歪んだ青の歌。

和食が美味しい。

歪んだ青の歌。

「青は、奇跡の象徴の色。


青い色に、血を混ぜてみる。

そしたらそれは欲望を表す甘くてくらくらするような色になる。


青い色に、黄色い薔薇を溶かしてみる。

そしたらそれは強い嫉妬を表す瞳にの色になる。」



私、渡瀬青菜は鈴乃原高等学校二年二組の生徒である。

部活はどこにも入っていないけど、サッカー部の男子生徒と恋人という関係にある。

運動も、勉強もそこそこ。趣味も広く持っていて、それなりに充実していて、皆から憧れられるような生活をしている。


外側だけは。


内面は嫉妬と独占欲と、その他諸々の欲望を溜め込んだ汚い感情で満たされていて、それでいて飽きっぽい。

もともと、彼のことは好きではないまま付き合い、今は隣のクラスの女子生徒、高峯鈴掛に好意を抱いている。

同性にそんな感情を抱くのは可笑しいだろうと自分でもわかっているが、湧き出る気持ちは止められなくて、今にでも心臓を掻きむしりたくなる苦しさと、口の中に広がる甘さと、幸福感が私を縛り付けていた。


「青菜さん、おはよう!」


あぁ、私の名前を呼んで楽しそうに笑う貴方が愛しいのだ。


「おはよう、鈴掛ちゃん。」

「今日もいい天気だね!多分暫く晴れるんじゃないかなぁ。あ、そうだ、折角だし今度の日曜日、出掛けようよ!」


明るく笑う貴方は太陽よりも眩しくて、なんて使い古された言い回しじゃ表せないや。それくらい私には明るかった。

貴方は夏を照らす太陽の色。私を照らしてくれる。そんな色、今まで見たことがなかった。


「いいよ。あ、私この前美味しいケーキ屋さん見付けたの。行かない?」

「わ、行きたい!」

「ふふ、じゃあ行こっか。」


他愛のない会話をするのが好きだった。

楽しそうに表情をころころと変える貴方が好きだった。

でもね、私と貴方はクラスが違う。だから、同じ時間を過ごせない。

私の知らない時間に、貴方は他の子とどんどん距離を詰めていく。


「鈴掛ちゃん、ちょっといい~?」

「あ、はーい!ごめんね、また後で。」


申し訳なさそうに笑って貴方は教室へと戻っていく。

うん、だなんて笑って手を振るけど内側じゃじわじわと苦みが広がっていく。


ずっと、貴方と話していたいの。


肩の上でふわふわと揺れる貴方の柔らかい髪の毛が、大きく開いたり閉じたりする貴方の綺麗な綺麗な黄色い瞳が、楽しそうに笑う貴方の口元が、嬉しそうな私の声色が。


「私のものに、なればいいのに。」


小さく、そう呟いた。

喉が締め付けられて、じわじわと腹の底が冷えていって、心臓が痛くなる。

私は貴方の1番でいられていますか?

貴方は私の抱く感情のことをどう思いますか?

貴方は、貴方は、貴方は。

私は、私は、私は、私は。


「青菜。」


かつん、と頭を打つように発せられた低い声。

ぐちゃぐちゃになった心を巻き戻して、現実へと戻る。

そうして声の主に目を向ければ笑いかけた。薄っぺらい笑みで。


「悠紀、おはよう。」

「おはよ。…朝から会えて嬉しい。」


くどいぐらいに甘ったるい声と笑顔を私に押し付けてくる私の恋人。川根悠紀。


「そっか、私もだよ。」

「なぁ、今度の日曜日、出掛けね?」


日曜日。


「…ごめんね、その日は用事が…」

「用事ってなに?」


いつもより更に低いトーンで問われる。

あぁ、また。めんどくさいなぁ。

ちかちかと明滅して瞼の裏を彩る赤と緑。これが苦手だった。


「友達と遊びに行く約束しちゃってるの。ごめんね。」

「ねぇ、友達と俺、どっちが大事なの?」

「どっちが、かぁ。ごめんね、系統が違うから決められないや。」

「なぁ、ちゃんと答えろよ。俺だって。なぁ。」


曖昧に笑えば手を強く掴まれる。

人の目だってあるのに。馬鹿だなぁ。めんどくさいなぁ。


「…悠紀だよ。」

「だよな。じゃあなんで友達との用事を優先させんの?」

「先に入れちゃったから…。ごめんね。」


そういって軽くキスをする。


「…そっか、じゃあ、いいよ。許してあげる。次はちゃんと俺と出掛けてよ。」

「うん。」


そしてまた薄い笑顔を向ければ彼は幸せそうに笑い、廊下を歩いてさっていった。

ある程度までその姿を見送れば急いで近くの自動販売機で水を二本買い、それを持ってトイレに駆け込む。個室に入って鍵をかければ水を大量に飲み込み、腹の底を掻き混ぜ、嘔吐する。


「うぇっ…ぉぇっ…はっ…」


びちゃびちゃと飛沫音をさせて吐きつづける。

汚い、汚い。汚い言葉を飲み込んでしまった。洗わないと、洗わないと。

気がつけば空のペットボトルが二本転がっていて、薄くなった赤と緑がまたちかちかとぼやけて見えた。


「キスをしたいのも、好きだと言いたいのも、鈴掛ちゃんだけなの…。」


力無く呟いた。

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