デュアル 僕と魔女との同居生活!?
並白 スズネ
斑目 斐と数学教師
「キーンコーンカーンコーン」
授業の終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響いた。眠っていた意識が戻ってくる。
「起立」
けだるそうな日直の女子生徒の声がすると、生徒たちは椅子を引き、一斉に立ち上がる。まだ、意識が朦朧としているが眠っていたことがバレないようにそれとなく立ち上がる。
「礼、ありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
日直に続き、後から複数の生徒達が同じように挨拶をする。トイレに行こうと教室を出たとき、声がした。
「班目君。ちょっといいかな」
にこやかな表情で僕の名前を呼んだのは、つい先ほど授業をしていた僕らの数学担当の教師の芹沢秀だ。僕は心の中でため息をついた。
「どうかしましたか」
「今日も机に顔をくっつけていたな。そんなにあの机が好きなら、私としても差し上げたいところだが、生憎、学校の備品なのであげることはできない。だからな、いつも言っていることだが、愛しの机から顔を離して私や黒板のほうに顔を向けてはくれないか。お前にとってはとても辛いことかもしれないが頼む」
長々ともったいぶって言ったが、要するに「授業中寝ないで、私の授業を受けろ」と言っている。いつものことだがネチネチと気持ち悪い。言いたいことははっきりと言え、心の中でひとりごちた。
「芹沢先生、実にありがたいご助言ですが、それは承服いたしかねます」
普段使わない仰々しい敬語で返した。芹沢は一瞬、顔をムッとさせたがすぐに笑顔へと戻した。
「どうしてだい班目君。そこまで無茶なことは要求していないだろう」
「芹沢先生覚えていますかあの約束のことを」
「くっ………」
すると芹沢は苦虫を嚙み潰したような顔で、下を向いた。これもお決まりの展開だ。
ここで斑目斐と芹沢秀の関係について話しておこうと思う。
始まりは高校入学後の初めての数学の授業だった。その時の数学の担当はもちろん芹沢秀だった。
芹沢は楽しみにしていた。今年の生徒たちは例年に比べて、平均的に学力が低いらしい。そんな生徒たちを自らの手で磨き上げ、送り出すことに芹沢は教師としてのやりがいだった。
ドアを開けて、真新しい学生服に身を包む新入生の視線を浴びながら教壇に立つ。決意、不安、楽しみと様々な目の色をした生徒たちが私を見ている。自分に集められる視線に酔いにも似た快楽を感じる。
教室を見渡すと、一人机に顔を伏せている生徒を発見した。彼について尋ねると隣の女子生徒がおそるおそる手を挙げた。
「なんか、数学が終わったら起こして、って言われました」
よっぽど数学が嫌いなのだろうか。いろいろな可能性を考え、奴は不良生徒なのだ、という考えに至った。
芹沢の脳内では特攻服を着て無免許運転するその男子生徒が浮かび上がった。
芹沢は後で数学研究室に呼び出して、説教してやろう。そして、更生してやろう、と思った。
そんなことを顔には出さず芹沢はチョークを黒板に走らせた。空いている片方の手は固く握られていた。
「どうして、授業中寝てたんだ」
班目斐はどうしてここに呼び出されているのか理解ができなかった。ただ、数学の時間ずっと寝ていただけなのに。
目の前に座る数学教師は、満足げな顔で質問した。どうやら生徒に詰問している自分に陶酔していると見える。適当な理由をつけてバックレようと思った。
「実は昨日、夜遅くまで起きていたんで、少し眠かったんです」
すると、ピクリと眉を動かし、芹沢は真剣な顔で言った。
「夜遅くだと? どこで何をしていたんだ。はっきりと言ってみろ」
何を言っているんだこいつは。どうやら、僕のことを夜中まで遊んでいるやんちゃな不良生徒だと思い込んでいるらしい。相手によって勝手に創造されていく自分を変えないと。斐は一瞬考えて、勉強熱心な生徒を演じることにした。
「えっと、昨日は夜遅くまで勉強していました」
「本当のことを言えと言っているんだ、先生は。」
「いや、本当に…」
「安心しろ。先生はいつだって生徒の味方だ。だから本当のことを言ってみろ」
人の話に耳を傾けない妄想の激しい奴。それが芹沢に対する斐の評価だった。アニメやドラマの熱血教師に感銘を受けて、それらに憧れて教師になったと思われる。
時計を見ると、来た時より長針は90度右に傾いていた。今の調子で話をしていたら何時に帰れるか分からない。
斐は一つの案を思いついた。それは賭けでもあった。成功すればこの場を切り抜けられるだけでなく大きな副産物が生まれる。しかし、失敗すれば問題児として今後なにかと目を付けられるだろう。だが、斐には形のない根拠があり、不思議と成功を確信していた。
「先生は確か数学の先生でしたよね」
突然の質問に、芹沢は拍子抜けした顔をする。
「あっ、ああ、そうだが。そのことがこの話と何か関係あるのか」
「いえ、全く関係ありません。先生。僕と一つ賭けをしませんか。もし僕が先生の数学のテストでずっと百点を取り続けられたら、数学の授業中は僕の好きにさせてくれませんか。」
普通の教師ならばこんな提案は受付もせずに、逆に叱責するだろう。しかし、芹沢はドラマのような展開に内心昂っていた。自らの能力を過信している青臭いこの不良生徒に現実を説き、道を正し、立派に仕立て上げる自分を想像した。
芹沢はニヤリと笑った。そして、挑戦者に立ちはだかるチャンピオンのように堂々と言った。
「いいだろう。その提案を受け入れよう。ただし、私の出す全てのテストで一回でも100点を落としたら、私の言うことを聞いてもらう」
「分かりました。どうもありがとうございます」
そう言って、斐はお辞儀をした。そして内心で賭けの勝ちを確信した。
芹沢は少し違和感を覚えたが、こんな奴でも少しくらいは礼儀を知っているか、とその程度にしか思わなかった。
その後、芹沢は自分の安易な判断を悔やみ、そして知る。班目斐が入学試験5科目総合276点で数学100点の天才であることを。
そして、今に至る。
「先生。つい最近行われた2学年進級テストの僕の点数はいくつでした?」
「100点だ」
「じゃあ、その前に行った小テストは」
「満点だ」
「その前の前の……」
「全部満点だ!!」
僕は思わず体をビクッと震わす。急な怒号に廊下でお喋りをしていた女子たちがぎょっとなる。教室からはゴシップのにおいを感じ取り、何人かが顔を出す。これまでには無い新しいパターンだ。
ほおを紅潮させ、屈辱を薪とし燃える怒りの炎を宿す目で斐を
「もうお前の茶番になんか付き合ってられるか。来週の授業でもしも今日みたいに寝ていたらお前の評定を1にして、留年させてやるからな」
そう小さく吐き捨て、肩を怒らせ歩いていく。一瞬の静寂。芹沢がいなくなり再び動き出す喧噪な日常。その中で斐は取り残され、考え事をしていた。
『あの小心者の芹沢があんなことを言うなんて思ってもみなかったな。しかし、あれは単なる脅しだろう……』
嫌な考えが脳内をよぎる。
「まさかな」
僕は小さくそう呟いた。
「キーンコーンカーンコーン」
授業の始まりを告げる澄んだチャイムの音が鳴り響いた。確か次の授業は……
「やべっ!」
教室の扉を開け、ロッカーと机をあさって教科書と筆箱を手に、2階の化学室へ全力で駆けた。チャイムの音がとても長く感じられた。
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