第33話 〈二週間前〉
勇者が攻めてきた時、エリックは魔王城にいなかった。いつものように、身一つで魔獣を退治していたのだ。人間界に増えすぎた魔獣が、ランドールたちによって無理矢理増殖させられたことを知らずに。
魔王城の方から魔力を感じて駆けつけてみれば、そこはもう戦場だった。
このままではいけないと、勇者たちを倒しながら目に見える魔族の傷を治していった。
そのせいで、七天将の元に駆けつけるのが遅くなってしまった。
おそらくなにかの魔法具を使われたのだろう。食堂で全員が血まみれで倒れていた。傍らには、彼らが飼っていたペットが寄り添っていた。
七天将は虫の息で、もうすでに喋れるような状態ではなかった。
迷いはあった。けれどこれしか方法がないと、すぐに自室に向かった。前魔王が大事にしていた魔法具の一つ「魔蝕魂縛バンド」を取り出してから食堂に戻った。
食堂に戻ると、ペットたちがエリックに近づいてきた。泣いているように見えた。
ペットたちが何を言おうとしているのかはわからないけれど、一応説明だけはした。ペットたちがこれからどうなるのか、主人である七天将がどうなるのか。それでもペットたちはエリックを見上げていた。
「すまん、俺はきっとお前たちを不幸にする」
そういいながら、死に体の七天将にペットたちを抱かせた。ペットたちに首輪をつける。が、ペットたちはそれを嫌がらなかった。逆に、顔を上げて首を差し出しているように見えた。
わかっているのか、と言おうとして、やめた。
「我が魔力を持って魔蝕の契約を。死にゆく者の魂を生ける者の身体へ。命の緊縛をここに収束せん」
首輪が光を放つ。同時に、七天将の身体から白いモヤが出現した。白いモヤがペットたちの身体へと解けていくと、七天将からは生気が消え失せていた。
「魔王さま」
「ドルキアスか」
ドルキアスの魂が入った子犬が足元にやってきた。
「申し訳ありません。勇者たちがこれほどの魔法具を使うとは思っていませんでした」
「いや、いいんだ。それよりもすまない。お前の、お前たちの大事なペットをこんなことに使ってしまった……」
「それは、いいのです。実は彼らの意思はまだ残っています。しかし、彼らも後悔している様子はありませんから。行きましょう魔王さま。ここにいては危険です」
ドルキアスが後ろを向いた。他の七天将も起き上がり、こちらへと歩いてきていた。
「そうだな。ここを、逃げ出そう」
「魔王さまはワタクシの部屋にある小さなリュックサックを持ってきてもらえますか? 近くに緑色のコートもあるのでそれも。キオルはサリアさまの元へ。カーミラはクラウスさま。オズワルドはギュスターヴさまで、ゼレットはエルキナさま。前者三名はこの城にいませんからまだいいのですが、エルキナさまだけは勇者の襲撃後に逃げました、ゼレットはかなり苦労するかもしれませんがよろしくお願いします。ラマンドとユーフィはワタクシと共に魔王さまと参りましょう」
全員がコクリと頷く。オズワルドやカーミラはドルキアスより年上だが、それでもドルキアスを信じているのだろう。その指示に異論はないようだった。
「それでは魔王さま、リュックの方をよろしくお願いします。ワタクシたちは一足先に裏門の方へ行きます」
「わかった。すぐに行く」
小間使いにされた、という気持ちはなかった。魔力も低くなり、小動物の姿になったドルキアスでは自分の部屋に戻るのにも時間がかかる。それをわかっていたから彼の指示に従った。
リュックを取りに戻ってから裏門の方へ。その間に出会った勇者は死なない程度に殴りつけておいた。もっとスマートなやり方もあっただろうが、魔蝕魂縛バンドの影響で魔力を上手く使えない。
裏門に行くと三匹の小動物が待っていた。建物の陰になるようにして隠れていた。ドルキアスの指示でリュックを彼に背負わせ、コートはエリックが羽織ることになった。
ドルキアス、ラマンド、ユーフィを抱きかかえて森の中を走った。
「このコートは?」
「魔力隠蔽コートです。その名の通り魔力を隠します。隠すというか、何十分の一に圧縮してくれます。これならば魔力感知能力を持っている人にも、アナタが魔王であることはバレません。それよりも魔王さま、魔王勲章はどうなさいました?」
「魔王城の地下に隠してきた。あれがあるといろいろ厄介だからな。魔力も高くなるし、なによりも魔王だって誇示してるようなもんだ。契約しないと勲章は使えないから、勇者が持っていても宝の持ち腐れだろう」
「そうですか。それなら、いつか取りに帰らなければなりませんね」
「いつか、な」
そんな会話をしながら森の中を進んでいった。
背後で大きな音がした。なにかが崩れるような、瓦礫が倒れていくような音だった。
それが魔王城の崩落であることは知っていた。だから振り返らなかった。
魔族を、従者たちを、自分の生活を、子どもたちの安息を奪った者を見つけること。これこそが最優先であり、自分の目的だと理解していたからだ。
振り返ってため息をついている時間などない。自分にどれだけの時間があるかはわからない。それでも、やれることはすべてやろうと、そう思った。
「すまないな、本当に」
小さく、そう言った。
「いいえ。こうしてまた魔王さまといられるのは、ワタクシたちにとって有意義な時間となるでしょう。三十年振りくらいでしょうかね、仕事を抜きにしてどこかに行くのは」
「妙にポジティブだな。でも、お前のそういうところは俺には必要だ」
「当然です。ワタクシは生きていても死んでいてもアナタの従者ですから」
こんなことを言ってくれる従者がいる。それがなによりも嬉しかった。子犬の姿になってしまったが、こういういい関係をいつまで続けられればいい。そんなふうに考えていた。
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