第16話 広がる噂


 六歳になった。

 正確には六歳と二ヶ月で今は12月の半ばだ。外には雪が降っている。

 年甲斐も無くはしゃいだが……ああ、そう言えば今はまだ六歳だから年齢的には大丈夫だね。

 最近は新しくダンスのレッスンを始めた。ちなみに男女両パートを教えて貰っている。


「ルナさん!足の出す方向が違いますわ!!」

「え!?」


 思いっきり先生の足を踏んでしまった……

 ま、まあ、まだ練習中という事ですよ。えぇ。そうですとも。


「逆ですわ!逆!」

「こ、こうですか?」

「そうですわ!」


 足を踏まれた程度で怒ったりしない良い先生ですが、ただテンションが高い所が少しだけ、ほんの少しだけ苦手だ。あと、声が甲高い所も。

 いや、基本良い先生なんですよ?えぇ、本当ですよ。それでも苦手な人種なんです……


 フローリアお母様との剣の稽古は未だに続いている。

 そして、先日の稽古でついにお母様の不意を突いて一撃入れる事に成功した。今は型を重点的に教えて貰っている。もう少し先に教えて欲しかったよ……


「ルナ、剣の握りが甘い!」

「は、はい!」

「追加100回!!」

「ひぃ――っ!」


 幾ら回復魔法で自然な超回復が起こせると言っても、精神的には疲労するんですよ!?うぅ、マッサージして余分な筋肉は付かない様にしないとね……ムキムキは嫌だ~~~!!

 そうだよ、折角、美少女?に生まれたんだから、その容姿を上手く活用できないと困るんですよ!?幾ら美少女でもマッチョだったらキモイんだよ。

 ああ……最近、思考内での口調が安定しないんだよな……


 ……。


 はっ、コレは絶体絶命の女性化の危機なのでは!?ま、まあ、今は女子ですし?ミラへの気持ちさえ変わらなければ別に問題無いんだけどさ……

 いや、問題はあるか。


 その後も思い悩んでいたら部屋に着いた。


「うぅ、今日も疲れましたわ……」


 俺はお風呂上がりでまだ熱を持っている身体のままベットに倒れ込む。


「お疲れ様です、お姉様!マッサージしましょうか?」


 隣に腰かけたミラが手をワキワキさせながら聞いてくる。なんか嫌らしい。

 つい反射的に両手で肩を抱いた。


「み、ミラ?そ、その手は何ですか?」

「グヘへ……」


 最近はミラも昔の調子を取り戻してきた。思い悩んだり、病んだりするよりは良い傾向だろう。ただし、少しウザい。


「すんすん。お姉様からフローラルな香りがしますわ!」


 いつの間にか近づいていたミラが俺の髪を持ち上げて匂い嗅ぎながら、そんな事を言う。


「……それは香料を混ぜた石鹸の香りですわね」


 それに対して俺は冷静な突っ込みで応戦した。


「天使の輪ができてます!」


 ミラはめげずに俺の髪を眺めながら言う。


「……ただ髪質保護用のオイルを付けただけですわ」


 俺は自分の髪を撫でながら返した。

 ミラはうっ、と俺の打っても響かない態度に一瞬言葉を詰める。

 少ししてミラは何かを思いついた様に目を輝かせた。そして、身体強化の魔法を発動し――


「――胸に膨らみが出てき始めましたわ!」


 俺の胸目掛けて飛び掛かって来た。

 突然の事で俺は一切反応する事が出来ずミラのされるがままになる。


「――ひ、ひゃい!?ど、何処を触ってるのですか!!」


 背筋に氷を入れられるような感覚に俺は思わずベットの隅に飛び退いた。

 ちらりと振り返ると未だに手をワキワキさせているミラが。それを見て思わず溜息を吐きそうになる。


「うぅ、汚されてしまいましたわ……」


 冗談混じりによよよ……という演技をする。

 そこで何を血迷ったのかミラはその俺の様子を見て、


「は、鼻血が――ティッシュを!お姉様!ティッシュを下さい!」


 ガチで鼻血を流していた。

 え?なにそれ……さ、寒気が更に強く……

 って、あ!


「ティッシュ?」


 この世界にはティッシュなど無かった筈だけど……?


