絶体絶命?! 勇者爆弾!

ヤマダ リーチ

第1話

「くだらねぇ……」


 何の気なしに呟いた。

 ボーッとしたように眺めているテレビの中では、人気のお笑い芸人達がバカ騒ぎを繰り広げている。

 閲覧者や番組のスタッフらしき人々の笑い声が後押しするように響き、まの抜けた効果音とテロップが視聴者を煽る。


 コイツらは一体なにがそんなに面白いんだ?

 俺の感性がずれてんのか? クスリとも笑えねぇ。

 そういや俺、最近いつ笑ったっけか? 思い出せないな。


 グビグビと発泡酒を飲み干し、やり場のないイライラをぶつける様に握りつぶす。

 ここ数ヶ月間は休みも無しで働き続け、遂に今月に入ってからの残業が200時間を越えた。


「なのに何で晩酌が発泡酒なんだって話だよ、クソったれブラック企業がっ!」


 腹いせに投げつけた空き缶が、ゴミ箱の縁に跳ね返って床に落ちる。カランと転がる音すら癇に障る。

 日本はストレス社会。そう言われ初めて一体どれほどの時間が経っただろう。


 経済は上向きになったと報じられるも、一向に上がる気配を見せない給料。

 残業代をケチるため、始業時間より一時間早く出社しろと言う糞上司。

 パンパンのすし詰め状態の電車に乗り込み、痴漢に間違われないように両手を上げる。理不尽だ……。

 周りを見渡すといい年したオッサンたちも、皆揃って降参のポーズでガタガタと肩を揺らしている。

 毎朝の風物詩とはいえ悲しくなってしまう。


 そうやって会社についても、結局毎日のように残業だ。

 土日? ある訳がない。 GW? なにそれ、物理学者の愛称かなにかですか?

 

「はぁ……、寝よう」


 テレビと部屋の電気を消して布団に入る。大丈夫いつもの事だ。

 このイライラやムカムカも寝れば治る。それこそいつものように……。


 瞼を閉じて息を吐く。すると、やがて段々と意識も朧気になっていく――


――ピコンッ!


 妙な電子音が耳に届く。スマホか? 充電でも切れそうになっているのかもしれない。

 だがまぁいい、会社で充電すればいいだけの話だ。


【勇者召喚をされました。召喚に応じますか? Yes or No】


 煩い。隣の住人がゲームでもやっているのだろうか?

 近隣の迷惑も考えて欲しいものだ。


【勇者召喚をされました。召喚に応じますか? Yes or No】


 しつこい……。ボリュームを落とせ、馬鹿学生め!

 俺は眠いんだ……俺……は……。

 

【勇者召喚をされました。召喚に応じますか? Yes or No】


「うるせぇぇぇ! いい加減にしやがれ!」


 思わず飛び起きて叫び声を上げる。

 すると、真っ暗な筈の寝室で、目の前にぼんやりと光る文字が浮かんでいた。


「なんだこれ……夢か? もしかして俺はもう寝てるのか?」


 なんて事だ。遂にストレスが夢の中まで侵略しに来やがった。

 それに何だ、勇者召喚? 馬鹿言っちゃいけねぇ。俺に夢の中でまで社畜になれというのか?


 勇者ってあれだろ? 金貨十枚と鉄の剣を渡されて、世界を救えとか言われる奴だろ?

 金銀財宝を身にまとって、豪華な椅子に座った太ったオッサン言うんだよな。

 よく考えるとひどい話だよ。あれこそブラックだね本当。

 なんで子供の頃はあんなものに憧れたんだろうな。不思議だね。





【勇者召喚をされました。召喚に応じますか? Yes or No】


「しつけぇな! Noだノー!」


 まったく、ふざけた夢だ。俺はただ眠りたいだけだというのに。

 放っておいて欲しいね。マジでさ。

 

【Noを選択されたため、勇者召喚が拒否されました】


 そうそうそれでいい。何度も言うが俺は眠いんだ、寝かせてくれ。

 ってあれ? 俺はいま夢の中なんだよな? なのに何でこんなに眠いんだ?


