第8話
三時に目を覚まし、眠ったままのリオノーラを抱えて宿を出た。七天将の三人には「絶対に喋るなよ」と改めて釘を刺して孤児院へと向かった。
ユーフィとラマンドは結局そのあとすぐに寝てしまった。リオノーラと一緒にタオルケットの中である。
「それでは、こちらが教会の鍵になります」
「確かに受け取ったぜ。まあ心配すんなよ、貰った給金の分くらいはちゃんと働く。つってもガキ共の面倒見て飯食って寝るだけだが」
「子供というのはそれがまた難しいものですよ」
「知ってるよ。俺にもガキがいるからな」
「そうですか。でも子育ての経験があるならば安心できます。寝室は二階、洗面所やお風呂やキッチンは広間にある教卓の右側です。私の事務所の反対側ですね」
「それだけわかりゃなんとかなるだろ。入っちゃいけない部屋とかあるか?」
「いいえ、特にありませんよ。取られて困るような物もないので。それでは行ってきますね」
「ああ、気をつけてな」
フィーノはにこやかに頭を下げてから孤児院を離れていった。
「本当に大丈夫ですかね……」
「しゃべんなつってんだろ」
「二十人以上子供がいるんですよ? 魔王さまだけでなんとかなるかどうか」
「大丈夫だろ」
「どこから来るんですかその自信は」
「魔王だからな」
「元ですけどね」
ドルキアスの足を一つに束ねて左手で持った。
「やめてくださいよー!」
「うっせぇ、真夜中に近い朝方だぞ。ガキ共が起きる」
その状態で教会の中へと入る。広場には誰もいない。子どもたちは寝室で寝ているのだろう。
「寝室へ行きますか?」
「その格好でよく喋ろうと思ったな」
「魔王さまが離してくださらないからですよ」
「寝室には行かない。起きてくるのをここで待つ」
机の上にリオノーラを置き、イスに座って頬杖をついた。ドルキアスも机の上においてやった。
「なあドルキアス、これはお前らを弾にして発射するんだよな?」
「悪魔発射リボルバーですか? そうですよ。弾を込める時に、弾になるはずの魔族と悪魔発射リボルバーを魔力の糸でつなぐんです。そうするとその魔族が勝手に弾になるんですよ」
「もしもお前を弾にした場合、お前はどうなるんだ?」
「厳密に言うと魔族が持つ魔力を発射するので、ワタクシたちはただの薬莢みたいなものですよ。だから発射されてもワタクシたちはそのまま。発射後に勝手に吐き出されます」
「撃った後、魔力が空っぽってか」
「そういうことですね。ただし死ぬようなことはない、と説明書に書いてあったので連続で撃ったりしない限り大丈夫だと思いますよ」
「説明書があるならよこせよ……」
「もうありませんよ。魔王城と共に燃えちゃいました」
「まあ、仕方ねえか。いざとなったらお前らを使う。どうしようもなくなったらその首輪ちぎればいいしな」
「首輪って……でもこれは……」
「どうしようもないなんてことがなきゃいいのさ。問題ない。エスカラードに行くだけなんだ。大したことなど、起きるはずがない」
「エスカラードに行って、その後はどうなさるおつもりで?」
「エルキナをサリアとかに押し付けて、それからどうすっかな。あてのない旅でもするか」
そう言いながらドルキアスの頭を撫でた。
「旅、ですか。悪くないですね。四人旅ですか」
「そう、なるな。ユーフィとラマンドは嫌がるかもしれんし、もしかしたら二人旅になるかもな」
「それはそれで大いに結構。ワタクシはどこまでもお供いたしますよ」
「どこまでも? ははん、俺が死ぬ直前に自分も自害するつもりか? 殊勝な心がけだ」
「――これは冗談ではないのですが、実際そうするつもりでしたよ。ワタクシの主はアナタ一人。アナタに拾われ、アナタに救われ、アナタに育てられた。主人が地獄に行っても悲しくないように、辛くないように、お供する所存であります」
「バカ言うんじゃねーよクソ犬。誰がお前なんぞにお供してもらうもんかよ。美人のねーちゃんならまだしも」
「魔王さまはそういうタイプじゃないでしょう? そういうタイプにも見えますが、昔からアイーダ様一筋です。アイーダ様がお年を重ねられても、天に召されても、アナタはアイーダ様から離れられないのです。心が、ね」
