第2話
金色の刺繍を施した絨毯が床一面に広がる。周りには何十人もの男達がいた。共通する点として男達は皆、大柄で腰には剣をこしらえている。
その大部屋の端っこで、俺は一人壁に寄りかかる。服ごしにひやっとする感覚が伝わるのが分かった。ふと、壁を横目で見ると、大理石が光沢を放っていた。上級階級のたしなみが、包み隠すこと無く主張されている。図々しさを感じると同時に、そこにはどこか懐かしさがあった。当時の記憶が自然と思い起こされる。
ここに入ることはもう無いと思っていた。何を隠そう、俺は王宮の中にいるのだ。今から行われるのは第三皇女セオリアの指導者選抜である。筆記、実技、面接、という3つの項目があるらしく、最終的には皇女直々に決定するのだ。これから皇女の開会宣言が始まる。皆、待ち侘びた様子で前方に置かれた壇上を見つめていた。時計の針が10時を指したところで、気難しそうにしわを寄せた老人が口を開いた。
「えー、これからヤマト王国第三皇女、セオリア様の開会宣言を挙行致します。」
そう告げると、一人の女性が壇上へ上がった。彼女の持つマリーゴールドの髪が、王族であることを象徴している。肩にもかからないその髪は、彼女の整った顔立ちをより際立たせた。その姿がこの場にいる全員を釘付けにする。この女性こそが第三皇女セオリア様だ。彼女は壇上の中央で正面を向き、丁寧にお辞儀をする。
「私がヤマト王国第三皇女のセオリアです。この指導者選抜で皆様の活躍と、指導者として相応しい人が見つかることを心から期待しております。そして、この言葉を開会宣言と致します。」
淡々とした物言いで模範的な宣言を告げると、足早に去って言った。セオリア様が見えなくなるまで、誰一人もして目を離さない。皆が皆同じように目を動かしている。その場からいなくなってもなお、周りは彼女の余韻に浸っていて動く様子がない。くだらない、そう思って俺は一足先に、筆記試験の会場へと歩き始めた。
★
歴史は苦手だ。生まれてこの方、学校に通ったことは無く、ひたすら剣に没頭していた。そのため、本を読んだことは幼少の頃の絵本以外なく、他人の口伝えで聴いたことのある程度だ。例え、一般常識の問題でも答えられるはずが無い。この国の創立年、最初の国王の名前、初めて起こった戦争の名前及びその年。今時の初等学生でも解けそうな問題を全て白紙のまま、次の問題に移る。今のところ書いているのは、ナナから教えて貰ったカナ文字で書いた不格好な名前と勘で書いた選択問題だけだ。問題を一通り見たら、終了の知らせが告げられ、解答用紙を回収された。回収していた試験官は俺の解答用紙を見るなり、蔑む様な目で見られた。
数学は苦手だ。人生に置いて足し算引き算以外使ったことがないし、何より少し前までナナが全てやってくれていた。もちろん、そんな問題なんか筆記試験に出るはずもなく、正真正銘の白紙答案を提出することになった。同じ試験官に鼻で笑われたのは言うまでもない。
国語は嫌いだ。本を読まない俺には人の気持ちなど分かるはずもない。今回出題されたのは、俗に言う恋愛小説である。人生で、女性と深く関わったのはナナが初めてで、一番年月も長い。その時の生活を思い出しながら解答を進めていく。ある程度は埋まった。しかし、またも同じ試験官が回収する時、小声で「うわ、こいつマジかよ。」と呟かれた。どうしてかはこれっぽっちも分からない。
不安10割、期待が永遠0から始まった俺は落胆せざるを得ない。周りではちらほらと「結構簡単だったな。」とか、「やべ、あそこミスったわ。」とか聴こえてくる。
止めろ、こちとらほとんど白紙で提出してるんだよ!無茶苦茶、惨めになるじゃねーか!!と口にはしないものの、本音が心の中で濁流のように押し寄せる。ここで開き直るほどのポジティブ精神は持っておらず、半ば項垂れながら指定された次の試験会場へと移動した。
筆記試験──総合得点10/300点 87人中87位
★
剣が軽い。
二年近く振るっていない剣の感触を確かめ、密かにそう感じた。少し剣を振ってみると、直ぐに感覚を取り戻した。頭では忘れていても、条件反射のごとく体が勝手に動く。何万回と振り続けた剣はそう簡単に錆びることはなかった。ひとたび剣を振るえば、俺はあの時と変わらない一人の剣士だ。天才と呼ばれたことはないし、それほど凄腕だった訳でもない。むしろ、剣士の中では異端と呼ばれ、中には毛嫌いするものもいたそうだ。
しかし、努力と剣を振るう喜びが俺をここまで導いてくれた。やっぱり、俺はただの剣バカだな、とリョウにかつて言われたことを思い出す。まさにその通りだった。
