対動 PM00:45




「――――っ! あぁぁぁっ!!」




 次々と襲いかかる弾丸の嵐の中、爆薬が内包された弾頭を水で絡め取りながら進路を変更させ、背にした建物から少し離れた場所で着弾。

 離したとはいえ近いことに変わりはなく、凄まじい轟音がその身を揺らすが気にせず銃を構えて掃射するテロリスト達へと巨大な水の蛇を向かわせ反撃に移る。



「やっぱり、水蛇に……名前変え、よう……」



 異能の連続使用により息を切らしながらも状況にそぐわない事を呟き、汗で額や首に張り付いた青髪を乱暴に払う。

 その身体は埃や泥に塗れ、所々銃弾が掠ったのか線上に破れた服からは赤い色が滲んでいた。

 未だ途切れる事無く現れては襲い掛かってくるテロリスト達に嫌気が差してきたのか顔を僅かに顰め、徐々に言うことを聞かなくなっている身体に鞭を打ち正面を見据える。



「はぁ……、予想以上、に……多い」




 襲撃に合ってから約半刻以上。

 溜息を吐きながら再び周囲から現れた集団に対処すべく再び異能を行使する少女。

 遠野 雫は未だに帰るべき家を守るために戦い続けていた。











「彗星っ!」



 銃声と共に吐き出された弾丸を流し、時に受け止めながら頭上に出現させた水球を振りかぶった腕に合わせて勢い良く射出する。

 球体は飛び出すと同時に回転を始め速度を上げていき、遠心力にまかせるまま体積を拡げ薄い水の刃を形成。

 彗星の如く青い尾を引きながら男達の間を駆け抜ける。




「がっ!!」


「うわっ!!」


「あ、足がぁぁぁ!!」



 刃を纏った球体が通り抜けた後には身体を切り裂かれたり、一部を欠損した男達が地面に赤い液体を拡げながらのたうち回っていた。




「三名負傷っ!!」


「構うなっ。遺伝子確保ターゲットを優先しろ!!」



 しかし仲間が命に関わる負傷をしたにも関わらず、少女に向けられる攻勢に陰りはなくむしろ一段と激しさを増した様にも見える。




「本当にしつこい……」




 先程から繰り返されている光景。

 幾ら湧いて出てくる男達を排除しようと諦めることなく数を増やしては懲りずに攻撃を仕掛けてくるのだ。

 通信が使えないはずなのだが、やはり今もマンション周囲で沸いて来るテロリスト達を飲み込み続けている四匹の蛇が原因なのだろうと少女は嘆息する。


 流石にあれだけ大きいと目立ってしまうのは致し方なく、それを目印に同じ目的で散開していたテロリスト達が集まっていた。



 そして長い時間戦場と化していた周辺には窒息した物や身体を分断された者、胴体に穴を開けた者と死屍累々の酷い有様となっている。




「装填よしっ」



「撃てぇ!」



 前列で発泡し続ける者達の後ろ、曲がり角のブロック塀に隠れて炸薬弾頭の装填を済ました男達が少女へ向けて炸薬の込められた弾頭を発射する。




「また……っ」




 銃弾とは違い、緩やかに迫る弾頭。

 しかし少女は避けること無く先と同じく建物を守るために絡め取って逸らしていく。

 再び建物に被害が出ない範囲でテロリスト達を巻き込みながら炸裂する音を聞きながら、物陰から魔力を纏い襲ってきた男へと短刀を抜き放って振り返る。




「なっ!?」




 本来なら不意打ちであり、少女に対処できるタイミングは無かった。

 しかし強化したナイフを突こうとした体勢のまま、男は動きを止めてしまった。

 地面に拡がっていた水が身体に絡み付き動くことができないのだ。




「何度、来ても……おなじ」



「うっ!」



 その隙を逃すはずはなく、少女は滑るように男の横を通りながら延した短刀で胴体を切り裂いていく。




「魔導隊現着っ!」



「よし、波状攻撃で押し潰すぞ」




「増援……ホン、トに……めんど、くさい」




 短刀を腰に差し直した少女の瞳には先程までとは気色の違う部隊が駆けつけてきた光景が映り、疲れと相まって顔を歪ませた。


 少女の力を持ってすればこの場から逃げ出すことなど造作もないこと。

 しかし少女は己の家であるマンションが倒壊するような被害を出さない様、本来なら背負わなくてもいい負担を背負いながら戦っている。


 その為少女の疲弊は想像以上の物となり、現在も座り込みたくなる衝動を抑えながら異能を行使している。




「ホントに……」




 しかし少女は諦めない。

 未だ成熟していない身体を酷使しながら。

 徐々に力が入らなくなっていく足を自覚しながら。

 