「あ!?いえ、何でもありません!お花を摘みに行ってきます!」


 ミラは扉を蹴破る勢いで出て行った。

 ……鼻血くらい治癒魔法で止血すればいいのにね。


「まったく……あいつは一体、何がしたかったんだか……」


 はぁ……と、思わず嘆息した。



     ◆  ◇  ◆



 とある日、ノートネス家の門番の二人はとある話題で盛り上がっていた。

 その話の始まりはこんな始まりだった。


「そう言えば最近見てないな」

「うん?何をだ?」


 相方の呟きに男は首を傾げる。


「眠り姫だよ。眠り姫」


 眠り姫というのは使用人たちの間で通っているルナの呼び名だった。

 ルナ本人が恥ずかしがるので本人の前で使われる事は滅多に無いが、使用人たちの間では三年近く使い続けた呼び名の為、すっかり定着してしまっているのだ。


「ああ、確かに最近見ないなぁ。実はまた眠ってたりしてな!」

「あんないい子がまたあんな不幸な目に遭うのは見たくないな」

「そうだよなぁ。俺達のような下っ端にも丁寧な挨拶を返してくれるんだから良い子だよな」


 二人して顔を見合わせる。

 一瞬の静寂が流れる。そして、二人は同時に口を開いた。


「「お前、もしかしてロリコンか!?」」

「ちげーよ!!」

「…違うぞ!」


 ……。


「おま、まさか……」

「気のせいだ」

「おい、じゃあ今の間は何だ!」

「気のせいだ」

「いや、絶対に――」

「気のせいだ」


 相方の思わぬ性癖に慄く男。本当に男の相方にその様な性癖があったのかは……ご想像にお任せする。

 まあ何方にしろ不毛な言い争いである。


「ところで、ミラお嬢様の魔法の噂知ってるか?」


 露骨な話題転換を図る相方。

 男は不毛な争いを続けて蛇を出すのを恐れ、その露骨な話題転換に乗る事にした。


「ああ、六属性持ちセクスタの件か?」

「そうそう。眠り姫の三属性持ちトリプルでも驚きだってのに六属性持ちセクスタだもんな」

「ホント羨ましいぜ。俺にも魔法の才能があったらなぁ。可愛い嫁さんでも貰って呑気に暮らせたんだろうなぁ」


 本気で悔しがる男。コレばかりは持って生まれた先天的なモノが関わってくる為にどうしようもない。もっとも、男だってその程度の事は理解していてボヤいていたりする。


「おいおい、願望が駄々漏れだぞ。今が職務中って分かってるか?」

「あいあい。分かってやすよー」

「お前なー……」


 その後も、この間行った定食屋の娘が可愛かったやら、闘技場の賭けでボロ負けしたやら、迷子の女の子を衛兵の詰め所まで連れて行ったやら、お前やっぱり……やら、ノートネス伯爵領ココの冒険者ギルドの受付嬢は別嬪が揃っているやら、裏通りにある娼館の娼婦が……などなどの中年オヤジ感を醸し出す会話とその間のエトセトラな内容の呑気な会話が続くのだった。盗み聞きしている者がいるとも知らずに……



     ◆  ◇  ◆



「――ひっ、クシっ!うぅ、風邪でしょうか?それとも、誰かが私の噂でもしているのでしょうか?」


 俺はボヤキながらインベントリに収納してあった青色のハンカチで手に付いた唾を拭き取る。


「ん?ルナ風邪か?」


 稽古中に突然動きを停止した俺を訝しんでフローリアお母様が質問してきた。


「如何なのでしょう?最近の調子はたまに寒気が走るくらいですが……」


 もっとも、その寒気の大半はミラのセクハラが原因だけど……


「それを風邪と言うんじゃないのか?

 ……ふむ、ルナ。ちょっとコッチに来なさい」

「はい?」


 よく分からないが素直にフローリアお母様の元へ向かう。


「ふぇ!?」


 端麗なフローリアお母様の顔が突然目の前に来た。

 俺の驚きなど一切気にせずフローリアお母様は左手で俺の前髪を持ち上げ、そこに自分のおでこを当てた。


「む、少し熱いな」


 うぅ、コレって突然やられると思った以上に心臓に悪いな……

 ああ、それで昔美月が高熱を出した時にコレをやったら美月の顔が茹蛸みたいに赤くなったのか。


「ルナ今日――の稽古――は止めておこうか」

「え!?大丈夫ですわ!問題無いです!」

「いや、体を気遣うのも大事な事だぞ。……大切な時に使い物にならなかったらどんな技術も意味が無いんだ」


 何故か力説を始めるフローリアお母様の最後の言葉には重みがあった。

 もしかすると、フローリアお母様は過去に体調管理それで何か失敗をしているのかもしれない。


「わ、分かりました。今日は戻って休ませて頂きます」

「ああ、それでいい」


 うんうんと頷いているフローリアお母様を置いて俺は謎の圧力から逃げる様にお風呂場へ向かった。

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