そんな中、実技試験は始まった。ルールは剣のみを使ったサシの模擬試合。対戦相手は各自で勝手に決めて、試合を行うらしい。5回勝負して、その勝ち数で成績を決めるといったものだ。また、勝利条件は相手が降参すること、気絶させること、首筋に剣を当てることだ。もちろん、殺しなどは反則である。
ルールを告げられた後、とりあえず相手を決めなきゃなぁと歩き始める。すると、一人の男が俺に近づいてきた。
「おい、そこのお前、俺と試合しろ。」
二メートルもある、体格のよい大男は俺を見下ろしながら言った。周りからは「アイツ見ろよ。」、「うわぁ、可哀想に。」、「まさにガキと大人の勝負じゃねーか」と同情の声が聴こえてくる。同情するなら助けてくれないかなぁ、と思うも現状を打開してくれる者はいない。世の中は非情であるようだ。
「いいけどさぁ、もうちょい相手を選ぼうぜ。」
「うるせぇ、そんな華奢な体で剣を振るうお前が悪い。さっさと剣を構えろ、チビ。」
俺を見下げる視線で、男は既に勝ち誇ったかのように嘲笑う。
──ムカチン
聞こえるはずもないオノマトペが脳内に響き渡る。腸が煮えくり返るような気持ちだった。今の俺の顔は恐らく鬼の形相と化していたことだろう。あいつは言ってはいけないことを言ってしまったのだ。少しばかり灸を据えてやらなければならない。
俺は鞘に収めていた剣を抜き、相手と目を合わせた。
「てめぇには一回言葉使いっつーものを教えてなきゃならないようだな。」
その言葉と同時に、俺と大男は剣を構えた。試合開始の合図はない。剣を構えた直後が、剣士にとっての戦いの合図なのだ。
先に動いたのは大男だ。上段の構えから、俺に向けて体格相応の大剣を振り下ろす。力で対抗すれば確実に負ける。そんなことは言わずもがなである。俺は男の大剣の軌道上に自らの剣を微かに添えた。
「……っ!!」
男の剣は直線的だった軌道から、急に角度を変える。力強く振り下ろされた大剣は、俺に当たることなく地面へとめり込まれた。男はこれまでの余裕そうな顔から一変、苦虫を噛んだような顔へと変貌した。
「どうした?さぁ、続きを始めようか。」
「このガキィ、マグレでいい気になるなぁぁ!!」
男は大剣を力技で振るい続ける。俺は、その直線的な軌道に合わせて、剣を添えるだけだ。試合は依然、勝敗のつかない均衡状態。しかし、差は歴然だった。
「クソガキィがぁ!これで終わりだぁぁ!!」
焦り、疲れ、苛立ち、もどかしさ、それぞれが一つのほころびとなって、その剣が振るわれる。この、ほんの僅かな隙が生まれる瞬間を待っていた。
俺は相手の剣を見切って躱し、剣を首元へと添えた。あの頃から衰えていないその一閃は、勝敗を決めるには十分過ぎた。
「だから言っただろう。もうちょい相手を選ぼうぜって。」
実技試験──5戦5勝 87人中1位
★
「おい、あれ見ろよ。」
「またかよ、これで丁度30人目か。なんであの部屋から出てくる奴はみんなげっそりして帰ってくるんだ?」
「さぁな、面接という名の拷問でもしてたんじゃね。」
「事実だったら笑えねぇぞ……」
面接試験では皇女と大臣の二人が質疑応答を繰り返す単純なものだ。しかし、一筋縄で行くはずもなく、その部屋から出てくる人は魂を抜かれたような目で帰ってくる。中で一体全体なにが起っているというのか。まだ面接を受けていない者に不安が募っているのは言うまでもない。この時点で、リタイアした者もいた。
「次の方どうぞ。」
大臣は抜け殻と化した一人が出ていくのを見届けると、次の人が来るように促した。
この面接では特に誰が行くとかは決まっていない。流石に連続30人近くがグロッキー状態になる姿を見て、行きたがるものはいなかった。お前が行けよと、周りの視線の会話が続いている。どうでもいいから、早く誰か行けよ。俺?俺は最後に入るって決めているから。
そんなことを考え、とりあえず待機場所の隅に移動しようとした瞬間、ポンッと後ろから前に押された。そして、その勢いで大臣の目の前に飛び出した。
「痛っ!」
「お、次は君かね?黒髪の青年よ、入った入った。」
「いや俺は……いだだだだっ!!分かった、分かったからそんな引っ張るなよ!」
後方を見ると先程の大男がこちらを見て笑っている。うわ、アイツ俺を生贄にしやがったな!大臣に引きずられながら、大男を睨むのが俺の出来る唯一のことだった。
「君はそこに座りたまえ。」
「はぁ…」
「次は貴方ね。」
大臣の言うがまま、部屋の中央に置かれた1脚の椅子に腰をかけた。平民が使うのとは違ってふかふかだ。さすが、貴族御用達。しかしそんな感覚を堪能する暇もあまりなく、マリーゴールドの女性が俺に声を掛けた。大臣は俺を残して、入ってきたものとは別の扉から出ていく。え、これって一対一でやる面接なの?皇女様とサシなの?聞いてないよ!?
