第29話:最後に笑う者

【16:30 6番街、アヴァールのアジト】


「やっぱりな……」


 乱雑で散らかった部屋をくまなく探せば、ありとあらゆる宝の山が出来上がった。これらを見やり、エディは呆れの溜息を吐く。警部も不機嫌に唸る。

 彼らの前には綺羅びやかに、不揃いな宝石が重なっていた。


「あいつら、盗んだものを全部、量産したんだよ。これ全部、模造品レプリカだろ」


「だろうな……しかし、調べてみる価値はある」


「なら、あの館長様に頼もうぜ。そっちの方が早そうだ。解析のプロだし」


 この提案には警部もすぐさま頷いた。しかし、この宝の山を見て戸惑うのか、彼は顎に手を当ててゆっくりと問いかけてきた。


「あいつらは何故、こんなにも大量にレプリカを作ったと思う?」


「知るかよ。大体、本物のアメジストが何故、6番街のローレンス家のクマにぶら下がってんだ」


「確かに……」


 ぶっきらぼうなエディの言葉を警部は飲み込んだ。

 盗まれた宝石は、1番街のガーネット、2番街のアメジスト、6番街のアレキサンドライト、そして9番街のアイオライト……


「――音の最後が全部『ト』で終わるな」


 警部は閃いた。


「いや、それは多分カンケーない」


 エディがすぐさま一蹴する。


「深読みするな。あいつらはただ楽しいから盗んでるだけなんだ」


 ピシャリと言うと、エディは宝石のレプリカをかき集めた。警部は他の部屋を調べる。

 居間を中心とした左右にはそれぞれ、マクシムとヴェロニカの部屋らしきものがあった。しかし、そこで得られるものはなさそうだ。


 何も出ないことが分かると、エディはポケットから端末を取り出した。そして、どこかに電話をかける。


「あ、ジゼル? ちょっと作戦変更したいんだけど……うん、そう。もう少し協力してもらいたいんだが」


 何を話しているかは分からない。


「うん。大丈夫。そっちに直接な被害はないから。じゃ、よろしく」


 手早く話を済ませ、彼は通話を切った。その様子は何か良からぬことを企んでいるようだ。警部の耳鳴りも強くなっていく。


 それに構うことはないエディは、目を瞑ってグレーズの様子を見ていた。

 どうやら、ヴェロニカの「声」で動けないらしい。状況はなんとなく分かるが……おもむろに口を開いた。


「警部、一つ確認なんだけど」


「なんだ」


「あんたの部下、そしてコゼットがなんか倒れてるっぽいんだけど……塔って、そんなに『才能避け』が強かったっけ?」


 思わぬ言葉に、警部はしばし時が止まる。

 部下が倒れている、とは聞き捨てならない状況じゃないか。


「……倒れるほどじゃないと思うが、いや、それよりアリスは無事なのか?」


「うん、なんとか無事。て言うか、あいつらは人殺しはしねぇよ。楽しくないから」


「そうか……」


 ひとまず安心だ。

 しかし、呑気に構えていられるわけがない。耳鳴りは苛立ちへと変わっていく。


「ちなみに、警部の防護力って『才能避け』がある塔の中でも大丈夫なの?」


 危機感の欠片もないエディののんびりとした問い。警部は腕を組んだ。


「あぁ、当たり前だ。俺へのあらゆる危険はすべて回避される。あの『才能避け』は『才能』を抑える妨害波のようなものだから、。それがどうした」


 エディは安堵するように息をついた。


「今ほどあんたが必要だとは思わなかった……役立たずじゃなくて良かった」


 褒めているのかけなしているのか分からないが、警部は不機嫌に鼻を鳴らしておいた。


「そう言えばさ、これ、不法侵入とかにならないの? 大丈夫?」


「……警察だからな」


 つっこまれるとは思わなかったらしい。

 警部の固い表情に、エディはどんよりとした目を向けた。


 その時、二人の背後で大きな物音がした。

 ガツンッ! べしゃっ! そのすぐあとに「あいたぁ!」と呻く声。


「うむむ……駄目だ。ここは酷い……すっちゃんがっちゃんしてる……あぁやだやだ」


 どうやらレプリカの山に転送してきたらしい。額をさする少女がぶつぶつとぼやいているのが見えた。


「やぁ、パメラ。遅かったな」


「あ、はぁ、どうも。ええっと、エディさんでしたね。どもども」


 ふんわりの黒髪ボブをなびかせ、パメラはオレンジのジャケットを正した。


「話は聞いてますです。社長の頼みならば仕方なし。兄さんも許してくれたので心配はご無用ですよ!」


 彼女は腰に手を当てて胸を逸らした。何故、威張っているのか。

 この奇妙な少女に、警部は疑心の目をエディに向ける。


「あぁ、瞬間移動テレポートの子だ。大丈夫。腕だけは確かだから」


 答えるように言えば、警部は「うーむ」と不安げに唸った。



***



【16:48 クロノ・ヴィル中央街、塔管理部】


 互いに睨み合うこと数分。じっとりとした冷や汗が頬を伝い、グレーズは袖で拭った。

 頭は真っ白け。何も考えられない。ただただ耳の中を流れる、ヴェロニカの声を聞いているだけだった。


「ねぇ、知ってる? あんたと一緒にいるだけで、エディは才能が満足に使えないんだよ」