「めんどっ、くさい!!」




 銃弾や炸裂弾以外にも魔導による攻撃が増えたことで大きな負担を背負おうとも。

 最初に比べ異能による水の生成量が少なくなっていようとも。

 それでも少女は諦めない。











「何ガキ一人に手間取ってんだよ」








 魔導による拡声か、酷く気怠げな声が辺りに響いた。




 声と共にあれほどうるさく鳴り響いていた銃声が鳴り止み、炸裂弾を放とうとしていた男達は驚きからかあらぬ方向に飛ばしながら声の主へと振り返り敬礼する。




「親玉……?」



 人垣を割るように現れたのは青年と言ってもいい一人の若い男性だった。

 短く逆立つ白髪にテロリスト達とは違い余計な装備を持たない軽装。

 半袖と服の隙間から見えた鍛え上げられた肉体は紛れもなく軍人を彷彿とさせた。



「俺の獲物だ。手を出すなよ」



 そして青年は腰に下げた拳銃を少女へと向ける。



「どれ、試してみるか」



「――――っ!」




 それは反射的なものだったのかもしれない。

 向けられた銃は先程から捌いているライフルではなく、貫通力の低い拳銃。

 少女の守りを抜くとは到底思えない物。



 しかし少女は逸らすための水壁を展開すると共に射線から逃れるように身を横へとずらし。








 放たれた弾丸は少女の肩を貫いた。








「――っ! あぁぁ!」





 吹き出る鮮血。短く上がる悲鳴。

 少女へと襲いかかっていた男達にとっては初めての有効打。

 それは突如として現れた青年の手によっていとも容易く成し遂げられた。




「くぅ、……ま、だっ!」




 初めて経験する痛みに歯を食いしばりながら衝撃によりふらついた身体を立て直す。

 少女は確かに水壁を使用した。

 だが、放たれた弾丸は僅かに逸れただけで何事もなく身体を貫通した。

 明らかに魔導か異能により何かしたとは分かる。




「おい、まだ終わってねーぞ」




 しかし、原因を推測する暇もなくいつの間にか目の前まで迫っていた白髪の青年は、少女へ向けて拳を振りかぶっていた。




 彼女は知らない。

 目の前の青年が大連邦所属の能力者にして”狂犬”と恐れられていることを。


 要警戒者一覧リストには大まかに分けて四つのタイプがある。



 少女や燈火の様に広範囲に影響をあたえることができる範囲型レンジ


 葵を治療した心葉このはの次期当主の様に支援や治療を得意とする支援型アシスト


 縁や【災厄】の様に概念や特別な事象を生み出して影響を与える異能を持つ特殊型ユニーク


 そして天野 恭平を筆頭として強大な異能者や魔導士といった能力者を狩る為の存在である対人型アンチ



 少女は知らない。


 目の前の青年が序列ランク九十八位である対人型で在るということを。

 自身に取って青年が天敵となる存在だということを。





「――ぐ、はぁ!」



 防御のため目の前に水を生み出そうとするも、予測よりも遥かに加速・・した拳は為す術なく少女の腹部へと突き刺さった。


 少女一人の命を奪うには余りある威力を持った一撃。

 しかしここで少女が着ていた制服が役目を果たした。

 耐弾耐刃、耐衝撃が施された特別性の制服は辛うじて少女の意識と命を繋ぎ止める。


 身体を襲った衝撃に明滅する視界。

 そして呼吸が一瞬止まるも腹から込み上げてくる吐き気を必死で堪えて少女は思考する。



 足りない。速度が。

 対処できない。経験が足りないから。

 次の攻撃を受けたら命は無いと本能的に理解する。

 しかし防げるとは思えない。未熟だから。


 たった一度の攻防で彼我の戦力差を理解した。



「っ、あぁっぁぁぁ!!」



 それでも少女は消えそうになる意識の中、反撃の為突き刺さった腕を掴んで叫ぶ。


 守りたい物の為、譲れない願いのために。

 掴んだ腕を伝って異能を行使する。

 次が無いなら今決めるしか無いと。


 