「まずは自己紹介からかな。私はセオリア。以後お見知りおきを。」
「そりゃ知ってるさ。俺はハバキリ・アマノ、よろしく。」
「えぇ、よろしく。」
俺の言葉にセオリアは柔らかい笑みを浮かべた。開会宣言の時とは違った雰囲気で、どちらかと言うと優しそうな人だ。だからこそ、あのグロッキー状態の人々が引っかかる。気付かれない程度に警戒網を張り巡らせながら、俺は会話を続けた。志望動機に、自己アピール、経歴などのよくある質問をよくある模範的な解答で返していく。
傍から見れば実につまらないやり取りだ。だが、俺たちの観点からは違っていた。模範的な質疑応答の中に、お互いの探り合いをしている。目線のみでの見えない取り引きがなされているのだ。
面接の時間にも限りがある。このまま、上手く切り抜けようと思ったところで、彼女は勝敗を仕掛けてきた。
「そろそろいいかな。」
「なんのことだ?」
「こっちの話よ。さて、次で最後の質問です。」
そう言いながらも、セオリアは片手にファルシオンという比較的大きい刀剣を持ち、立ち上がった。反射的に、俺は腰にかけた自らの剣に手を添える。いつでも剣を抜ける体勢だ。やるか?そんな考えが脳裏に過ぎるが、ふと笑顔を向けた彼女に敵意はないと感じ、構えを緩めた。
その刹那、セオリアの剣が俺の目先まで迫っていた。あまりの速さに仰け反りながらも、辛うじて相手の剣に自分の剣を掠らせた。若干の軌道が変わり、難は逃れる。少し気を抜いていたとは言えど、その剣は圧倒的な速さを誇っていた。ほんの一瞬の太刀筋を受けただけで剣が欠けている。未だに手がビリビリしている。
こいつ、強い。
男だとか、女だとか、そんなことは関係なく彼女は強い。剣も、意志も、決意も、そして一生これと人生を歩んでいくという覚悟も…
これまでにたくさんの剣を交えたからこそ分かる。彼女は間違いなく天才ではない。1日に何百、何千回と剣を振り続けてこの境地に辿り着いたんだ。何が独学で限界を感じた、だ。むしろ、このまま独学を貫いた方がいいに決まっている。もし、指導者を付けたら矯正されるに違いない。俺には分かる。ベクトルは違うが、こいつは俺と同じ『異端の剣』を極めて来た。この努力の結晶を埋めるにはあまりにももったいなさ過ぎる。
「この剣を見て、あなたは、ハバキリ・アマノは、何を思いますか?」
「俺には到底、理解出来ない。」
「どういう事ですか?」
「全部、納得いかないんだよ。なんでこんな指導者選抜を行ったのか、その剣に限界があると感じたのか、何より、どうして今までの努力を棒に振ろうとしているのかがなぁ!」
「それがあなたの答えね。」
「あぁ……」
「分かったわ、もう結構よ。試験はこれで終了。下がって頂戴。」
彼女の言い放ったその言葉に、俺はなす術なく従うしか無かった。最後の彼女の言葉は、今までのどの言葉よりも冷たく突き刺さった。
面接試験──『』87人中?位
以上で、指導者選抜の全過程が終了し、4時間にも渡る競技の末、指導者が選ばれた。
指導者選抜の結果、合格者──
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