その二 弦二郎の場合

「ももちゃん」

 殿の本宅である二条院で一緒にお暮らしになっている紫子さまのSKJのももちゃんに俺は声をかける。

「二郎ちゃん?」

 御簾の向こうから声が聞こえた。

「ちょっとだけいいかな」

 俺は少し御簾の下を持ち上げる。

「うん。どうぞ」

 ももちゃんが招き入れてくれる。そう、ももちゃんは俺のカノジョ、である。

「紫子さまは?」

「ヘアメイク中。うめちゃんといちごちゃんがそっちにいってるわ」


 ももちゃんと、うめさんといちごちゃんで紫子さまの三人官女SKJ、チームビューティーである。ヘアメイクやネイルなどが得意なSKJだ。チームビューティーなだけあって本人たちも女子力の高い素敵なSKJだ。もちろんももちゃんが一番可愛い。


「これからさ、ちょっと忙しくなるんだ。なかなか逢いに来れないかも」

「そうなの?」

「ん、年末のイベントの準備でね」

「あ、お正月前にパーティーしましょって言っているやつ?」

「そうそう、ごめんな。でもそのパーティーで特訓の成果を披露するから」

「じゃあみんなで楽しみにしてるわね」

「そうだ、うめさんにも言っておいてくれる? 弦一郎も同じだから」

 うめさんは弦一郎の奥さんである。ちなみにこうめちゃんという娘ちゃんもいる。

「いいけど、うめちゃんにならさっき速達が届いたわよ?」

 近くの文机に置いてある手紙をももちゃんは指さす。

「そっ! 速達ぅ?? すげえなアイツ」

『梅様』と生真面目な楷書体の文字。

「でも逢いにきてくれた二郎ちゃんの方が好きよ?」

 そう言って、ももちゃんはとびっきりの笑顔を見せてくれる。か、可愛い。可愛すぎる。うう、頬が緩む。

「あ、特訓のことは紫子さまにはナイショな?」

 緩んだ頬がたれてこないように手を自分の頬に添える。

「わかってる。わかってる」

 くすくすと笑いながら、ももちゃんは自分の口に当てた手を俺の頬にあててくる。

 くっ……。いかん。にやけすぎる。あー、しばらくデートなしかぁ。俺は後ろ髪をひかれる思いで御簾の外へと出る。

「じゃ、ね」


 仕事に戻る。さっき詰め所に届いていたものを持っていかないといけない。殿の奥さま、花子さまに頼まれていた品物だ。そう、恋多き殿には複数の奥さまがいらっしゃる。ちなみにカノジョも何人か。まあ平安貴族としては複数の奥さんや恋人がいるのは驚くことではないが、それにしてもウチの殿のお相手の数が多すぎる気がしないでもない。だからなんとなく文使いなどの用事もそれぞれ担当ができている。そして主に俺が担当しているのが花子さまだ。


 花子さまと殿とのお付き合いは長い。おそらく初恋の藤子さまにフラれた直後ぐらいからじゃないだろうか。橘の花の香る花屋敷でお暮らしになっている。殿もよくおっしゃるが、とにかくお人柄が優しく温かいので一緒にいると心地いいんだとか。確かに気配というか空気感がゆったりとしている。そんな花子さまに殿は『死ぬほど』恋をした。殿が弱っているときは花子さまの肩にズンと頭もお気持ちもお預けになる。気分がふさいでいるときは花子さまの膝をまくらになさる。

「俺の癒しの里だね。俺の竜宮城は花ちゃん家」

 

 その殿の言う竜宮城に向かう。ここには俺の姉ちゃんがいる。花子さまのSKJでチームヒーリングのずんだと言う。ほかにあずきさんときなこちゃんがいる。エステやアロマテラピーなどが得意なチームである。


 花子さまにお届けするのは香料である。ジンジャーにバニラとシナモン。花子さまが御手ずからアロマキャンドルを作られるらしい。お部屋にいくつも灯りをともせば雰囲気ムードはバッチリだ。

 殿の考えていらっしゃる花子さまへの贈り物ともぴったりだ。お互いがそれぞれ別々に贈り物を考えているのに、セレクトしたものの相性には感心してしまう。相手がどんなことをしたら喜ぶかお互いによく知っているのだ。

 ずんだ姉ちゃんにアロマの香料を渡して二条院に戻る。


「おかえり、弦二郎。オマエ今夜の殿のデート先確認してるか?」

 なにかウラのある笑みを浮かべた管一が聞いてくる。管一は管楽器の担当、サックスと横笛が専門だが、器用なヤツだから管楽器ならば大抵のモノは演奏できる。

「いや? おまえ知ってんの?」

 じゃーん! とでも言いたげに両手を大きく広げる。いちいちオーバーアクションなヤツだ。

「はなこさま~~のとこ!」

 ひとりでドラムロールの真似事をして喜んでいる。

「え? マジ? 俺手紙預かってないよ?」

 デートなら今夜行きますという手紙を出すのが普通だ。よっぽどのサプライズでなければ。

「マジ、マジ。オマエいないから管二サンがさっき持っていったよ。お使いそのときでよかったな」

 だからそんなに笑ってたのか。くそ。

 ま、いいか。管二さんは奥さんがチームヒーリングにいるからお文使い郵便屋の役目はやってもらってもいいかもな。


「殿のお出かけの時間まで練習しておくか?」

 俺は例の楽器の演奏をする仕草ジェスチャーをする。

「お――、そうだな。でもあの楽器なんだか楽しそうじゃね?」

 ヤツも俺を真似て演奏の真似をする。俺の数倍オーバーだが。

「楽しいと思えるようになるまでタイヘンな気がするけど」

 弦一郎の書いた譜面と指示書を思い出す。あんな指示書見たことがない。

「まあまあ、それ含めておもしろそうじゃん。行こうぜ!」


 管一は馴れ馴れしく俺の肩を抱えるように並んで歩く。

 コイツはいつでもポジティブで楽しそうで少し脳みそのたらない性格キャラである。そんなノーテンキと俺は部室に向かう。

 なんだかんだいっても中途半端はよくない。パーティー当日までにはカンペキにしないとな。敬愛する殿と大切な方たちの為だ。それに、ももちゃんにも聴いてもらえるだろうから頑張ってみるか。


 横でひゅーひゅーいえーいとうるさい管一を遠ざける。ヤツが一方的に肩を組んでいたのだが、俺がそれを引き剥がしたので両手をフリーにして踊っている。両手でそれぞれ親指と人差し指を立ててリズムにあわせてよぉっ! よぉっ! と掛け声を放つ。まったくおめでたい。


 部室には管二さん以外が揃っていた。

「全員はそろってないけど始めようか。各自自分のパートは把握してるな?」

「メロディは問題ないな?」

「フォーメーションは頭に入ってるか?」

「まず最初の立ち位置だが……」

 立て板に水が流れるような弦一郎の指示にさすがの俺もツッコむのを忘れてしまう。お調子者の管一も合いの手を入れられないほどの弦一郎のよどみない仕切りっぷりだ。

「ひとまず流しでやってみよう。やってみて課題をひとり10個ほど挙げてもらうから」


「ちょっ! 10個は無理だろ!」


 やっとそれだけ言い返したが、弦一郎は聞こえたんだか聞こえなかったんだか各自に指示のシャワーを浴びせ続けていた。



 さあ、ひとまずジングルベルを鳴らしてみるか



☆今回のBGM♬

Frosty The Snowman






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