クレイジータイム





 突然だが魔導と異能の違いを説明したいと思う。


 異能が個人特有の魔導式と似ていることは前に説明したはずだ。

 では何が違うのかと言うと……




「ここは日本だぞっ! ふっざけんなっ! クソ野郎がぁぁぁ!!」




 それは決定的に手加減が出来ないという事だ。





 強弱を付けることは可能だろう。

 だが、及ぼした現象は変わらないのだ。

 火なら火が、水なら水が、雷なら雷が。


 制圧用に衝撃だけや魔力ダメージを与えられる魔導とは違い、異能は大きかろうが小さかろうが危険なものに変わりはないのだ。



「ちくしょうっ!」



 斜め下から突き出してくる土槍を転がるように回避する。

 次いで周囲を囲むように現れた魔力弾を飛び上がってやり過ごした。


 これが訓練とは思えない。

 明らかに胴体を貫通するような攻撃だったのだ。

 任務ならまだしも、本来教導が目的の訓練なんかで命を掛けるなんて狂っている。





 そして高く飛び上がった事で辺りに広がる惨状が目に映った。


 たった二人の戦力相手に色物二課と呼ばれる特殊捜査係総出で、訓練を、いやそんな生ぬるいものではなく、血走った眼で突撃を行っているのだ。



「どこの世紀末だよここは……」



 死屍累々。

 正にそんな表現がふさわしい有様。



「いけぇぇぇっ!! 僕ごとやってくれぇぇっ!!」


「任せなさいっ!! 藤堂! 幸也ごと押し込むわよ!」


「オーケーカオリン。行くぞ肉壁ゆきやっ!」



 正面に障壁を張って耐えている斎藤の叫びに呼応して、杉山と藤堂が彼の身体を盾に異能と魔導が飛び交う嵐へ飛び込んでいく。



「副長に続けぇぇっ!!」



「今日こそはあの豚二人を叩き伏せてやる」



 名前からして想像が付いていたが、どうやら副長は碓氷の家系らしい。

 碓氷の代表的な異能である氷生成能力。

 無数の氷弾が副長の周囲に展開され、矢継ぎ早に特待室の二人へと射出していた。


 C4を埋め込むという物騒な細工を施して。


 着弾と同時に空気を震わせる大爆発が起きるが、一向に攻撃をやめる気配がしない。

 次々と氷弾が打ち込まれる度に爆発を繰り返している。



「焼き討ちじゃぁぁぁぁ!!」



 お得意の幻術魔導を使い、いつの間にか爆心地上空に居た鉄さんが大量のガソリンをぶちまけていた。

 爆発と共に引火したガソリンが辺りを火の海へと変えていく。



「おらぁぁ死にさらせやぁあぁ!!」


「色物二課舐めんじゃねーぞ!クソ狗がぁぁ」



(いや、俺ら全員国の狗だろ……)



 いつの間に二課は独立したのだろうか。

 とても公務員とは思えない形相で崩れた演習場の瓦礫を、魔力強化して投擲する同僚達を尻目に地上へと着地した。



 正直に言えば今すぐ帰りたい。

 なんだこの修羅場は。

 何度も言うがこれが訓練には見えない。



「サボりはいけないなぁ……少年?」



「――――っ!?」



 背後からの声を受け、反射的に距離を取りながら振り返る。

 そこには爆心地で攻撃に晒されているはずの特対室制服を纏った男が、心底愉快な狂った顔で佇んでいた。

 その右腕には人一人など簡単に潰せるであろう大きな土塊を持って。



「居たぞぉォォ!!」


「あそこです副長!!」



――――やべぇ、あのキチガイ共俺ごとやる気だ。



 声を受け、標的を此方に定めて氷弾を展開し始める副長が目に映った事で顔が引きつるのを自覚する。



「向こう行けよ。こっちは歓迎する準備なんかねぇんだよっ!」



「そうは言ってもこっちも仕事だから……ねっ!」



 そうのたまって右腕を振りかぶって来る男を見てマズイと直感する。

 この攻撃を捌くことは出来るだろうが、この後に続いてくる副長達の攻撃がマズイ。

 爆弾に手加減など効かない。

 巻き込まれたら間違いなく死ぬ。



(教導するにしても、やり方があるだろうがっ!!)




