七つの大罪

みずかん

強欲


私が、欲しい物。


それは、“表情”


最高の作品を書くためには深い知識と豊かな想像力が必要不可欠だ。

だが、それはあくまでも基本的な部分。


もっとリアリティを求めなくては読み手に伝わらない。


だから、こうしてロッジに宿泊しに来たフレンズ達に怖い話を仕掛けては、驚かせる。


フレンズによっても性格が違うので、表情も全く違う。

十人十色、その言葉の通りだ。


毎回怖い話のレパートリーを増やし、話す。

そして怖がった表情を見る。


そうやるのが面白くもあった。


しかし、最近はそれが思い通りに行っていない。


何故ならばキリンやアリツカゲラが制止してくるから。


「もう、お客さんを怖がらすのはやめてくださいよ」


「先生!怖がって泣いちゃったフレンズいたの忘れたんですか!?」



私は、“表情”が欲しい。

このまま何も得られないままだと、私の作品の質が落ちてしまう。


だから、あの二人にばれない様に驚かす細工をした。

運良く、博士という頭の切れる天才の知り合いが居てくれたので

準備には手間取らなかった。


ドアを開けると、セルリアンに感覚が似ている物体が落ちてくるようにしたり、

突然冷たい風が吹くように、装置を仕掛けたり。


私は、その多種多様な表情を記憶し、作品に書き込んだ。

ますます、良くなっている。そんな印象を受けた。

だが、そんな行為も長くは続かない。


装置を仕掛けている所をキリンに見つかってしまった。


「何やってるんですか、先生・・・。そんなことしてると自分にバチが当たりますよ」


全て起こる出来事が予知できている様な顔は、非常につまらなかった。


その手段も潰されてしまった。


こうなったらロッジの外で、やるしかない。


そう考えてはいたが、あの件以降キリンの監視が厳しくなった。

ロッジの中でさえキリンが付いて回ってくる。


最終手段として、思い切って懇願した。


“頼むから、リアルな表情を見たい。驚かしたいんだ。”


