廃墟をめぐる日々
不老不死から1000年後。
男、1020歳。
イエローストーン大噴火が起きてから600年。
男はまだ世界を旅していた。
ただ以前とは旅の目的が違っていた。すでに人類が絶滅し、生き残っている人間が一人もいないことはわかっていた。
男は廃墟めぐりをしていた。それは趣味のような感じだった。
なんとなく「人間」の形跡に触れていたかったのだ。
イエローストーンの噴火以来、男は懸命に働き、人々を救おうとした。その時の熱い感情をまだ忘れてはいなかった。
人に触れることの喜び、それが男の人生に生きがいをもたらすものだった。だから男は、まだ「人」を求めていたのだった。
ただあれから長い年月が過ぎてしまったために、以前人間が建てた建造物等はひどく朽ちてしまっていた。
金属は錆びつき、コンクリートは割れており、高層ビルを含め、木造の家屋も大半が倒壊していた。
道路もボコボコになってしまっており、地割れがひどく、高架の高速道路は支柱が崩壊、倒壊していた。
トンネルはほとんど崩れて入ることができなかった。
実際、そこに建造物があったのかどうかわからないことが多かった。
人々が住んでいた市街地も、そこら中から草木が生えてきており、自然と一体化しつつあった。
男はこれらの建造物を見て、長い間感慨にふけっていた。
これらを見て、もしかしたらまだどこかに生き残りの人間がいるかもしれない……そういう衝動に駆られ、ある時には必死で人がいないか探して回ってみたが、結局はどこに行っても失望する結果となった。
ひどい孤独だった。強い喪失感を感じた。
もはや人類は一人も生き残りがいないであろう。生き残りは自分一人だけ。
このとき男は初めて、この先どうなるのかという強い不安を感じることになった。
今までも人里から離れて生活することはあったが、それでも「どこかに人が住んでいて」という安心感のようなものがあった。
しかし今は、それがない。この地球で、人間は自分一人しかいない。
空が暗かった。イエローストーンの噴火はいまだに続いてはいたが、600年前よりはかなり治まっていた。
男が廃墟めぐりをしているとき、偶然だが以前は図書館として使われていた建物に行き着いた。
図書館は厳密な保存のための配慮がなされていた。そのおかげで、まだ読むことのできる本が残っていた。
男は喜んだ!ここにきてまだ人間たちの残した「文章」を読める日が来るとは!
男はむさぼるように本を読んだ。寝食を忘れ、ずっと本を読み続けた。
わからない外国語の本もたくさんあった。だが男はそれも調べ、訳して読んだ。勉強する時間は無限にあるのだ。
本を読むのは楽しかった。男の生活はやがて、この図書館を起点にすることになる。
暇があれば図書館で本を読み、たまに外へ出て、また戻ってくる。そんな生活を飽きることなく繰り返した。
しかしある時、ある本を読んで男は深く考えるようになる。
それは……「宇宙の終わり」というタイトルだった。
この本には科学的に、当時考えうる「宇宙の終焉」を予測した内容だった。
もちろん当時の技術で、正確に宇宙の未来を予測できるわけではない。しかし可能な限りの技術で天体観測を行い、そこから数式などを使って導かれた「宇宙の未来」が描かれていた。
「この宇宙からはいずれすべての物質が消え失せ、その後は光も音もない、絶対零度の空間が永久に続くであろう」
男は最初、この意味が分からなかった。男は、宇宙空間が真っ暗で、ふつうの人間が宇宙服なしに宇宙空間に放り出されれば即死する、ということくらいしか知らなかった。
この言葉の意味はどういうことだろう?
光も音もない絶対零度の空間が永久に続く、とは?
物質がない、光が一切ないということは、何も見えないのか?
絶対零度の宇宙空間で何も見えないとはどういうことか?
しかもそれが永久に続くとは?
「永久」とは何?
ふと気が付いたこと。自分の寿命は永遠である。
まさか?その宇宙の終焉の現場に自分が居合わせるなどということは?
一瞬、男はおぞましい絶望的未来を想像した。だが……
さすがにそれはないだろう。いくら不老不死といえど、宇宙空間に放り出されてただですむわけがない。
それにこの本によれば、宇宙の終焉が起こるのは途方もない先の話である。それは何億年とかそんな次元でなく、もっともっと、天文学的な単位の年月の話なのだ。
考えるだけ時間の無駄だ。そもそも普通の人間とて、寿命が数十年しかないというのに、何億年も先のことを心配して生きている人間などいるわけがない。
そんなことよりも目先の心配、いい仕事がないかとか、いい女がいないかとか、そんなことを考えるものだ。
男は外へ出た。空、山、大地、海……そして自分の肉体。
今ここに、生きている自分がいる。
もし仮に、今からはるか未来、この本にあるような恐ろしい宇宙の終焉がやってきたとしても、だ。
いつもそのことばかり不安に思いながら生きている人間などいるか?
普通の人間にしても、生まれてからずっと死ぬ直前のことばかり考えている者がいるか?
そんなことを考えて神経を擦り減らせてばかりいては、楽しい「今」が台無しになってしまうではないか。
はるか先の不安を想像するなど、実にばかげていることは明らかだ。
だから男はそれ以上、このことについては考えないことにした。
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