「夢の中で寝ると二倍お得だったりするのでは? よし、寝よう……」


 横になって布団を被る。これって二度寝って言うのかな? 言わないか……。






【召喚が拒否されたため、転移先がランダムに設定されました。転移を開始します】


「結局、召喚されるんかい!」


 目を見開いて思わず突っ込む。

 もいい、やってられるか。スルーだスルー。

 と、無視を決め込み瞼を閉じた瞬間――


 急な浮遊感に襲われ、全身を鳥肌が包む。

 

「おっわっ、何だ? なんだ……ここは?」


 気が付くとそこは森の中だった。


 両手で目をこすり、シパシパと瞬きを繰り返す。うん、森だ。

 座り込んでいる地面はしっとりとしていて、空気もやけに澄んでいる。

 周りは大木が生い茂り、その根元には苔が蒸していた。


 かなり深い森の中のようだ。以前見た屋久島のテレビ映像に似ている。

 見上げるといつの間にか夜が明けたのか、木々の隙間から青空が覗いていた。


「うっそだろ……、マジで召喚されたのか?」


 夢ではないことは直ぐに分かった。尻の下に感じる土の冷たさ。

 肌を撫でる風の感触。澄んだ空気と森の匂い。

 どれもがリアル。間違いなく本物だ。


「よりにもよってなんで俺なんだ?」


 続いて不意に沸き上がった疑問。そりゃそうだろう?

 普通こういうのはどこぞの美少年の役割だ。

 三十路半ばのオッサンの出る幕じゃないだろ……。

 どうせ呼ぶなら女顔がコンプレックスのコミュ症高校生でも召喚すりゃあいいんだ。


「あーぁ……、会社どうすんだよ。遅刻どこの騒ぎしねぇぞコレは」


 社畜の性か、反射的に出てくるのは仕事の心配。

 自分でも嫌になるな、本当に。


 と、悠長な事をしている場合ではない。現状は最悪だ、何とかしないと。


「取り敢えず人里を目指すか」


 思うところは色々あるが、一旦全部ひっくるめて飲み込んで受け入れるしかない。

 この馬鹿げた現象を。


「痛っ。やっべ、俺裸足じゃん。しかもパジャマだし」


 チクリと痛んだ足を上げると、小石が足の裏にめり込んでいた。

 見ると血は出ていないようだ。良かった。


 に、してもこれは拙い。俺は都会生まれの都会育ち。裸足で森の中を駆けずり回った経験などないし、そもそも森歩きの経験など無い。

 そもそもこういった場合、どこに向かって進めばいいのか知識すら無いのだ。


 道具もなにもなく、来ている服はスウェットの上下。

 まさに着の身着のままの状態だった。


「時間がわからねぇから方角すら確かめようがねぇぞ。むぅ……」


 これはもう勘に任せるしかないか……。夜になったら獣とか出て来そうな雰囲気だしな。


「よし、取り合えず移動するか」


 比較的に歩きやすそうな道を選んで進んでいく。石や木片などで、足の裏を切りでもしたら大変だ。

 破傷風とかマジ笑えない。


 ソロリソロリとつま先で歩く。移動速度はお察し。

 それでも何とか行く先に、森の出口が有ることを祈って歩き続ける。

 すると、前方に開けた場所が見えてきた。


「抜けたか? やった! って、なんだあれは……」


 森の出口かと思った先には異様な光景が広がっていた。

 なんと表現したらいいのか、大木で作られたミステリーサークルの様なものが作られている。

 それが鳥の巣のような大きな駕籠状になっているのだ。

 鳥の巣だろうか? にしては、いくら何でも大きすぎる。


「卵? だよな、あれ」


 よじ登って内側を確認すると、身の丈は在ろうかという巨大な卵らしきものが置かれている。

 もう嫌な予感しかしない。たぶんここは地球じゃないんだ。

 こんな巨大な卵から産まれる生物なんて地球にいるはずがない。


「もしかしてここは異世界なのか? だとすると俺は異世界に召喚されたのか?」


 これは拙い。咄嗟に思った。むかし似たような状況を描いたラノベを読んだことがある。

 勇者として召喚された少年が、チート能力を手に入れて好き勝手に暴れ回るとんでもない話だったが。

 まぁそれはいい。重要なのは、俺が勇者召喚を拒否したことだ。

 勇者になる事を拒否した俺に、そんな能力が与えられるとは思えない。


「やべえな、どうすれば……。あっ、そうだ。確かステータス? うおっ!」


 読んだ物語をなぞるように、何の気なしに唱えてみると、目の前に半透明の板が出現した。

 まさか本当にでるとは。しかし――


「レベル制かよ、ちきしょう……」


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