「心が、ね。じゃねーよわかったような口ききやがって。お前には罰を与えなきゃならん。そうだな、俺が死んでも絶対に自害なんかするな。生き抜いて、足掻いて、天寿を全うするしてみせろ。そうじゃなきゃ地獄から這い出てぶん殴ってやる」
「お優しいですね、相変わらず」
「優しいもんか。お前と心中まがいのことすんのがイヤなだけだよ。わかったらもう二度と俺と一緒に死ぬとか言うなよ」
「ええ、申し訳ございませんでした。もう二度と口にはいたしません」
「なに笑ってんだよ気色悪いな」
「なんでもありませんよ」
「なんでもあるって顔してるから言ってんだろうがよ、ったく」
そう言いながらも口元は笑っていた。
「少しだけ教会の中を見て回りませんか?」
「お前からそういうこと言うの珍しいな」
「うーん、なんというか、逃げる場所を探しておきたいなと」
「間違いなくお前らはオモチャにされるだろうからな」
スッと立ち上がり、ドルキアスと共に教会の中を散策することにした
しかし、散策するような場所は特になかった。一階には大広間、トイレ、風呂、キッチン。二階には寝室しかなかった。
次第に日が昇り始め、子供たちも一人二人と起きてくる。一人が起きれば二人が起きて、二人が起きれば四人が起きる。起きた者が寝ている者を起こす、という決まりらしい。
全員が起きてきて広間に集まった。
「昨日のおじさん」
エリックの姿を見て、少年が指を差した。
「ああそうだよ、昨日のおじさんだ。つーことで、院長が帰るまで、今日と明日は俺が面倒見るからな。おじさんの言うことちゃんときくんだぞ」
「「「「「「「「「はーい」」」」」」」」」」
二十人以上の子供の声がエリックに向かって飛んできた。そしてそれを聞き、リオノーラとユーフィとラマンドが目を覚ます。
一番年上と思われるの五人が朝食を用意してくれた。五つのカートに乗せられて朝食が運ばれてきた。が、それを見てエリックは驚きを隠せなかった。
「パンとスープだけ……? お前ら、いつもこんな感じなのか?」
並べられていく皿を見て眉根を寄せた。
「そうだよ? インチョーが「おカネがないから」って」
隣の男の子がそう言った。不思議そうに首を傾げ、あたかもそれが当たり前かのようだった。
「そう、なのか」
エリックはパンを齧りながら物思いに耽る。彼が元魔王だから、というのもあるだろう。
なに不自由ない暮らしをしてきた。自分の子供たちにも苦労させないようにと思って魔王という立場を使った。その陰で、苦労をする子供たちも多かったということだ。
極力、民衆には豊かになって欲しいと財を叩いて職を作った。自分が彼らの立場だったらと、衣食住の支援もしてきた。しかしそれは魔界だけの話だ。かと言って帝王に文句を言うこともできないだろう。魔族よりも人間の方が人口が多いのだ。
食事が終わり、案の定といった感じで小動物三匹がオモチャになっていた。リオノーラもまた子どもたちに混じって遊んでいた。
「おいドルキアス」
唇に人差し指を当てたまま話しかけた。
「俺はちょっと町に出てくる。一時間くらいで戻るから、それまでなんとかしておけ」
「わふっ?!」
ドルキアスだけではなく、リオノーラにもそう言った。リオノーラは「わかった」とだけ言った。
「俺はちょっと出かけてくる。帰ってくるまではソイツらと遊んでいてくれ」
「「「「「「「「「「「「「はーい」」」」」」」」」」」」
時間が経ったせいか、朝よりも元気があった。
「クックドゥードゥルドゥー!」
「シャッ、シャシャー!」
「わおーん! わおーん!」
三匹の悲痛な叫びは無視した。泣いているような気がしないでもないが、出かけると決めた以上は犠牲が必要だった。
子どもたちの返事を聞いて頷き、エリックは町へと歩いていった。歩きながら、魔力変換リアクターに余計に魔力を供給するのだった。
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