「……それくらい知ってるよ」


 言い返すと、ヴェロニカは「ふうん」とつまらなさそうに言った。


「じゃあ分かってよ。あたしらはあいつの才能を自由に使えるようにしたいんだ」


「いやぁ、俺は別にどっちでもいいんだけど……おっと、悪かった。ごめん、訂正する!」


 ヴェロニカの殺気にマクシムは慌てて手を振った。

 こっちもこっちで意見が分かれている。グレーズは思わず訊いた。


「え、じゃあなんなの。君、もしかして、うちのエディのことす……」


 瞬間、銃から本物の弾丸が飛び出した。グレーズのすぐ足元に穴が空く。


「次言ったら殺す」


 怒りと殺意にまみれた声に、グレーズは引きつった笑いを向けた。


――ははーん。なるほどねぇ。


 少しは頭の回転もよくなったらしい。元々速くはないけれど。

 グレーズはホールドアップして、穴の箇所から僅かにずれる。


「でもさ……エディ的には、あんまり気が乗らないんじゃないかな……」


「あ、やっぱ、そう思う? 実は俺もなんだけどさ」


「ほらぁ、でしょー? やっぱりね。そういうのって押し付けちゃ駄目なんだよ」


 撃鉄がガチャリと音を立てる。グレーズとマクシムは同時にそれを察知した。

 どちらが先に撃たれてもおかしくないが……ヴェロニカが銃口を向けたのはやはりグレーズだった。


 しかし、他人が怒っている様子を目の当たりにしたら、反対に頭が冴えるほど冷静になってしまうもの。

 身体は既にほぐれている。重い疲労はあれど、まだ動ける。


 弾丸が飛び出す直後、グレーズは宙へ飛び上がった。


「あははははは! へったくそ!」


 天井に足をつけ、走る。弾丸はそれを追ってくる。しかし、いつかは途切れてしまうのだ。弾切れになった銃を捨て、ヴェロニカは憤怒の形相でこちらを見上げていた。


((降りてこい、グレーズ))


「ふん! そんなものにはもう引っかからないよーだ! べぇー」


 舌を出して挑発していると、ポケットに入っていた端末が震えた。モニターばかりの部屋だが、その中でも一際大きなモニターの上で着地する。


「はいはーい、こちらグレーズ。遅かったじゃん、エディ」


『あぁ、お楽しみのところ邪魔してすまないな』


「まったく楽しくないけどね!」


 白々しい口調のエディにグレーズは苦笑を返した。エディも端末の奥で笑っている。


『ご苦労、グレーズ。とりあえず、そこの画面から離れてくれない?』


「え? うん……」


 一体何をする気だろう。グレーズは大きなモニターから離れて、脇のモニターにぶら下がっておく。

 すると、真っ暗だった画面がパッと光りを放つように何かを映し出した。グレーズを追っていたヴェロニカとマクシムもその画面に目を向ける。


『ん? これで大丈夫か? あぁ、問題なさそうだ……よし』


 カメラのピントを合わせるように、ガチャガチャとしたノイズが走れば、モニターにはエディの覇気のない顔が映し出された。背後には乱雑な部屋が。


『よう、久しぶり。さっきは挨拶しそびれて悪かったな。だから、お前らの真似をしてみたんだけど』


 グレーズは端末を切ると、二人に目を向けた。どちらもしかめっ面だった。


『あはは。嫌がってるな。お前ら、人の真似するのは大好きだけど、真似されるのは嫌いだもんな』


「いい性格してるよね。でも、それくらいはこっちだって想定済みさ」


 マクシムが言う。


「こっちには人質もいるしね。別にそこにあるレプリカは持ってってもいいよ。なくても困らないし」


 ヴェロニカも冷たく言った。だが、彼女は僅かにしおらしい。


「ねぇ、エディ。あんたの才能を全部取り戻せたらさ、戻ってきてよ。あんたが才能をさ」


「まぁ、俺としてもエディが居てくれたら楽なんだよな……ニーカもそう言ってるし」


 だが、二人の言葉にエディは表情をまったく変えない。響いていない。グレーズにはそう思えた。


 その時、ふと脳裏に声が過ぎる。「グレーズ」と直接脳内に呼びかける女の声。それがあの9番街にいる博物館館長であると察知した。


《真っ暗になったら、耳を塞ぐんだ。分かったね? これはエドガーからの伝言だ》


 アレクサンドラの静かな声に、グレーズも黙ったまま頷く。わけは分からないが、とにかく従っておこう。


 モニターでは、煙草を口に咥えたエディが深い溜息とともに煙を吐き出す。なんともふてぶてしい態度だ。


『残念だが……それは無理な相談だな。俺は、と引き換えに才能の一部を捨ててやった。だから、もう戻るつもりはない』


 それが合図だったのだろうか。いきなり目の前が真っ暗になった。

 照明が落ちたのか。モニターの光もなくなり、辺りは闇へと化す。グレーズはあの伝言通り、すぐに耳を塞いだ。



 その時、



「きゃああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」



 少女の絶叫が塞いだ耳の中にも掻い潜ってきた。

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