05:処刑想望
あの日、己の無力に咽びながら灰を掬ったのを覚えている。黒く焦げていく身体の、ぼろぼろと欠け落ちていく様を覚えている。吐き気を催すような、柔肉の焼ける臭いを覚えている。かくて示された光輝に、慄いた人々の嘆きを覚えている。にも関わらず業火の只中で、いつまでも響く少女の、清らかな祈りを覚えている。だから、だから。
――私は私を許せなかったと呟いて、ジルは立ち上がる。立ち上がって歩きだす。至るべきはルーアン城。滅すべくはジョン・オブ・ランカスター。遠くで香る血の残り香が、今なされているフランの狩りを示して止まない。
「残しておいてくれよフラン。アレだけは私が狩る」
独りごちたジルが、手を掲げると、闇の彼方から嘶きを響かせ、一頭の馬が馳せ参じる。
「行くぞバヤール。シャルルマーニュの首を獲りにいく」
耳元でそう囁くや、蹄を高く蹴り上げる駿馬バヤールは、分とせずに城壁まで至っていた。
そこには百名を超す兵士を相手取り、一心不乱に鎌を振るうフランがいる。こちらにちらりと灼眼を向ける彼女に、こちらも目で合図を送り駆け抜ける。景色は一瞬で過去となり、ルーアン城内へジルは至る。
「もういいぞ、バヤール。私が戻るまで、適当に人でも殺しておいてくれ」
ジルの指示に頷いたバヤールは、戦乱の渦中たる城門へと踵を返す。ああ彼処には、お前の求める餌が過分にあうだろうと、ジルも得心する。
人影は無い。あってもまばら。最初の召集に参じそびれた雑兵が、今更のように顔を出す。草の穂。或いは頬に留まる羽虫に等しいと手で撫で、足裏で踏み潰し、ジルはただの遊歩の如く深奥へ向かっていく。
ジャンヌはこんな連中に殺されたのか。そして自分は、こんな連中に抗えなかったのか。沸々と湧き上がる己への憎しみは、否応に増す飢えを鮮血で補いながら四肢にこびりつく。
果たしてこんな罪深い世界に、引き戻されるジャンヌが幸せ足り得るのだろうかと一考は巡らせつつも、それでもなお少女の復活を希ってやまない自身の、浅薄な欲望に呆れながらも、ジルの足は、やがて護国卿のいるであろう寝所の前へで立ち止まっていた。
――ジョン・オブ・ランカスター。圧倒的な戦力差でオルレアンを包囲しながらもジャンヌに敗け、以後とくとくと怨嗟を募らせ続けてきたイングランドの総指揮官。そしてボーヴェ司教からジャンヌを買受け、異端審問の末に火刑に処した忌まわしき男。
ならばお前たちが魔女と呼んだ少女の呪いを、その身にて十全に味わうといい。この一夜にしてルーアンの主たる兵力は壊滅。主戦派の護国卿が命を落とすというのであれば、アラスの和議も滞りなく進むだろう。斯くてフランスに平穏が齎されるのなら、ジャンヌ復活の舞台は整ったも同然だ。
既に護衛という護衛もいなくなった裸の王に鉄槌を下すべく、ジルは寝所の扉に手をかける。鍵も無く開く扉が、自らの仇討ちを後押ししてくれているように思えて、ジルは小さく笑みを浮かべた。
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