白雪VS300人

「チェストォォォォ!!」

 雄叫びとともに、白雪が跳んだ。

 その爪先が、兜の隙間から兵士の目を打つ。そして、着地と同時に放った掌底が脳を揺らす。

 兵士はあっという間に昏倒した。

 一同は驚いた。

 それもそのはず、この謁見の間にいるのは、グリム王国の中枢をになう政務官や軍人たちだ。姫である白雪のことは幼いころからよく知っている。

 そのお姫様が、蝶か花かと紛うほど可憐な少女が、いきなり鎧を着た兵士を素手で倒したのだ。あごが外れて目が飛び出してもおかしくはない。

姫様しぃめひゃま?」

 将軍のあごは実際に外れたようだ。


 だが。

 そんなことに構っている余裕は白雪にはなかった。

 相手は武装した300人。気を抜けるわけがない。

「ハアッ!」

 白雪は高々とジャンプし、真上に右手を突き上げた。

 狙いは、こういう部屋にはつきものの、大きなシャンデリア。その重たい器具を吊している太い鎖を、手刀で切ったのだ。

 たちまち落下し、シャンデリアは4人の兵士を下敷きにする。

「セイ!」

 そのままの勢いで、天井を蹴り、落下する白雪。

撃流水天落げきりゅうすいてんらく!」

 加速をつけて、滝のような勢いで打ちおろされた膝。それは兜ごと兵士の脳天を砕いた。

烈空尖転斬れっくうせんてんざん!」

 そして後方宙返りをしながらの踵落とし。別の兵士の肩を打ち、鎖骨を小枝のように折り割った。

瞬影連牙しゅんえいれんが!」

 さらに手前の兵士の下腹部に、超神速の肘打ち4連続。

弄昇打ろうしょうだ!」

 今度は左の兵士に、低い体勢から股間を殴りあげる攻撃。

爪空破そうくうは!」

 真空を爪のようにまとって振り下ろす。

襲踏弾しゅうとうだん!」

 回転しながら両足蹴り。

岩砕撃がんさいげき!」

 首を極めながらの頭突き。

暴! 空! 龍旋翔~ぼう! くう! りゅうせんしょう!!!!!」

 竜巻ドッカーン。あっという間に、謁見の間に、倒れた兵士が50人ほど積み上がった。

「なんと……」

 一同絶句。

 小人たちはやんやと笑っている。

 白雪は、人々を守るために立ち上がった新たなる王は、額にしたたる汗を人差し指でスイッと拭い、拳をにぎって見せて、仲間たちの視線に応えた。


 ギリギリ。

 歯ぎしりの音。

 ギリギリギリ。

 王妃の顔が軋んでいる。悔しさと悔しさが集められたその顔面は、いまにも割れ裂けてしまいそうだ。

「調子にのりやがッてぇ~!」

 そのとき。

 バアン! と扉を開けて、騎士団がなだれ込んできた。この王城の警備を担当する500名の護衛兵だ。

「ちぃっ!」

「王妃! 貴方を逮捕します! 証人は、ここにいる全員です!」

「クソが!」

 王妃は別の扉から逃げ出した。

「あたいを守れ! 死んでも守れ!」

 命じられた傀儡の兵士たち、残り250人は剣をかまえた。

 衝突する、兵士と騎士団。

 その隙に逃げる王妃、自分の命がいちばん大事!

「お待ちなさい!」

 追うのは白雪。

 兵士たちの頭上をジャンプして飛び越えて、ひらりと伸身2回転にひねりを加えながら着地し、すぐさま走り出した。

 だが、まだ何人もの兵士が白雪の行く手を阻んでいる。

「チェスト!」

 肘打ち、振り打ち、正拳突き。

「チェスト!」

 前蹴り、後ろ蹴り、かかと落とし。

「チェスト、チェスト、チェストォォォォォ!!!」

 殴り飛ばし突き倒し蹴り転がし絞め落とし、進む進む女王・白雪! 武装した兵士たちを木の葉のように巻き散らす!

「化け物が!」

 王妃は階段を下りようとした。

 しかし、下から騎士団が上がってきた。

「ああっ、クソ!」

 階段を上へ。

「クソクソクソ!」

 王妃は走る、廊下を走る。曲がって上って扉を抜けて、まだまだ走る、走る走る。そして、いつのまにか塔に来ていた。

 

 この城で一番高い塔だ。

 下から聞こえてくる軍勢の足音。上へ逃げるしかない。

「クッッソ!」

 上る上る、石の階段。

 ついには、塔のいちばん上の部屋についた。広々とした何もない部屋。もう逃げ道はない。このままでは追い詰められてしまう。

「ちくしょぉ!」

 王妃は魔術で火球をつくり出した。

「『真っ赤で美味しい毒リンゴポム=ボム・ラ・ルージュ』!」

 階段に投げつけ、爆発させる。崩れる階段、落ちてくる天井。これで少しは時間が稼げるはずだ。

 大急ぎで窓に駆け寄る。

 出られるか?

「行かせませんわ!」

 窓から回転後ろ蹴りが入ってきた。

 雪のように白い肌、

 黒檀のように黒い髪、

 血のように赤いドレス!

「覚悟の時です、お義母さま!」

「うるせェ-!」

 地団駄を踏む王妃。

 ぼうっ!

 その靴が、燃えだした。

 ただし、普通の炎のように、赤や青の色をしていない。

 不吉で不気味で不可思議な、黒い炎だ。

「お前だけでも殺してやる! この地獄の炎でな!」

 黒い炎は、王妃の全身を包んだ。

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