私から頼むという事は、滅多にない。


キリンは一瞬きょとんとしてから、ため息を吐いた。


「分かりましたよ・・・。しばらくは自由にしていいですよ」


折れた。これほど嬉しい事は無い。


その筈だが、心に引っかかる疑念があった。


“何故、キリンが私を締め付けるようになったのか”である。


かばん達がこのロッジに宿泊した時は出鱈目な推理を披露して、

“ヤギね!”だとかなんとか言っていた。

なのに今は、保護者の様に私を見張ったりしている。


あの頃のキリンは何処に行ってしまったのだろうか。


まるで自分が別の次元に飛ばされてしまったみたいな感覚だ。


あの頃の、キリンに戻ってほしいという欲望が心の奥底で勝手に芽生え始めた。

綺麗に手入れしていた筈の庭に、雑草が生える様に。


私は作家だ。想像力は豊かだ。

冷静に考える。

表情を取りつつ、元の出鱈目な推理をするキリンに戻ってもらう為の作戦を。


窓の外を見ると、月が綺麗に出ていた。

吠えれば、いい考えは浮かぶだろうか。

いっそのこと、別の世界に行ければいいのに。




・・・翌日になった。


私は、いつも通り起きた。

机には紙とペンが無造作に置いてある。

その光景を見ても、意欲が湧かない。


今なら、机と一日中にらめっこをしていても、飽きないと思う。



特にやることも無い。

そう言えばと、ふとアリツカゲラが言ったことを思い出した。

私が脅かすせいで、怖がってここに泊まるフレンズが減った、と。


まあ、多少はこのロッジに風評被害を与えてるかもしれないが、

あくまでも良い作品を作る為だ。


ベッドに横になって、色々な事を考えた。

ずっと寝ているのは久しぶりだった。


私が次に意識を戻したのは、夜になってからだった。

キリンが私の部屋の椅子に座って、紙を持っていた。


「お目覚めですか?」


何か、大事なことを忘れてないかと私に問いかけるような声であった。


「ちょっと、疲れてね」


キリンのその姿をゆっくりと見つめた。


「先生、この漫画・・・・」


キリンが手に取って読んでいたのは、私の漫画の試作品だ。

個人的にはあまり満足はしていない。


「それは・・・」


「何か、先生の作品ですけど、何かが欠落している様な・・・」


言って欲しくない事を言われた。

私は、思いっ切り溜め息を吐く。


「君が言いたいのは、つまり質が落ちたって事だろう?」


キリンは紙を置き、黙ってこちらを見つめた。


「ちょっと先生に悪い事してしまいましたね。

何か手伝えることあったら、協力しますよ」


熱血刑事の取り調べにしびれを切らし、自供する犯人の様に

細々と声を出した。


「先生を、なんか縛り付けちゃってたみたいで・・・

アリツさんから言われたんですよ。ちょっとオオカミの怖い話で

客足が遠のき気味だから、控えめにしてほしいって。

私も、先生の後ろ盾したかったんですけどアリツさんがとても困っていた様だったので」


今までの経緯をキリンは話してくれた。


だけども、私はそんな話を聞き流していた。


「一つ、頼みたい事がある」


「何ですか?」


私はおもむろに立ち上がり、キリンの近くまで詰め寄る。


「ど、どうしたんですか?」


「君の、表情が欲しい」


「表情?」


キリンは困惑している様子であった。

私は、その様子を密かに楽しんでいた。


腕を優しく掴み、部屋の壁際に追いやる。

わざとらしく、舌をちらつかせる。


するとキリンは鼻で笑う


「先生って、ゴウヨクですね」


私はその言葉を聞き、一瞬キリンから顔を離す。


「・・・それはどういう意味だ?」


「この前、ここに来ていた博士に教えて貰ったんですよ。

欲が強い人の事をそう言うって」


「賢くなったな」


「先生の近くに、居れたからですよ」


微かに、キリンは微笑んだ。


「良い表情だ・・・。だけど、私が望んでいるのはそんな顔じゃない」


「どんな顔ですか?」


私は、口を少し開き、牙を光らせる。

キリンは私の事を信用している。ちょっとやそっとじゃ、驚かない。


「怖い話をしようか。特別な」


黙って、唾を飲む音が聞こえた。


「ある宿に、キリンのフレンズが居た。

キリンは同じ宿にいたオオカミのフレンズと仲が良かった。

だけど、オオカミは何時しか、キリンの行動に嫌悪したんだ。

そして願った。オオカミは、元のキリンに戻りますようにと。

結果、願いは叶った。キリンは他の人の頼みを聞いていただけだった。

それが原因でオオカミに悪い事をしたなと感じたキリンはお詫びに協力すると言ったんだ」


「それって、今の私たちみたいじゃないですか...。

それで、オチはどうなるんですか?」


キリンは微笑しながらそう言った。


「オオカミは、見たことのないようなリアクションが見たいと願った。

自分の為に。だから、傷つけてしまったんだ。キリンを」


そう言った瞬間、キリンの顔が真顔になった様に感じた。

私は落ち着いて、こう言い放った。


「フフッ、フィクションだよ」


キリンの心中では、何をおかしな妄想をしていたんだろう。

先生が私の事をそういう風に扱う事なんてしない。


顔の表情から、そう思ってる様に察せた。


そういう事を考えてると思うと想像したら、面白かった。


(今のところはね...)


きっと彼女も、唐突に私がシナリオを....と言ってもラストの〆を

変更するとは思っていないだろう。


キリンを抱きしめるような姿勢を取る。

その体から、温かさを感じた。

私はその温かさを踏みにじる様に、口を開けて、肩に噛みついた。


「...ウグッ!」


聞いた事のないような声をキリンが出した。

白い服が赤く滲む。


そっと口を離し、顔色を伺った。


まるで、裏切られた様な深い絶望と、

痛さを堪える我慢、その隙間から流れて出てしまう少量の涙

そして、愛。


様々な感情や思いが、その顔に現れていた。


私はここまで洞察出来た。ほんの一瞬で。


“先生は、ゴウヨクですね”


確かにその通りだ。

自分の為なら、欲しい物は必ず手に入れる。


「良い顔頂きました」

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