――――魔導強化フル式、全開駆動。ドライブ




 このままでは本当に死にかねないとギアを上げる。



 溢れ出る魔力を知覚し、それによって意識だけが加速する。

 襲いかかる土塊を両手で受け流し相手の背後へと駆け抜ける。


 相手になんかしてられない。特待室の戦闘員は基本的にAAランクが最低基準なんだ。

 Bランクが粋がった所でどうこうできる可能性は限りなくゼロ。

 依って後を副長達に任せて避難しようとした所で耳に声が届いた。






「君は大切な三人が後ろに居ても逃げるのかい?」







 それは無視できない物だった。

 逃げようとしていた意識が切り替わる。


 瞬時に足を止めて振り返り様に回し蹴りを叩き込む。

 しかし地面からせり上がってきた壁に阻まれ届くことは無かった。



「あっ? テメーは何言ってんだ」


「いいねぇ、聞いていたとおりだ」



 よく考えれば後見人が長を務めている特待室だ。

 話を聞いていてもおかしくはない。

 三人を保護した時の案件も国を揺るがすものだったのだから尚更だ。



 だが、危険極まりない氷弾が迫る中そんな当たり前の事を思いつく余裕すら無かったのだろう。

 爆発をどう乗り切るかという事に思考を巡らせながら、目の前の人物の思惑通りに乗せられてしまった。

 男を打倒するべき敵だと認識してしまう。




「まぁ頑張れ少年。生きていたらまた会おう」



 おちょくるように手を振りながら飛行魔導で上空へと避難していく男を追いかける為に飛び上がる。


 自分に飛行魔導は使えない。

 正確に言うなら使用はできるが長く続かず、尚且つ戦闘に使用できるほど魔力が続かないのだ。

 使ったとしてもそれでおしまい。


 他の行動に回すだけのリソースがない。

 故に基本的な交戦は地上で行っている。


 だが、空を飛ばれたら何も出来ないわけではない。

 散々悩んだ末に編み出した空戦技術がある。



「舐めるなよ。クソ野郎っ!」



 必要最小限の魔力で生み出した障壁を展開して足場に追いすがる。

 同時に直下で爆発が起き、風に煽られるが構うこと無く相手へと突撃していく。



「そうやって飛ぶ奴を見たのは久しぶりだ」


「あぁそうかい、なら久しぶりに床ペロでもしてろっ!!」




 相手の異能は間違いなく対策庁所属の十二家、土生滝のものだろう。

 相手が【片鱗】でもない限り地面から離れた今、異能の行使できない。

 出来たとしても上空に届くまでに時間が掛かる。


 対処は魔導しか使えない。

 なら、俺にとってはカモだ。



「コード、ブレイカァァァッ!!」



「――――っ!!」



 迎撃の為に迫りくる魔力弾を、空中に展開した足場を使い飛び回ってやり過ごし渾身の一撃を叩き込んだ。

 防御の為に展開した障壁など無視して憎たらしい顔面へと拳は向かっていく。



「ウッソだろ……」



「空気中には土埃が沢山あるんだよねぇ。今みたいに爆発まみれだと特に」



 しかし、障壁を突き破って直撃するはずだった拳は突如として現れた小さな土の壁に阻まれた。




「ぐっ――――!」



「バイバ~イ」



 驚きに固まっていた事で、迫る土塊を見逃してしまった。

 腹部に重い衝撃を受け、立て直す事が出来ずに吹き飛ばされる。


(あんな簡単な攻撃を見逃すなんて、バカか!)


 重力に従い落下していく中、足場を作ろうとデバイスに魔力を送り込んだ所で何かに包み込まれるような感覚を覚えて中断した。



「葵くんナイスガッツっ!」


「あそこまで迫れたのは副長以来だ。やるな葵」



「念動力か。助かった」



 いつの間にか隣に杉山と藤堂が宙に立っていた。

 手を此方へと翳している杉山の異能だと判断して礼を述べる。

 とりあえずいつまでも負担を掛けている訳には行かず自分も着地するために障壁を展開。


「ふぅ、とりあえずは宙に追い詰めるまではいけたわね」


 包まれていた感覚が消え着地すると氷弾や魔力弾をピエロの様に踊りながら躱している男へと視線を向けた。

 未だに小憎たらしい笑みで此方に手を振っていたのを見て静かに中指を立てる。



「そう言えば斎藤はどうした?」



「ああ、斎藤ならあそこで盛り上がってるぞ」



 指差した方向には襲いかかる木々を上半身裸で次々と薙ぎ払う巨漢の眼鏡がいた。



「雄々ぉぉぉぉぉっ!!!」



「諸君、サイトーンを盾に体勢を整えるぞ!」



「「「応っ!」」」




 眼下で繰り広げられている光景を理解できず藤堂に視線を向ける。



「アレ誰?」


「スーパーサイトーン」


「意味がわからん」



「あぁ、葵くんは初めて見るんだっけ? 彼は異能を使うと筋骨隆々の巨漢になっちゃうんだよね」



 藤堂の言葉に理解できずにいると杉山が引き継いで説明をしてくれた。



「あぁ、肉体強化か。と言うかあれは変身系といってもいいだろ。なんか声も野太くなってるし」



「うん、まぁ一応肉体強化の分類に入るらしいよ……」



 まぁパンツが破けてないところも変身のお約束にしか見えないが強化系って言ったら強化系か。

 得意技はアルゼンチンバックブリーカーというどうでもいい情報も頂いたが、野郎の情報など微塵も興味がない。



「とりあえずは副長や鉄、スーパーサイトーンに鴇頭森の方は任せて俺達は土生滝を殺るぞ」



 もはや面影がメガネしか残っていない斎藤から視線を戻すと、藤堂が無数の魔力弾を展開していた。


「そうね。ダーリンの足元にも及ばないスカポンタンを叩き伏せるわよ」



「協力するのはやぶさかではない。あのキチガイに問い詰めたいこともあるからな」



 むしろ一人じゃほぼ勝ち目なんて無い。

 協力するのは必然。

 それにフルドライブの時間も長くは持たないのだから、さっさとぶん殴って拷問にでもかけてやろう。




「「「よしっ!」」」



 此方の準備が終わったのを確認した男がおちょくるように中指を立てるのが目に入ってきた。

 昨日まで何一つ分かり合えないと思っていた二人との共闘だが、一つの目的に向けて肩を並べる中、自然と意思は纏まっていくのを感じた。


 そう、あのムカつくキチガイを、


「「「ぶっ飛ばすっ!!」」」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る