第5話:Beauty and the Beast (前編)
今日は、土曜日。
学校も休みで、ギターの練習をしている。朝から調子よく、フィンガリングの基本練習もスムーズ。でも時には、
『単調な練習で飽きるなぁ』
と思い、手が止まっちゃうこともよくあるけど、そんな時は目をつぶる。そして、シェリーの姿と歌っている様子、歌声を思い出すと、それだけで気持ちが高揚し、また練習に励めるんだ。
最近はシェリーと話すことも多くなった。路上ライブが終わった後、シェリーの横に座り、15分ほどおしゃべりする。そんなことが続いて、僕はその
♪・♪・♪
ピポン
スマホのラインアプリの着信音が鳴る。
『楓かな?』
と、大抵の予想はつきつつも、画面をのぞき込む。
【今日はよろしくね。】
【ラビットの大きなピースサイン・スタンプ】
【こちらこそ】
【もうそろそろ、家に行けばいい?】
【よござんす!】
【お侍さんポーズ・スタンプ】
全く、よくスタンプばっかり使うな。
今日は、勢いで約束してしまった、楓との外出の日。ギターの練習ぐらいしかやることもないので、ちょうどよい時間つぶしかなぁと思った。
楓の家とは、一軒またいでのお隣さん同士。
両親も、僕たちが同じ幼稚園に通い出してからの付き合いとなった。今も現在進行形で、仲良し同士だ。
特に母親同士は、ツーカーなので要注意。そうしないと、この前みたいに母親経由で、ぼくのプライベートが
『もうそろそろ行くか』
今日は11月に入って第1週目の土曜日。
意外と暖かいので、僕は長袖の柄物のTシャツにジーパン、必要な小物類は、ディッキーズのショルダーバックに入れた。
玄関でスニーカーを履いて、外に出る。
朝は少し寒かったのに、お昼1時過ぎのこの時間は日差しが強く、上着も必要なさそうだった。
『さて、楓は何着てくるのか。また、いつものフリースの上着にスリムジーンズかな? その方が僕も気楽でいいんだけどね。』
そう思いながら、楓の家の門の前に立つ。ちょっと洋風な鉄でできた扉の先に低い階段が3段あり、短いレンガ造りの通路を数歩行くと玄関にあたる。
インターホンは、扉の取り付けてある門柱にある。
ピンポーン!
インターホンから楓の声がした。
「歩夢? もう来た?」
「もう来たって、ラインで連絡したじゃん。」
「あと5分……、3分でいいから待って、ゴメン」
「いいよ、焦らなくって。待ってるから」
もう、女の子は。これだから面倒くさい。
でも、楓に限って待たせるようなことは今までなかったな。インターホンで呼んだら、
『はい、オッケー!』
みたいなノリで出てきて、
『もうちょっと女の子らしい恰好をしたら?』
という感じだった。
だから、僕を待たせるなんて、とても珍しい。
数分待ってると、玄関のドアがガチャッと開いた。でも、少しずつというか、出てくるのか出てこないのか、玄関の中で、もじもじしている様子だった。
「どうしたんだよ、楓。早く出て来いよ。」
「……うん。」
そう言うと、楓がゆっくりと玄関から出てきた。
僕は一瞬目を疑った。あの眼鏡をかけた、[三つ編みのフリース女子]がここにはいなかった。
楓は長かった髪をばっさりショートにしていた。ショートボブっていうのかな。毛先は軽くカールしていてふわふわ感があった。
眼鏡はかけてなく、コンタクトに替えたようだった。今まで目立たなかった楓の瞳は、二重でまつ毛も長く、マスカラがちょうどよいアクセントになっていた。
頬も淡いピンクに、ちょっと控えめなベージュカラーの唇。もう俺の頭はこれだけでもパニックなのに、耳たぶにはキラリとさり
服装は、カーキカラーの丈が長めのプリーツスカートに、トップは白のハイネックのニット。フロントをスカートの中に入れて、袖は軽くひじの方に
率直に言って、とてもキュートで可愛いい、ガーリーな姿だった。
『楓…・・・』
僕は声にもならなかった。
『なんなんだ、この目の前にいる美少女は……。』
『ダレ!!!???』
もう僕は扉の前で硬直するしかなかった。
「……なにじろじろ見てんのよ!……」
楓も顔を少し赤らめて僕に話しかけた。よく見れば、楓も、玄関から硬直して直立したままだった。
「もう時間ないから、いこ。楓。」
深呼吸して、気持ちを落ち着つけてから、いつものように話しかけた。普通に話そうとすることが、こんなに難しいことなんて、初めてだった。
ゆっくり降りてくる楓。
洋風の扉を開けて、僕の前で背筋を伸ばし、すたすた歩き始めた。楓の、姿勢を正して歩く姿は、今のコーデやメイクをより
『う~ん、楓、今日の外出の為に、こんなに気合入れたのかなあ』
『いや、ないない。』
『だって、あのカタブツの幼馴染だよ。今日はたまたま、何かのイベントの練習のための恰好なんだよ。僕のためなんかじゃないって。それが幼馴染ってもんだ。うんうん。』
そう思っていると、楓が、
「もう!!おいてくぞ、バカ歩夢!!」
「ゴメン、ゴメン。今行くから待って。」
