時給980円のエースパイロット
@junkyo
第1話
巨人機の持つ刃の切っ先が立ち上る黒煙を分断する。
16メートルの高さにある両目が戦場をにらむ。遮蔽物の少ないこの荒野でこの巨人の目から逃れることはできない。最新のテクノロジーのなせる技か、この巨大な人型機械は極めて人間的にスムースに動き、次なる攻撃に備えた。
その巨人の装甲に火花が走る。最初に一筋、続いて三筋。M42機関銃の掃射だ。しかしそんな攻撃が通用しないことは、この巨人の乗り手も攻撃した射手も知っている。続いて本筋の攻撃が飛んでくる。丘の向こうから高速で駆け抜けてきた戦車がまるでモトクロスバイクのようにジャンプしその最高到達点で主砲を発射する。10両のティーガー戦車の獲物の巨人に向かって殺到してくる。
巨人機の内部、その胴体中央部に格納されたコックピットの中。興奮と冷静がドロドロに混じり合った状態の操縦者が迫りくる砲弾に対して、1秒以下の時間の戦いをしていた。
飛翔する砲弾を避け。避け。装甲で弾き、盾で受け。最小のダメージで抑え、次なる1秒に備え予測する。
高速で迫ってくるティーガー戦車は次弾装填のヒマを埋めるかのように機銃を掃射し、戦場に無意味な音を量産する。
巨人機の操縦者「タガメ」もその無駄撃ちする気持ちはわかる。ボタンをクリックする指が震えるのだ。興奮した指の痙攣が抑えられない。しかし今、彼が乗っている巨人機「ボーステン2」の操作においてそのような余分なクリックは死を意味する。必死に自分の肉体を制御し、その肉体でこの機体を制御する。
ティーガー戦車はボーステンを取り囲むように分散する。旧世代兵器ティーガー1。しかしその装甲も兵装も遥かにアップデートされている。そしてその表面には目や牙、文様、様々な目立つペイントがされている。ほぼ痛戦車といっていい有様だ。その痛い戦車群が、クジラを襲うシャチのような群れの動きで巨人を取り囲み攻撃を仕掛けてくる。
「大型人型兵器なんてロマンしかない」
「縦に長くていい的だ」
そんな言葉を聞きながらも乗ってきた。とにかくアジア系プレイヤーには「ロボット」は人気だった。しかしそれは戦車と戦闘機、「リアル」たちの蹂躙に耐える戦いだった。
西洋の実利主義者たちはあざ笑いながら彼らの夢に砲弾と爆弾を浴びせ続けた。
敵を知るためという理由で戦車に乗った時、そのあまりの簡単さに驚愕したものだ。
「狙って撃つ」
そのシンプルな行為に特化した機械の凄さ。移動と射撃の二系統だけに注意を払えばいいのだ。それに対して人形兵器の煩雑さは人間の操作限度を超えていた。銃、剣、ビーム兵器、ミサイル、手榴弾、カッター、ブーメラン。あらゆる兵器が揃い、そして手足、ヒジ、ヒザ、頭、ケツに至るまでを質量兵器化できる代償として、操縦者の手足4つのデバイスにアクション操作のための大量のスイッチが並び、その複数同時押しが前提の操作。初心者がチュートリアルで放棄するほどの操作難易度。
そういった苦難を乗り越えた強者、猛者、頭のおかしい奴らのみが、今この戦場でこの巨人機に乗って戦っているのだ。
足首を狙った砲弾を、とっさの操作で地面に突き立てた盾で防ぐ。まず巨人の足を不能にしてから狩る。巨人狩りの基本だ。
操縦者「タガメ」は自らの不利な状況を確認する。そしてモニター上の時計を確認し、自分の立っている場所の上空にある旗の色も確認する。
「時間:23時56分」
「旗の色:青(自軍)」
「まだ自軍領地キープ、確定まであと4分…相手は最後のチャンスに賭けた総攻撃ってとこか」
彼のつぶやきに答えるものはいない。すでに味方の僚機は撃破され、そこかしこに大破した姿を晒している。撃破された味方には再出撃まで待ち時間があり、彼のこのピンチを救う援軍はない。
この領地に攻め込み旗の色を自軍色に染めたまでは良かったが、その後2時間、敵軍の猛烈な反撃にあって、次々と味方が削れていった。
「マスモウがとっととやられちまうから…」
修理用装備を持っていた味方がやられたのが痛かった。奴が残っていれば自軍団をもう少しキープできていたはずである。
突き刺した盾で地面をえぐり、地表を弾き飛ばす。巨大な岩石が走行中のティーガーの横っ腹にぶち当たり、横転大破させる。
