ぼくらの世界、ここにあり
ノスケ
第1話 火の神の話
火の神は変わらずにそこにあった。
久しぶりの、まばゆい光に目を細めた。じりじりと肌を焼く熱を感じて、少したじろぐ。これでまた、皮膚が変色していくだろうが、どうせ誰にも気づかれはしない。体内の魔素を巡らせれば、回復は容易であったが、彼はそうしなかった。火の神に刻まれた火傷を残していたかったのだ。
ゆっくりと、白い霧の上を歩きながら、彼はまた考えていた。
ここはどこなのだろう?
彼の世界には光はなかった。大気に満ちた魔素のおかげで、ヒトビトは目を開けなくともすべてを理解していた。魔素を操ることですべてを作り、成し、癒すことができた。だからヒトビトは満足しきっていたし、何も必要としてはいなかった。
彼以外は。
彼は生まれた時から、ヒトビトとは違っていた。もっと知りたかったし、どこかへ行きたかった。
そしてついに、ここ、世界の果てにたどり着いた。
長年の探求が為されたというのに、思ったほどの達成感はなかった。彼が火の神と名付けた巨大な炎の塊は、ただそこにあって、生まれて初めて彼の眼を開けさせただけだったし、あとはべらぼうに続く白い霧のような地があるだけだった。このそっけないともいえる発見を、彼は自分の世界に持ち帰ったが、ヒトビトは興味を示さないようだった。
神という概念はすでにおぼろげで、山や海といった言葉と同じくらいの意味になっていたせいだろうか。
もっと先があるのだろうか?果てのさらに果てが?
尽きることのない衝動に突き動かされて、彼はまたこの場所を訪れた。だだやみくもに歩き回り、あたりを見渡すためだけに。息が詰まるほどの濃密な魔素のおかげで疲れは知らなかった。
しかし、何も変わらない風景に失望を感じ始めた時。
突然、足元が霧散した。
見えない力に体ごと引きずりおろされそうになり、とっさに周りの魔素を固定して、抗う。しかし、嵐のように襲ってきた圧力が、身体をつかみ。
落ちる。
落ちる?ここは・・・上だったのか?
一瞬、疑問が頭をかすめ。
次の瞬間には、彼は闇の中を落ちていた。
見たこともない高さを、とんでもない速度で落ちていく。遠い足元には無数の小さな光があった。何が何だかわからない。苦しいほどの風が、バタバタと耳元をかすめていく。
飛ばなくては。
いつものように近くの魔素を手繰り寄せ、身体を固定すればいい、と思ったが、驚愕した。魔素がひどく少ない。
彼にとって、死は遠いものだった。それが今猛烈な速度で迫ってきていた。
生まれて初めて、彼は恐怖という感情を知った。
とにかく手当たり次第魔素を掻き集め、引力を相殺するしかない。
その時、右足に激痛が走った。
見れば、真っ黒に濡れたような毛のケモノが、足にぶら下がっていた。そこだけ光を放つ牙が、肉に食い込んでいる。
さらに混乱した。
こいつは一緒に落ちてきたのか?
突然恐怖と嫌悪がこみ上げてきて、とっさに自分の中から魔素を絞り出し、右足から放出した。ケモノは呻きもせず、後方の闇に消えていった。
しかし、灰色に鈍く光る地面が目の前に迫り、彼は無様にバランスを崩しながら、浮き上がったかと思えば、滑るように落ち込んでいく。
全身を打ちつけ、気を失う寸前に、緑の光る怪物を見た気がした。
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