15:瞬間聖女
……ちっ、耐えしのいだか。というのが、事の一部始終を覗き見ていたフランの感想だった。それもたかが匹夫のラスタが、ではない。あの悪漢たるジルが、である。
まさか犯しすらせずに解放するとは。興醒めどころか、どこか身体の調子でも悪いのではと不安に駆られるフラン。なにせ鎧っ娘には豹変し襲いかかり、オナホールでも扱うかのように精を吐いて捨てるジルの事だ。それが既の所で理性を取り戻し、言うに事欠いて逃げろなどとは。
かくてゆらりと影から姿を現すフランの眼前で、ジルは脂汗を垂らしながら慄いている。まったく元帥閣下ともあろう者が情けない。フランはあからさまな溜息を吐きながら、縮こまった哀れな主君に声をかける。
「どうしましたか? ジル。体調がすぐれないようですが」
青ざめた表情でフランを見上げるジルは、幾分かの怨嗟を滲ませて答える。
「すぐれないだと……? アレは、アレはお前の差し金では無いのか。あの鎧は、お前の――」
ただ答えを最後まで聞くことなく、ええそうですとフランは返し、悪戯げに笑ってみせる。
「あの娘が、戦いたいと申しましたので、その為の道具を渡しただけの事です。それに欲情するもしないも、犯すも嬲るも膣内射精も、全ては盛って汚れきったマーシャ次第なんじゃあ、ないですか?」
それはそうだ。そもそもショートカットの鎧っ娘に股ぐらをそそり立たせるジルこそが異端にして異常。――無論、抑制が効かなくなるよう仕向けたのも自分自身ではあるのだが……しかしてジルが焦燥しているのを良い事に、ここぞとばかりにフランは責める。
「それを何ですか? 訓練の最中に突然襲いだして。……可哀想に、可愛らしいラスタ・オルフェは、泣き腫らしながら駆けていきましたよ」
堪らないなあ……この人を虐めるのは。愉悦に浸りながら椅子に腰掛け、足を組んで下着を見せつけるフランに、けれど見もせずに俯いたままのジルが呟く。
「――ったんだ」
腹ただしくも聞き取れないフランは、見られていない事を承知の上で、敢えて大袈裟に聞き耳を立てる。
「言ったんだ。彼女は、ラスタ・オルフェは。――前へ、と」
――ああ、どうせまたアレだろうと、結末を予見し胸焼けめいた表情を浮かべるフランに、案の定ジルは続ける。
「あの瞬間、彼女の焦茶色の瞳に輝いたのは、紛れもなく聖女のソレだった。……だからこれは、抑えきれると踏んだ私の過ちなのだ。なぜだ。なぜ私は、己の理性をここまで制御できなくなってしまった……」
はいはいジャンヌ乙ジャンヌ乙。そう内心で独りごちながら、フランはそれはマーシャが望んだからでしょうと、椅子を降りて歩み寄る。
「マーシャはなんの代償も無しに、強大な力が手に入るとでも思ったのですか? もう後戻りは出来ませんよ。マーシャの中に芽吹いていたドス黒い欲望は、力が増すにつれ抑え難いものになっていくでしょう。――ですからほら、ここにボクが居るというんです」
跪いたままのジルの頭をスカートの中に入れ、淫臭を漂わせながらフランは言う。
「それに見て下さいマーシャ。こんなにも固く勃起させたまま、これからどうするって言うんです? 路傍でいたいけな少女を毒牙にかけたくないのなら、ボクを使うしかないのではありませんか? ああフラン、私はお前なしには生きられないと、懇願し口吻を交わす以外に、方法が無いのではありませんか?」
これはもうチェックメイトだろうと踏むフランだったが、ジルは荒い息を吐いたかと思うと、股間に顔を埋めずにスカートを振り払って返す。
「ああ――。分かっている、私にはお前しかいない。だが今は……今だけは、あの少女を救ってやってくれ。私は耐えきれないのだ……。私が、私の手で聖女の輝きを奪ったという事実に」
――頼む。そう両手で太腿を握りしめるジルを眼下に、いっときに熱の覚めたフランは、それでも望んだ言葉を聞き出せた事で、却ってワクワクしながら一考を巡らせる。
「やっとその言葉が聞けましたね、マーシャ。そうです、マーシャにはボクしかいません。こんな悪鬼に成り果てた人間の、側に立てる者などボク以外にはありえないのです。ですから今回は、その嘆願に免じてお願いを聞いて差し上げましょう。ボクの大切で愛しい、掛け替えのないマーシャの為に」
そうしてフランは踵を返すと、可哀想なラスタ・オルフェの背中を追った。
* *
ラスタ・オルフェの姿は、すぐに見つかった。医務室から外れた聖女の間。すなわち水洞の水面の前で、剣を杖に跪いて彼女は居た。褐色の肌に青痣を浮かび上がらせ、露出した胸も性器もそのままに、何か祈りを口ずさみながら、彼女は居た。