 それは知らずとも本能的に再現した奥義。体内の水分を暴走させて命を奪う水見識の技。

 追い詰められた極限の状況下で彼女は己の限界を超えた感覚を覚える。

 一秒も立たずに掴んだ腕の持ち主である青年は身体を破裂させて息絶えるだろうと。

 噛み合う歯車の如く流れるように青年の身体を侵しながら鮮血と共に破裂させていく。






「なん、だよ。ウチのメンツより根性あるじゃねーか」






 しかし完全に破裂させる寸前。

 またも謎の加速により少女の両手を振り払い距離を取り、鮮血が流れ出る右腕を押さえた青年が嬉しそうに笑っていた。




 腕を見るにかなりのダメージを与えられたのだと分かる裂傷まみれの腕。

 しかしトドメを刺すことができなかった。

 つまりは仕切り直し。



 周囲で見守る男達は青年の言葉に従っているのか手を出す様子はない。

 しかし消耗具合を鑑みても少女が圧倒的に不利であるのは明白。



「ダメなら、もう、いっ……かい」



「いいねぇいいねぇ。こりゃこいつらには手に負えねぇわけだ」



 絶望的な状況。

 されど少女に諦めはなく、今でダメなら次を死ぬ気で耐えてやろうとする意思を瞳に込める。



「銃なんて野暮なもん使って悪かったな。これでイーブンだ。やっぱ喧嘩はコイツでなきゃ」



 少女の視線を受け喜ぶように裂傷まみれの右腕に構うこと無く構える青年。

 しかし少女の後ろから響いてきた爆発音により、戦いは始まることなく終わりを告げた。



「えっ?」



「……どうした」




 訝しむ青年そっちのけに振り返った少女の瞳に映ったのは先程あらぬ方向に飛ばされた炸裂弾がマンションに着弾している光景だった。

 少女も万能ではない。

 何度かマンションに着弾させてしまったことはある。



 しかし先程までと違い、目に映った光景に少女は動くこと無くその場所を見つめ続けていた。 


 そこは地上から離れた七階。

 フロア半ば。ちょうど中央の部屋、洗濯物が掛けられていたはずのベランダ。

 焼け落ちたカーテン。

 窓ガラスは割れ、部屋は爆発により燃えていると一目で分かるほどに赤く輝く火の手は勢い良く拡がっていた。





 そこは少女が命を懸けて戦っていた理由そのものであった。




「おい、早く殺ろうぜ」



 餌を待ちわびる犬の如く獰猛な目で振り返った少女の背中へと戦いを促すが、彼女がそれに応えることはない。



「ぁ…………ぅぁ」



「おいっ!」




 それは当然。

 彼女が戦う理由などどこにもありはしないのだから。

 もうあのテーブルで一緒に御飯を食べることはなく、四人で包まった布団は燃えて灰になっている。

 初めて得た帰る場所は無情にも崩れ去ってしまったのだから。



「――――ぁあぁぁあぁぁ」



 慟哭にも似た掠れた声が辺りに響く。

 青年が怒鳴るが少女は何も聞こえていないのか、力なく膝を着き天を仰ぐ。

 そして届かなかった想いに頬を伝う涙。


 次々と溢れ出る涙は止まること無く水浸しの地面へ落ちて波紋を拡げ、悲しみに染まった声は少女を中心に木霊した。




「ち、白けちまった」



「――――――――っ!」



 泣き叫ぶ少女を目にした青年は、自分が望んだ戦いは出来ないと悟りつまらなそうに言葉を吐き捨てて構えを解いた。

 そして未だ悲しみに暮れている少女へとゆっくりと近づき、当初の目的を果たすために拳を振り上げる。

 しかし少女に抵抗する意思は無く、なすがままに振り下ろされる拳は少女の命を刈り取るだろう。



「ちっ、あばよ」



 肩透かしを食らった様に酷く投げやりな別れを口にして拳を振り下ろした。











「あ”あ”ぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」



「っ、がぁぁっ!!」





 しかし少女へと拳が振り下ろされる直前。

 少女と同じ対策庁の制服に身を包んだ黒髪の青年が凄まじい速度で突っ込みながら、勢いのままに拳を白髪の青年の顔面へと叩き込んで殴り飛ばした。


 白髪の青年は先程の少女とのやり取りによりやる気が無かった事も関係があったのか、突如として現れた乱入者に対応できず十メートル以上後方へと地面を転がりながら吹き飛んでいった。





「少佐っ!!」


「クソッ、撃て、排除しろ」




 状況を確認した男達がざわめきながらも黒髪の青年を排除すべく銃を構えると、辺りに見境いのない・・・・・・雷が降り注ぐ。

 そしてそれは黒髪の青年を避ける様に男達だけに襲いかかり、一撃で戦闘不能となる程のダメージを与えていく。



「あらミスター。貴方ロリコンだったの?」



 雷を生み出した本人であるアイリス・リーベルグ八十七位が、先程のお返しとばかりにからかう調子で上空から黒髪の青年へと声を掛けるが、返事はなくただ掠れた声で泣いている少女の頭を労るように撫でていた。

 その顔は何かを悔いるように眉間を寄せ、なんて声をかければいいか解らないといった複雑な表情をしていた。




 そして漸く一言何かを少女へと呟いた黒髪の青年は、抑えきれず漏れ出した濃密な魔力を纏いながら制服をはためかせて男達へと振り返る。

 強い視線で周囲を見回した後、ゆっくりと吹き飛ばした青年へと向けられる。

 そして静かに響き渡る声で一言。




「誰だ……ウチの子泣かせたのは……」




 そこには今まで見たこと無い程に、怒りの形相を浮かべた遠野 葵保護者が静かにブチ切れていた。



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