人類の死滅・種として孤立する不老不死の男
不老不死から400年後。
男、420歳。
男が不老不死になってから400年が過ぎた。400年といえば4世紀である。
現在から400年前といえば、日本でいえば関ヶ原の戦いや大阪の陣などの戦争が起き、ちょうど戦国時代が終了、江戸時代が始まったくらいのところだ。それくらいの時間が過ぎた。
男は変わらず山の中で過ごしていた。
人間社会のことは全くわからなかったが、人間が男の住んでいる山中にまで市街地開発をするというようなことはなかった。
だから男の生活は、以前と何も変わっていなかった。
ただ以前よりも何もしない時間が増えていた。
もし不老不死でなければ、毎日狩りをしたり釣りをしたり、木の実の採集などでずっと忙しい日々を過ごしていただろう。
男の時間の感覚もかなりあいまいになってきており、400年という数字の自覚はなく、ただ「ずいぶん長い時間がたった」というくらいにしか感じていなかった。
男はすでに、人間の世界のことは忘れてしまっていた。
だがここで突然、非常に重大な事件が起きた。
ある日から数日間かけて、空が徐々に暗くなってきた。
そしてその後もずっと空が暗いままだった。
男には何が起きたのかわからなかったが、実は北アメリカのイエローストーン火山の噴火が起きていたのだった。
イエローストーンとは?
アメリカ合衆国のアイダホ州、モンタナ州、ワイオミング州に位置する巨大な国立公園。
公園自体は約9000平方キロメートル(鹿児島県と同じくらい)
観光地として有名であり、年間で400万人以上の観光客が訪れる。
このイエローストーン地区は火山地帯であり、そのおかげで温泉などで賑わっているのだが、もしこの火山が噴火すると大変なことになると予想されている。
ある大学の研究によれば、もしイエローストーン火山が激しい噴火を起こした場合、北アメリカ大陸のほとんどの人が火山灰による窒息で死亡すると考えられている。
火山灰が上空に飛散、日光を遮ることで地球の平均気温が10度近く下がり、地球は氷河期の再来に迫られることになる。
これによって人類の絶滅というのも十分考えうる。
地球歴史上、生物が絶滅しかかったことは何度かあったが(大量絶滅)、その中でも火山の噴火によるものは、実は数が多い。
直近で有名なものは、約7万年前に起きたインドネシアのスマトラ島にあるトバ火山による大噴火で、これによって人類の9割が絶滅したといわれている。その時生き残った1割が我々の祖先ということになる。
空が暗くなったのはこれが原因だった。
噴火は何年も続いた。男は知らなかったが、実はこの時点で地球上の人類の7割が死亡していた。
長らく人間の世界に執着がなくなっていた男だが、ある時ふと人間たちのいる街へ行ってみると、そこはまるで原始時代のようであった。
男は驚いた。建物は火山灰のために汚れ、まるで戦争でも起きて、空爆でも受けたかのようだった。ボロボロの廃墟の中で人々は暮らしていた。
その中でも人々は懸命に生きていたが、日ごとに死者は増えるばかりだった。
死因はいろいろだった。たとえば火山灰によるものでは、ほとんどは窒息死や中皮腫(肺の病気)であった。
小さな無数の火山灰が肺に入り、日を追って肺活量が下がっていく。そのうち肺に酸素が供給できなくなって死亡する。
真っ先に死んでいったのは当然、小さな子供と高齢者たちだった。しかし健康な大人であっても、時間を追うごとに肺に火山灰が蓄積していくため、いずれは死ぬのだった。
また火山灰の影響で食料の供給が非常に困難になっていた。田も畑も火山灰をかぶってしまい、世界全体で食料の供給量が激減していた。
自給自足できる地方ではまだマシだったが、特に先進国の都市部では餓死者が大量に出た。食料をめぐって強盗殺人も大量に起き、もはや取り締まれる数ではなく、無法地帯と化していた。
経済も大混乱を起こし、もはや経済として成立しなくなっていた。
現代でも内紛やテロが続いて経済が混乱、治安も機能していないような国があるが、世界中がこのような状態になったと考えると想像しやすいだろう。
地域のインフラも壊滅的であり、電力網や経済の混乱により、ガスや水道もまともに使えなくなった。
ゼロから火を起こす方法も知らない現代人は、事実上到来した氷河期の寒さに耐えきれずに凍死する者もかなりいた。
水の調達も難しく、都市部では水不足によりやはり大量の死者が出た。
これほど死者が出ているにもかかわらず、いや死者が大量に出ているからこそ、葬式をする余裕もなく、あちこちに死体が放り出されたままだった。
彼らは身内の死を悲しんでいる暇もなかった。悲しんでいる間に自分も死んでしまうくらいの早さで人は死んでいくのだった。
イエローストーンの大噴火以来、地球の人口はずっと減り続けていた。
男は無造作に放り出されている人々の死体の山を見て、実に数百年ぶりに、激しく感情を揺さぶられた。
非常に懐かしい感覚だった。ずっと昔に人間社会にいたころの感情がよみがえってきた。
男はまるで生き返ったかのようだった。奇妙なことに、男は今非常に元気に見え、はつらつとしていた。
男は地域復興のため、実に340年ぶりにボランティアという形で働き始めた。
男は言葉で言い表しようのない強い感情、「生きがい」というものを感じていた。
自分の働きによって命を救われる人がいる。この数百年、感じたことのない熱い感情が、男に生きる力をもたらした。
しかしその働きもむなしく、全体で見れば微々たる効果にとどまっていた。
男は理解した。自分がいくら働いても、人々の寿命が少し、せいぜい数週間程度伸びるくらいのもので、いずれは皆死んでいくのだった。
社会のあまりの大混乱はもはや止めようがなかった。それは地球規模で起こっていたため、男やその他ボランティアの人々が努力したところで、あまりに効果が小さすぎた。
噴火は治まる気配がなかった。火山灰で空は昼間でも非常に暗く、さえぎられた日光のために地球の気温はさらに低下、真夏でも真冬のように寒かった。
さらに火山灰は熱を持ったまま噴出される。この熱によって地球全体の二酸化炭素が激増し、酸素濃度が低下した。
これも人類に大打撃を与えた。窒息による死者がさらに増える原因となった。
男は超人的に働いた。町から町へと移り、24時間365日、少しも休むことなく働いた。
時には病人の枕もとで夜通し看病し、またある時は体を張って子供を強盗から守ったりもした。
人々のため、あらゆる力を尽くした。亡くなる人々のために、数えきれないくらい泣いた。
しかしどこへ行っても、結局最後にはその町の人々は皆死んでしまうのだった。
どこへ行っても生き残れる人がいない。やがて男はむなしさを感じるようになってきた。
数十年、男は町から町へと旅をし、ボランティアを続けて人々を救おうとした。だが結果は同じであった。
男がボランティアを始めてから50年。
ついに人類が絶滅した。
男はまだ生きている人間がいるに違いないと、あらゆる場所を旅してまわった。だがどこにも生き残りはいなかった。
氷河期の到来により、日本とユーラシア大陸の間の海が凍りつき、歩いて渡れるようになった。
男は生き残った人を探し、日本から中国へ渡った。だがやはり、そこにも人間は誰もいなかった。
これ以降、男は生き残った人間を探すため、世界中を旅することになる。
長い年月をかけ、男は世界中を旅してまわった。山を越え海を越え、無限の時間を利用してあらゆる大陸を探して回った。
だがどこにも生き残りはいなかった。
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