砲弾によってできた破片ででも、このゲームのプレイヤーは死ぬのだ。そのゲームエンジンのリアリティーを利用して敵を倒す。この世界を自由にいじれる楽しみがあるから、人形兵器に乗っているのだ。地面を蹴ってジャンプする。空中回転する巨人、その下を獲物を見失った砲弾たちが無意味にクロスを描く。空中から戦車のもっとも柔らかい上面に巨人の前腕に仕込まれた機銃を撃ち込む。
半壊し火だるまになった戦車がそのままの勢いで走り続け、やがて爆散する。
巨大な人形兵器で戦車と戦うのは、人間が走り回る小型犬と戦うようなものだ。ただしこの小型犬は人間程度に賢く、人間程度には残忍だ。さらにこの小型犬の放つ砲弾は巨人機といえど致命傷を受ける。
見えない背後に周りこみ、予測されないようにジグザグに走り、砲撃を繰り返し巨人の動きを押さえ込む。
巨人機は残弾の少なくなっていたライフル銃を投げ捨てる。それは遠目には人間が行う普通の行為に見えたが、結果は走行中の戦車の眼前に巨大なライフル型の障壁が生まれることになった。そのライフルに激突した戦車が行動不能状態になるほどのクラッシュを起こす。
続いて巨人が足払いをして二両の戦車が同時に空高く舞い上がった。二両の戦車は地面にぶつかった瞬間に砲塔も車体もバラバラになり、どちらがどちらのパーツなのかもわからなくなった。
矢継ぎ早に4両の戦車が食われた。優位性の天秤が大きく巨人に傾く。
二両が意を決したかのように息を合わせて巨人の背後に向かって突進する。
しかし巨人のテリトリーに入った瞬間に戦車の通過しようとした地面が火を吹き、車両は破片へと解体されながら空に打ち上げられた。
先ほどからのアクションの最中に巨人は対戦車用の地雷をいくつもばらまいていたのだ。
「地雷に当たってくれたか。ラッキー」
幸運は重要なファクターだ。特に単騎で複数を相手にしなければならないようなこんな状況では。
ティーガー戦車軍団はすでに半数以上を失い、残った4両では包囲網を築けなくなっていた。
巨人が包囲網の穴から抜け出す。それを追跡しようとして戦車の動きが直線的になる。その移動予測地点に巨人は前腕の機銃で弾をバラ撒く。その弾の着弾点にゴールした戦車2両が、立て続けに地面に伸びる破片と火柱と化す。
残り2両。
巨人は腰につけた蛮刀を抜く。追い込まれた恨みを返すかのように、今度は巨人が戦車に突撃を開始する。発射された戦車砲は避けるまでもなく当たらない。仲間の殆どを失い、怖気づいた戦車の砲弾などが当たるはずもない。
高速で奔る巨人と高速で走る戦車が交差する。すれ違いざまに縦と斜めに両断されたティーガー戦車2両は、その最後の走行を空中で果たした後に複数の地点に散らばって果てた。
すべての車両を倒した瞬間、操縦者「タガメ」は時計を確認する。
「23時59分」
勝利を確信する。このエリアの取得をなしたのだ。
「ザ・ウォー」の一部分を自分が作り上げた。そう思った瞬間、耳に音が届いた。
空中高くから聞こえる叫び声。落下してくる悲鳴音。
「スツーカか!」
第二次大戦のドイツの急降下爆撃機。
空高くから舞い降りて精密爆撃を行う。その際、恐怖の演出として鳴らされるサイレン。
そのサイレンとともに二機のスツーカが最後の攻撃を仕掛けてきた。
その爆撃機の腹に備えられたのは大戦時の爆弾程度ではない。バンカーバスターだ。
高速落下で加速された地中貫通爆弾が巨鳥の腹から放たれる。
武装を使い切った巨人「ボーステン2」に迎撃する余力はなかった。とっさに左腕の盾で空中からの攻撃を防ごうとしたが、加速された地中貫通爆弾は、そんなものは無いかのごとく盾もろとも左腕を貫通し、左足も大破させ地面に潜り込んだ。
一瞬で左半身が消滅した。
続く二発目は頭頂部をかすり、頭部がまるごと吹き飛んだ。
地面に潜り込んだ二発の爆弾は地面深く潜り込み、遅れて爆裂した。
巨人の周囲の地面が風船のように膨らみ、片足を失った巨人は地面のなすがままに揺らされた。そしてその地面が無数にひび割れ、地中奥底で起こった爆発の本体を地表全域に現した。地盤もろともに吹き飛ばすバンカーバスターの威力。すでに大破といっていい状態であった巨人機「ボーステン2」は爆炎の中で、その兵器としての生涯を終えようとしていた。コックピット内で赤く燃えるモニターに映る時計が0時を超えているのを確認した時、パイロット「タガメ」は満足の中で爆炎に包まれた。
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