真横に立って、最寄り駅まで歩いていくと、楓は僕の恰好を横目で見て、
「ユニシロバカ。」
と、小声で言った。
「なんだそれ。」
と、僕が言うと、
「なんでも。」
と正面を向いて答える。
くそう、僕の恰好をバカにしやがって。
『そんな気合い入れてくるんだったら最初に言ってよ。』
と、強く思った……
♪・♪・♪
最寄駅から電車に乗って、沼〇駅につき、駅の北口に降りた。
まあ、これまでの間、視線が痛かったこと。
いいんだ、楓の方は。男の人からも女の人からも、微笑ましい瞳で見られていたから。
その横で話する僕には、特に男の人の
『お前じゃ釣り合わねえんだよ!!』
的な視線がやたら突き刺さって痛かった。
それだけ楓は中学の時より見違えったってことなんだろう。
駅を降り、外に出たら楓が、
「まず、プリ撮ろ!! プリクラ!!」
と、興奮ぎみに話しかける。
「え~。」
僕がむすっとしたら、いきなり楓はバックを左手に持ち、半身に見なって構え始めた。目が座っている。
「ハイ!! 行きますとも!!」
と、大きな笑顔で答えた。
「うん、うん」
と笑顔で頷く楓。
そりゃ、反抗できないでしょ、黒帯には……
駅のすぐ近くにアミューズメントパークのビルが建っていた。そこには映画館も入っていたが、それは4階で、1階は雑貨店とプリクラブース、それにクレープ屋も入っていた。
はじめて、プリクラっていうやつに入っていく。
もろ“女子!!”って感じの、可愛い女の子達の顔が映っている、特大ポスターなどが張られていた。
とても男子には入れない、聖域って感じがした。
それを見て、立ち止まっている僕を、楓はじれったく感じたのか、いきなり僕の手首をつかんで
「ハイ、行くよ!!」
とずんずん入っていった。そして、奥から2台目のプリクラの中に入っていった。
中は意外と広く、自由にポーズが取れるようになっていた。また、撮った後はペンシルで液晶画面に文字なども描けて、印刷が出来た。
僕は、『すっげー』の一言だった。
楓は何回か友達と行っていたらしく、やけに詳しかった。
いろいろなポーズをしてはシャッターを切り、液晶画面でいろいろ絵柄をつけたり書き込んだりと、楽しそうだった。
僕も楓に合わせてポーズをとった。初めは恥ずかしかったけど、時間が経つにつれて、楓とノリノリでポーズをとりまくってしまった。
しかし、これが『幼馴染の魔術』ってやつなんだなと、撮り終わったプリ写真を見て思った。
『ぼくがこんなポーズしてる……』
楓と二人でピースサインや、楓の手を伸ばし、何本か指を下に立てたポーズに合わせて、僕も全身でガッツポーズをしたりしている。
楓は服装とポーズがマッチしているのに、その隣にいる僕のポーズはひょっとこ踊りをしていているようで滑稽だった。あまりの恥ずかしさに、
「楓、このプリクラさ、うまく撮れてないんじゃないかな、これは無しにしてまた今度撮ろうよ。」
「ダメ!! バカ歩夢と初めて撮った記念のプリなんだから!」
「ハイこれ、バカ歩夢の分。大事にしてよ!」
今日撮った分のプリのシートを半分渡される。すっごい真剣な目の楓に押されて、頷くしかできなかった。
でも可愛く映っている楓のいろんな姿、表情は、
『本当はこんな事が出来る女の子だったんだ』
と改めて実感した。
♪・♪・♪
映画館の待合スペースにつき、各ブースの上映している映画を一通りチェックする。
『お、SF物があるじゃん!』
僕の目の中に、すぐこの映画のポスターが目に入った。
「楓、楓! こっち来いよ、今コミックで連載している、サイバーSFの「03(ゼロサン)」が映画でやってるよ。これ見ない?」
楓は、
「楓、何見てんの。」
「うん、これ。」
「え?」
「『戦争によって別れてしまったその愛は、何十年も色褪せることなく今、また甦る』『一陣の風は永遠の愛のごとく』って、これ、見たいの?」
そう訊くと、楓は上目遣いで、こくんと頷いた。ちょっとウルウルしている瞳に僕の心はキュンとしてしまった。
「わかったよ、これ見よ、これ。」
「なによ、なんかぞんざい。」
楓がムッとしながら今度は正拳突きのポーズをと立った。
「いやぁこれ僕も見たかったんだよね。は・は・は……」
「そうよね、歩夢。判ってるじゃん。それじゃ私がチケット買ってくるね。」
そう言うところは甲斐甲斐しいのに、その前の脅迫まがいのポーズはやめてって感じだった。
チケットを買ってきた楓は
「あと10分もしないうちに開場だよ。」
と言って、一緒に飲み物を選んで入場の準備をした。その時楓が、僕の耳に『おいでおいで』をしたので耳を近づけたら、小声で、
「寝たら、コ・ロ・ス」
と、呟いた。
僕は脳天がクラッときた。
♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪
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