「どうかお許し下さい。はしたない欲望に身を焦がした私の、この醜い罪を」
ああそう言えばとフランは頷く。ラスタ・オルフェ、引いては彼の義父ヤン・ジシュカの奉じていた宗教はフス派のソレ。十字軍の遠征費用を放り出すべく、免罪符を売り出した法王庁に楯突いたのがフス派の祖、ヤン・フスだ。だから要するに、その教義は原理主義的にして厳格そのもの。品行方正を旨とした本来在るべくキリスト信徒の姿である。だからこの光景もさして可笑しなものではないなと自らに言い聞かせ、ゆっくりとフランは、ラスタの背後に忍び寄っていく。
「神が応えぬという事実を、既にあなたは知っている筈ですよ、ラスタ・オルフェ」
瞬間、びくりと肩を震わせたラスタが、何事かと振り向く。唇からは血が垂れていて、フランはその惨めに興奮を隠せなかった。
「ヴォート・グレイル……我が猊下」
「ジルに何かされましたか? 哀れなるラスタ・オルフェ」
返すフランに、僅かに目を逸らしラスタは答える。
「わ、私の所為なのです。私が陛下を誘惑する素振りを見せたから……これは当然の報いです。一人の戦士である事を忘れ、一匹の牝として振る舞おうとしてしまった、私の」
まったく呆れた少女だとフランは舌を出しつつも、その殊勝が徐々に愛おしいもののように思えてきて、ラスタの肩に手を置く。
「マーシャは既に人外の者ですからね。強さを得るに従って、彼の中の獣は獰猛さを増すのです。ですが安心なさい、ラスタ・オルフェ。マーシャは、貴方の中に聖女を見たと言いました。嫌われてはいないのです。そして彼は、怒ってもいない。むしろ愛しているとさえ評していい」
その言葉に顔を上げたラスタの頭を、やさしくフランは撫でる。もしかすると調教の必要も無く、この少女は陥落するかも知れない。そんな期待が漠と過る。
「本当ですか……ヴォート・グレイル。私の陛下は……」
ただし「私の」が余計だぞと内心で釘は刺しつつ、ここは少し試してみようとフランは思う。
「マーシャは可哀想な男です。聖女への敬虔なる信仰と裏腹に、その聖女を穢したいという欲求も抱えていた。それは人を捨てるに従って顕著なものとなり……今では彼の夜伽は、ボクでなければ務まらないまでになってしまった」
すると衝撃を受けたかのように、ラスタが口を開く。
「ヴォート・グレイルは、あの状態の陛下と……その、まぐわいを?!」
「ええそうですよ。ボクはマーシャを愛していますから。聖女の代わりとして扱われようとも、如何ようにも耐えてみせる」
まあ半分は趣味なんだけどねと敢えて言わずに、目を伏せるフラン。ここで食いついてくれればしめたものなのだが。
「そ、そうだったのですか……私はそんな事も知らず、おめおめと逃げ出して……」
恥じらうラスタの顎に手を当て、くいと上向かせたフランは、そして悪魔の誘いを口にする。
「気に負わず良いのですよ、可愛らしいラスタ・オルフェ。そしてもし貴女が望むのならば、貴女はこれから戻る事もできる」
アラスのマナを顔に身体に塗りながらフランは言う。ジャンヌ練成の残り滓ではあるが、この程度の傷を治すには丁度いいだろう。
「こ、これは……傷が!?」
驚くラスタに、マナの入った巾着を渡すフラン。淡い光が身体を包み、寸時にラスタは、元の綺麗な身体を取り戻していた。
「もちろん貴女はこのまま、医務室で休んでもいい。今回の一件で、マーシャの貴女への評価が落ちる事は無いでしょう。もちろん、今後の間違いを防ぐ為に、距離を置く事はあるでしょうが……せいぜいがその程度です。――どうしますか? ボクは、であるならボクは、マーシャを慰める為に部屋へ戻ります。貴女は、ラスタ・オルフェは?」
そして幾許の間も無く、想定通りの答えが返ってきた事に、フランは愉悦の笑みを浮かべる。
「私に行かせて下さい……ヴォート・グレイル。私も、陛下の為では無く、私自身の為に行かねばならないのです。私は、私は……」
何処にでも有り触れた茶褐色の瞳に、強い決意を湛えるラスタを目にして、ああ、これがそれかと。フランは今更のように納得し頷いた。きっとこの、我が身を厭わぬ真っ直ぐな瞳こそが、あの日ジルの見た、聖女に灯る眼差しなのだろう。忌々しいが、この世のどんな宝石よりも美しいものだと、不意にフランは胸打たれるのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます