかったら、そのまま逢えず仕舞じまいだったじゃないか。シェリーの奴」


 シバさんはそんなことを言いつつも一安心といった様子だった。


「それじゃ、さっそく明日の練習の時、皆に話さないとな。ムー」


「はい!」


『明日は、盛り上がるぞ』


 僕はもうワクワクしてしまって、今日の夜は寝むれそうになかった。



♪・♪・♪



 サン・ハウスでの練習の後、店長も交えての話し合いが始まる。

 店長の藤本さんと、マディさんは旧知の知り合いで、マディさんは僕に電話をしたのち、店長にも連絡をしていた様だった。

 僕がマディさんからの電話の内容を話した後、みんなで24日までの練習スケジュールなどを話し合った。

 あと数週間しかない中、全員で合わせて練習できる日は多くて3日、少なくて1日といったところだった。

 元メンバーの方々は社会人である為、仕事やプライベートの都合などがあり、仕方がなかった。


 シバさんは、


「全員がそろって練習できる機会はそうないけれど、もう間近に迫ったシェリーの来る日に一番モチベーションがピークに達するような、そんな練習の日々を送る様にして欲しい」


 と、みんなに語り掛けるように話した。


 僕は、自分の体の前に置いたギターケースを、ぎゅっと力強く抱きしめていた。



♪・♪・♪



 結局、マディさんからの連絡のあった日から全員でそろって練習で来た日は2回しかなかった。

 でも、一人々が今出来ること、やるべき事を確実に行っていることは確かだった。


 僕も引き続き発声練習や、英語の発音練習も、


『ここまで出来たからもう大丈夫』


 ではなく、


『まだ良くなる所はまだまだある』


 と信じて妥協せず、常に練習に励んだ。

 学校では、岡部先生がそんな僕を見て、毎日お昼休みの練習と応援を続けてくれて、よく声もかけてくれた。


 そして、気が付けば、とうとうシェリーの来る日の前日、23日の夜になっていた。



♪・♪・♪



 僕は、ゆっくりと自分の愛機であるギターを磨いていた。


 明日の午後、とうとうシェリーに会える。

 少しの不安はあった。

 でも、それ以上に元メンバーとワゴンさんとで練習した日々や、英語の発音や発声練習をした日々が、僕にそれ以上の自信と興奮を持たせてくれていた。


 ギターをスタンドに置いて外の夜の景色を見る。


 僕は、澤野 弘之さんのセカンドアルバムの曲を流し始めた。

 僕は澤野さんの音楽が好きだ。


 メインはアニメなどの楽曲提供や、音楽監督などの活動みたいだったが、澤野さんが作る音楽の世界観は壮大で、荘厳な響きを醸し出し、とても聞き手の心を自由にしてくれる。


 丁度今、2曲目が流れていた。


「Amazing Trees(アメージング・ツリー)」


 イントロから激しく鳴るディストーションの効いたヘヴィなサウンド。そして特徴的なドラムのスネアのリズム。途中から静かに歌が流れつつも、サビのところでは一気にサウンドが絡み合い、盛り上がる。

 とてもドラマティックなサウンドだ。


 そして、この曲が、明日へと僕の背中を押して、応援しているように聞こえた。





♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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