怒れる天秤と狂犬




「お、らぁぁぁっっ!!」



 体重をかけて突き出した拳の勢いを利用して回し蹴りを放つ。

 しかし当たる直前に予測していた動きの倍以上の速度で動き出したが目に映った。



「っ、何だよお前、Bランクってのはデマカセかっ、よぉぉ!」



 ほぼ避けることが出来ないタイミングで繰り出した蹴りを当然の様に躱した白髪のクソ野郎ことヴォルフ・レーゲンは、一目で鍛錬を積んでいると分かる最小限の動きで躱した動きを利用して上段蹴りを繰り出してきた。



「テメーが、弱え」



 限定駆動リミテッドから全開駆動フルドライブに切り替えて此方も速度を上昇させる。

 寸での所まで来た足を右腕を添えるようにして逸らし、身体を捻りながら足を腕伝いに脇で絡め取って距離を詰める。



「だけ、だろがぁぁ!!」



 同時にゼロ距離まで迫る為に足を放して半身を当て、ゼロ距離コンビネーションに入る。



「いいっ!!」



 肘打ちは直前に割り込まれた腕に衝撃を殺され、反動を利用して反転しながら裏拳を繰り出すが再び加速した腕に遮らてしまう。



「ねぇっ!!」



 裏拳を繰り出した腕を引きながら回転を続け、勢いを付けた胴回し蹴りを放とうとするが相手の方が先に拳を突き出している姿が目に映る。

 このまま行けば仕掛けたはずの自分がやられる為、浮き出す寸前の右足で地面を叩き回転を続行。



「はぁっ!!」



「らぁっ!!」



 直撃コースの拳を回転を利用した腕で弾く。

 同時に先程強く地面を叩いた事で浮き上がった身体を利用し、カウンター気味に左足でローリングソバットを繰り出すが、またもや異常な速度で迎撃されてしまう。



「っ、いいねぇいいよお前、殴り合いでここまで俺とやれる奴は久しぶりだっ!」


「ぐっ、キャンキャンうるせぇんだよハゲ散らかせクソ野郎!」



 交差した足同士の衝撃により、お互い魔力が尾を引く形で後退する。

 噂通りのバトルジャンキー。

 戦っている状況を楽しんでいるかの如く喜びに満ちた獰猛な赤い瞳が爛々と輝いていた。



 悪態を吐き虚勢を張ってはいるが、正直着いていくだけで精一杯な状況。

 向こうには戦いを楽しんでいる余裕が窺えるが自分にそんな余裕は断じてない。


 これが大連邦の二桁ダブルナンバー

 プロジェクトレーゲンの成功例。

 能力者を狩る能力者にして俺と同じ異端の近接魔導士。


 【狂犬】ヴォルフ・レーゲン。



 打ち合ってみて嫌でも理解する相手の力量に思考が冷静さを取り戻していく。

 怒りに身を任せたままアイリスから押し付けられる様にクソ野郎の相手を引き受けてしまったが、本来なら自分が相手にできる敵ではない。

 だが、引きたくない。引いてはいけない。



 思考は冷静になったとはいえ心は高ぶったままだ。

 嫌でも先程のやり取りが蘇ってくる。




 なんとか雫に襲いかかる拳を防いで振り返った時の光景。



「っ、あお……い、ごっめん、なさい」



 見ている此方が胸を締め付けられる様な悲壮に暮れ嗚咽を漏らす姿。



「いえ……なくなっちゃっ、たよぉ……ひっ、ぐ」



 身体中に擦り傷や弾丸が掠った後や肩に空いた穴から流れ出る赤い液体。

 綺麗に貫通しているから良い物の、一歩間違えれば死んでいたかもしれない大怪我。




「ご、めんっな、さい……」



 自分はこの哀哭を知っている。

 かつて自分が経験したから、心が潰れてしまう程の痛みが理解できた。



「ひ、っぐ……ご、めん……な――い」



 きっと俺達が帰ってこれる家を本気で守ろうとしたのだろう。

 こんなボロボロになるまで。

 殺される寸前まで追い詰められながらも戦った。



 故に、自分が口にする言葉は決まっていた。



――――よく頑張った。後は任せろ。どうにかする。








「あぁ、無理だ……」




 何が起きたかは詳しくは知らないしどうでもいい。

 雫の能力を考えても周囲のクソ共にここまで追い詰められるなんて考えられない。

 つまり目の前のクソ野郎が最もウチの子に手を出したのは間違いない。




「あぁ? なんだってぇ?」




 掠れた嗚咽が耳から離れない。

 悲しみに暮れて涙する姿が頭から消えてくれない。



「お前、だけはっ!」



 思い出した光景に抑えきれない激情が溢れ出す。

 自分でも驚く程に声が低くなっているのを自覚する。



 格上? 二桁?

 それがどうした。

 寄ってたかって少女をどつきまわしやがって。

 こいつがお前らに何したよ。



――――っ、あお……い、ごっめん、なさい




「ブチのめす!!!」








――――【蒼白の天秤パレーバランサー】起動っ!!




 魔力上昇。駆動時の負担減少。



 出力増強。それに伴う肉体的損傷を軽減。



 限界とか反動とかそんなめんどくせぇモンは倒れてから考えろ。



 行くぞ遠野 葵バカヤロウっ!!






――――魔導強化式オーバー、超過駆動ドライブ







「さいっこうだぜ、お前ぇぇ――――ぐほぁっ!!」



「もう黙れよ……死ぬ程うぜぇ」




 異能のブーストにより限界を三段飛ばしで超強化。

 瞬時に距離を詰めて繰り出した蹴りは今度こそ直撃した。

 そして地面を跳ねながら転がる狂犬に追い打ちを掛けるべく、溢れ出る魔力に任せて突撃する。



 相手はありふれた【加速】異能持ち。

 されどリストに載るような強者。

 だが異能の根本は変わらない。

 加速する物を取捨選択して任意・・で発動する。



 なら反応させなければいい。

 相手が反応する隙など許さず連撃を打ち込み続ける。

 それが自分らしくシンプルで最善の方法。




「はっはぁぁーーーっ!!」




 首筋に直撃したにも関わらず、転がりながらも前かがみに体勢を立て直して喜びに吠える狂犬の姿が目に映る。

 仮にも二桁。あれぐらいでどうにかなるなんて思っていない。

 当てた時の感触が軽すぎたのだ。


 間違いなく加速を使用して対処したのだろう。

 だが、対処されたとはいえ当たったのもまた事実。

 なら予定通り対処できないまで打ち込み続けてブチのめす。




「せいやぁぁぁっ!!」



「がぁぁぁぁぁっ!!」




 追いつき休むこと無く無数の連撃を叩き込む。

 相手も本気を出してきたのか先程とは比べ物にならない速度で応戦してきた。

 交差する腕と足は火花のように散る魔力の光が残像となり両者の間を迸る。



 いなし、逸らし、受け流す。

 互いに繰り出す攻撃は決定打を与えること無く、周囲に降り注ぐ落雷と男達の悲鳴を背景に裂帛の気合が木霊する。


 加速していく攻防、幾多も重なる鈍い音。

 徐々に反動に侵されながらも譲れない信念を支えに拳を振り抜いていく。


 こいつだけは絶対にぶっ飛ばす。


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