それぞれの戦い



「マクス大使。アイリスまで出してしまって本当に良かったのですか?」



「何、ここはそれなりに安全なのだろう? なら問題はないさ」



 先程まで色物トリオに護衛されていた大使一行は無事シェルターまで辿り着き、やたらと小さな少女が多い避難スペースの一角で少なくなった護衛に囲まれたマクス大使が面白そうに笑う。




「しかし、それでは護衛の意味が。あの青年も眼鏡の異能者と入れ替わりで飛び出してしまいましたし」



「うーん、僕の勘なんだけど、これは大きな貸しになると思うんだよね」



 少し悩む素振りをした後に答えた内容は根拠の薄い勘というもの。

 普通の人間が聞いたなら自身の立場を考えてくれと苦言を呈しただろう。

 軽い調子で笑ったり部下のパンツを覗き見ようとしたり、大使としては余りに軽薄だが、それでもジャックの言葉に面白そうに笑った男は間違いなくアメリカ外交官のトップ、特命全権大使なのだ。


 アイリスに妻へ告げ口されないかと内心冷や汗をかいていようとも、この男が貸しになると口にしたのだ。

 それは普段何を考えているのか解らない中年の男の言葉ではなく、大使としての考えであり行動。

 未だ彼の内心を推し量ることができないジャックやジェイムズ達にはそれ以上何も言う事などできるはずもなく、静かに従うしかない。



「ですが避雷魔導まで渡すのは流石にやりすぎです。アイリス一人でも十分に彼の家族を救うことは容易いはずです」


 これ以上は自分が口に出すべきでは無いと感じ取ったジャックが別の話を口にする。

 それは青年が飛び出す際、アイリスの無差別な雷から身を守る為にジャックが使用していた魔導式を条件付きとはいえコピーした事。

 いくらなんでも本領ではないといえ、二桁である彼女の攻撃をある程度無効化する式を渡すのは国防上問題なのは間違いない。




「あぁ、その件も含めて貸しになりそうなんだよ。それに特殊避雷魔導とはいっても欧州あたりならもう作り上げていてもおかしくはないからね。今の内に売れる恩は売っておいた方がいいでしょう?」



 しかし返ってきた答えは軽い調子の物。

 売れるものは今のうちに売る。そんな商売感覚で話をされたジャックは思わず固まってしまう。


 彼自身大使という身分ながら気負うこと無く、むしろ大使だからこそ気負わないようにしているのかもしれない行動が多い。

 事実彼は仕事をする際は国防や国益などは考えず、如何に自分が得をするかという一種商売やボードゲームの延長線上として物を考えて行動している。

 故に焦りや責任感と言った重責に押しつぶされることなく結果を出し続けていた。



「……わかりました。貴方の判断に従います」



 しばしの無言の後、やはり自分とは見えてる景色が違うのだろうと判断してこそ了承の意を示す。

 護衛である彼の仕事は上司である大使の安全を守ることで、判断に口を挟むことではないと割り切ったのかもしれない。

 そうして溜息と共に再び開いた目は、実戦で目にする軍人特有の無機質で冷たい物へと変わっていた。



「うん、ありがとう。じゃぁ早速で悪いけど、シェルターの防衛に回ってもらってもいいかな。流石に立場に甘えて護衛に囲まれた状態じゃ首脳陣うえは良くても民意したは不満に思うからね」



「……roger that. James,let's move out(了解。行くぞジェイムズ)」


「Got it(了解)」



 護衛対象から離れるという指示に少しの躊躇いが生まれるが、静かに了承を告げると隣で同じく待機していたジェイムズと共に与えられた役割を果たす為、臨戦態勢に入りながら入り口で防衛に当たっている人物達へと合流していく。



 ジャックは魔力を練り上げ、ジェイムズは異能を行使する準備を始める。

 そこにはアイリスという少女を諌めていた二人の面影はなく、ただ目的を遂行する兵士の姿があった。






                    ◆





「ぬぅぅぅ雄々ぉぉぉぉぉっ!!」



 嵐の様に襲いかかる銃弾の雨をその身を盾に受け止めて後続が反撃に移る機会を作り出す。




「幸也っ、あんまり無理するなよ! ホントに死ぬぞ!」



「再生追いついてないじゃないっ。一旦下がって!」



 残りが少なくなってきた魔力で丁寧に練り上げた魔力弾の雨を正確に襲いかかるテロリスト達に当てる藤堂と、大使館脱出よりも少し荒くなってきた念動力で人間砲弾を集団に発射する杉山が大声を上げる。




