この星にはずっと前から君が埋まっている

小村ユキチ

1 出会い

 ある晴れた朝、淡い光を放つ緑の葉っぱがサラサラと揺らめく小さな林の中で、ルーナは白い髪の男の子と出会った。

「あなた、名前は?」

 微笑みながら、ルーナは彼に名前を聞いた。

「僕は……ウルタ」優しく、くぐもった声が答える。「君は、誰?」

「私はルーナ。ねえ、ウルタはどこから来たの?」

 ウルタは下を向いて、首の裏を恥ずかしそうにゆっくりと撫でた。

「……わからない。ここはどこなのかな?」

「さあ、どこなのかしら」ルーナはクスクスと笑いながら、果物を集めていたかごを腕にかけて、白いウルタの手を握った。「でも、私のお家は近くにあるわ。よかったら、一緒にお茶でもどうかしら?」


 ルーナのお家は、細い丸太が組み合わさった小さな小屋だった。中には暖かい暖炉が一つと、テーブル一つと、ベッドも一つ。椅子は二つで、お皿も二つ。外には座り心地のいいベンチが一つと、重たいものを運ぶ荷車と、スコップも一つずつ。

 ルーナは爽やかな香りのするお茶の葉にお湯を注ぎながら、棚や窓を物珍しそうに見回すウルタの横顔をぼんやりと眺めていた。

「気分はどう? この家は気に入ってくれたかしら?」

「うん……素敵だと思う」ウルタは私を振り返って、ちょっとだけ目を泳がせてから下を向いた。少しシャイな性格らしい。

「よかった。この星には、家ってここしかないのよ」

「そうなの?」ウルタは驚いて、緑色に輝くつぶらな目を丸くした。

 どこまでも澄んだ瞳。その中に、きっと私が映っている。

 そう思うと、ルーナは嬉しくなった。

「ねえウルタ、あなたはどこから来たのかしら?」

「……わからない。気がついたら僕は、木にもたれて眠ってたんだ」ウルタはそう答える。「君はずっとここに住んでるの?」

「ええ、ずっと……私は一人でここに住んでるの。だからお客さんが来てくれてとっても嬉しいのよ。よかったら、色々とお話しましょう?」

 しゃべりながら、ルーナはコップにお茶を注いで、ウルタの前に差し出した。

「ありがとう」そう言って口をつける。「あちっ……」

「あ、大丈夫?」

「……まだちょっと熱いかな」フーフーと、ウルタはお茶を冷ます。「でも、いい匂いがするね」

「そうでしょ? 少し待っててね、朝ごはんを用意するから」

 ルーナは棚からパンと干した果物を取り出した。二人分を用意するのは、本当に久しぶりのことだった。


 お茶を飲み、朝ごはんを食べたルーナとウルタは、家の周りの散歩に出かけた。そのほうがウルタが色々なことを思い出せるんじゃないかって、ルーナが提案したからだ。

「じゃあ、この星ってほとんどは森なんだ」

「ええ。それに大きな湖が一つと、その近くに高い丘もあるわ。夜にはとってもキレイに星が見えるのよ」

「でも、森ばっかりなんでしょ? つまらなくないの?」

「そんなことないわ」ルーナは笑う。「木の色も形も、場所によって全然違うし、意外なところにキレイな花が咲いてたり、動かせないくらい大きな石が落ちてたり……探検してても、ずっと飽きないの」

「ふーん。ご飯とか、どうしてるの?」

「食べるものは、いつも森にってるわ」

「お茶も?」

「ええ」

「へえー」ウルタは口笛を吹いて、やっぱりシャイそうに辺りを見渡した。きっとルーナがずっとウルタの顔を見つめているからだろう。「なんだか、とっても気楽だね」

「ウルタのいた場所は、違った?」

「そう……だね。うん、きっとそうだ」ウルタが今日、初めて微笑んだ。それだけのことでも、散歩に出た意味があったと思う。「食べ物は、もっと土を耕したり、水をやったり、虫をよけたりしなくちゃ取れなかったと思う」

「むし? むしって、何?」ルーナは聞いた。

「知らないの?」ウルタの目が、こっちを向いた。「虫っていうのはね……」


 それからずっと、ウルタとルーナは外で語り合った。お昼も、開けた場所でピクニック。ウルタはやっぱり、歩けば歩くほど自分のことを少しずつ思い出していって、元いた場所のことをたくさん教えてくれた。住んでいたあばら家、四人兄弟の末っ子だったことに、虫がいる草原、子どもが集まる学校、好きな食べ物……でも、ルーナはウルタが語った話の内容よりも、柔らかくて耳に馴染むその声ばかりをずっと聞いていた。

 初めは静かに語り始めて、思い出すにつれて声が大きくなっていって、楽しげになって、ある時ふと自分の上ずった声に気がついて、慌てて声を伏せる。

 そんな愛らしい様を、横からずっと眺め続けていた。

 語れる物語がある、それだけでも羨ましかったから……。

 やがて空は暗くなり、薄く青みがかった星明かりが降り注ぐ夜になる。

 湖が見下ろせる丘の上で、ウルタは話し疲れたのか、それとも眠たいのか、両手を地面につけてダラっと空を見上げている。ルーナはその横で膝を抱えて、同じ星空を見つめている。

「……雲、ないんだね」

「ええ。雨が降らない日は、雲が出ない星なのよ」

「不思議だなぁ……ここっていったい、どこなんだろう」

「本当に、不思議よね」

 ルーナは微笑みながら、ずっと空を眺めていた。ウルタがルーナのことを見つめているのに気づいていたから。振り返ったら、きっと照れて目をそらしちゃうって思ったから。

「ルーナ……一つだけ、お願いしていい?」

「なに?」

「髪の毛……触っても、いいかな」

 ルーナは振り返らないで、微笑んだ。

「もちろん、嬉しいわ」

 ウルタはゆっくりと体を起こして、細い指を、ルーナの長い髪の上になぞらせた。

 軽やかに、くすぐったく、髪の毛が浮いて。

 白い肌に光が映る。

 湖の中にも、同じ星空はきらめいていて。

 ルーナはウルタに体を寄せた。

 ウルタもルーナの頭を抱いた。

 髪が触れ合い、おでこが触れ合う。

 あたたかい。

 そうやって、二人でずっと同じ光を見つめていた。

 昔から、この星を満たしている暖かな光を……。

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