「いいんだっ! 僕は今、最高に満たされてるんだ。引くなんてありえないっ!!」



 数えるのも嫌になる程のおびただしい数の傷を身体に刻んだ斎藤は二人の心配を拒絶する。

 そして異能の効力により治癒していく傷から大量の湯気を立たせ、飛んでくる炸裂弾に拳を叩き込む。




「っ、雄々ぉぉぉあぁぁ!!」




 痛みからかそれとも自分の本懐を遂げている為か、防衛を開始した時から衰えることのない雄叫びと共に強靭な拳が爆発により骨が見える程に抉られていく。

 すぐさま抉られた箇所は再生を開始した証でもある湯気に包まれ塞がっていくが、最初の頃に比べて速度はかなり遅くなっている。



 彼らが合流してから約数十分。

 斎藤はありえない程に群がってくるテロリスト達から少女達を保護したシェルターを、己が肉体を盾として守り続けていた。




「援護します。少し下がって休んでくださいっ!」



 背後から聞こえてくる声に合わせてテロリスト達を追い払う様に炎が周囲を埋め尽くす。

 その炎は範囲を拡げ、男達は一時撤退を余儀なくなされ物陰に身を隠したり射程県外へと遠ざかっていく。



「ありがとう燈火ちゃん。今の内に身体治すから、終わったらまた隠れておいてね」



 先程まで雄叫びを上げていた人物とは思えない穏やかな声で振り返らぬまま、助けてくれた少女へと感謝と共に避難を告げた。




「どうして皆無茶ばかりするの……」



 休むことは了承してくれたが、梃子でも動かない硬い意思を感じる背中。

 少女は青髪の少女の危機を伝えると同時に飛び出していった青年と重ねたのか小さく呟いた。



 入り口の直ぐ側で防衛する三人の背中を見つめる少女。

 テロリスト達に追われていた中、斎藤に保護された遠野 燈火はトレードマークであるポニーテールを悲しそうに揺らしていた。




「ありがとう燈火ちゃん助かったよ。けど幸也の言う通り危ないから下がっててね」


「おう、正直休みたかった所だったんだ。ありがとな」




 杉山に続き藤堂も振り返らずに礼を述べる。

 しかし斎藤と同じくその視線は何時飛び出てきてもおかしくないテロリスト達を警戒しながら動くことはなかった。

 飛び出した青年と同じく自身を顧みずに他人を心配する言葉は少女の胸を締め付ける。



「ふぅ、ふぅ……」


「幸也っ!」


「おい、流石に一旦下がれ」



 大量の湯気を出しながら、遂に限界が来たのか膝を着いて呼吸を整える斎藤に二人が悲鳴に似た声を掛ける。

 流石に幾多の弾丸や炸裂弾を受け続けた負担は大きく、更に一度も引くこと無かった事で魔力も底が見え始めたのか虚脱症状の兆候が見えていた。



「おにいちゃん!」


「まけないでっ」


「ダメだよ、おにいさんっ!」



 そんな中、燈火を押し退けてシェルターから道すがら燈火と同じく斎藤に保護された幼い少女達が彼に向けて声を張り上げる。


 それは無責任な励ましの言葉。


 正直今の彼は今すぐ病院で適切な処置を受けるべき重体といっていい。

 戦うべき身体などではなく、戦える状態でもない。


 子供故に自分達が残酷な事を言っている自覚がないのだろう。

 それに本来なら居るべき高ランクの守り手は彼らにシェルターの防衛を任せて特殊車両を持ち出してきた集団の処理に向かっている為、休みこともできない。


 必然的に少女達の願い通り、身体に鞭を打って戦うしか無いのだ。




「っ…………」



 それを理解している燈火は戦えない自分に歯噛みしながら拳を握りしめる。

 ただ守られていることしか出来ない自分。

 一時的に男達を退ける事はできたが、炎もずっと出し続けていることはできない。


 何故なら燃やし続ければ近いうちに周囲の酸素がなくなってしまうからだ。

 それに未だ内緒で特訓していた青髪の少女とは違い、異能の制御は未熟であり長時間の使用に堪えられるわけではない。




「ぐっ……ふんっ!」



「幸也っ!」


「おい!」



 膝を着いていた斎藤は、身体を襲う激痛と伸し掛かる倦怠感に歯を食いしばりながら立ち上がって拳を天に突き出した。

 自身の身体に構うこと無く、後ろで守るたいと願った少女達を安心させるように。

 自分は大丈夫だと背中で語る。


 彼は引かない。

 もう二度と目の前で儚い命を散らせたくないから。

 それが己に課した覚悟なのだから。



 斎藤 幸也は罪なき少女達の守護者なのだから。




「……、そろそろ一旦炎を下げます。これ以上は酸素が持ちません」



 徐々に息苦しくなってきたのを自覚した燈火が三人へ炎を下げる事を伝える。




「了解。燈火ちゃん。悪いけど皆を避難させてくれないかな?」



「マジで助かったわ燈火ちゃん。大分楽になった」



 改めて礼を述べる杉山と藤堂に燈火は掛ける言葉が浮かばず、言葉通り斎藤に声をかけ続ける少女達をシェルターへ避難させる。




「おい、幸也。この際だ、もう何も言わないが死ぬなよ。死んだらお前のデスクのファイル全部公開してやるからな」


「任せてくれ」


「どうしよう。幸也が旦那の次ぐらいだけどすごいイケメンに見える」



 徐々に消えていく炎とそれに合わせて再び顔を出し始めたテロリスト達。

 それを受け、強がりか疲弊した心に活を入れるためかいつも通りの緊張感がない会話を行う三人。




「これが大和魂というものか」


「ジャック。多分違うと思うぞ」



 そこへ大使の命を受け、増援に来たジャックとジェイムズが到着した。



「黒服さん達か……大使はいいのかよ」


「大使たっての希望でな。一歯車である我々にはどうしようもないさ」



 それを確認した藤堂の問いにどこか冷たい雰囲気を纏ったジャックが答え。



「そう。なら大使館の時よりは役に立ってくれるかしら?」


「任せてくれ。アイリスが居ない分周囲に気を使う必要が無いからな」



 杉山の挑発に淡々と返すジェイムズ。

 才能に溺れそうになったアイリスを叩き上げて共に行動するようになって久しい二人だが、未だに籍は軍にあるれっきとした軍人。

 アイリスをサポートした方が戦力的には遥かに高いのは事実だが、それでも二人が大使という重役の護衛に選出される一線級の戦力であることに代わりはない。




「ジャック、アイリスがいない戦場は久しぶりだな」


「そうだな、お互い年を取ったが、まだ鈍るには早すぎる。久しぶりに存分に暴れるとしよう」



「そういうフラグいいからっ!?」


「やべーなんか不安になってきた」



 増援が来たことでゆとりが出来た二人が茶々を入れたと同時に再び銃声が周囲に響き渡り、防衛戦が再開された。

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